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あるが、コロンビア特別区においては連邦法による規律が妥当するので、裁判所の行為の介在を云々する必要はなかったのである(もっともその後、州における私人による人種差別については、連邦の州際通商規制権限により立法された、1964年の人権法(いわゆる「公民権法」)等の規律が及ぶこととなったのは周知の通りである)。
 これに対して、連邦憲法において、州政府に対する規律しかおいていない事項−−合衆国より先に川ありきという沿革に起因する、州の行為についての人権保障は州憲法の規律へ、という原則からして、そうした事項は例外にとどまるのだが−−については、ワシントンD.C.における連邦の行為については、当然ながら別の条項を援用する必要がある。前記第14修正1節は、州の行為に対する平等保護条項であって、連邦政府の行為との関係での平等保護条項は連邦憲法には存在しない。従って、公立学校における黒人白人の別学制度の違憲性をいう場合に、南部諸州のそれが係争対象となったBrownv.Board of Education of Topeka(347,U.S.483,1954)において、合衆国最高裁は、「分離すれども平等」の当該制度は、第14修正1筋違反としたのに対して、ワシントンD.C.の制度についてやはり同日に下されたBolling v.Sharp判決(347U.S.497)では、連邦政府による人種別学制度は、第5修正の「適正な法の過程」(Due Process of Law)によらずに個人の自由を奪うものという理由で違憲とされたのである(2)。
 以下では、かくのごとく連邦憲法の適用という一事をもってしても、異質性が顕著な連邦「直轄」のワシントンD.C.が、如何に創成されたかを管見した後、その現行統治制度の検討を行うこととする。

2 コロンビア特別区の創成(3)

 (1)会議は彷徨う

 独立前の第1回大陸会議(Continental Congress,1774)及び、独立宣言を起草し、それに邦代表が署名した段階の第2回大陸会議(1775〜1776)は、フィラデルフィアで開催されたが、独立後のそれは、以下のように、その開催地を転々とすることとなった。

 [フィラデルフィア    1774年 9月 5日〜1776年12月12日]

  ボルティモア        76年12月20日〜  77年 2月27日

 

 

 

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