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きた。州行政の性格づけについては、州自ら事業主体となって国土開発などの事業を行なうのか、あるいは市町村や県への補助金配分などを通じて計画の実現をはかるのかという点で、あいまいさが残っている。実際には、州の職員数は全国で6687人に過ぎず(1994年1月現在)、州の財政支出のうち半分以上は移転支出であることなどから、州が直接の事業主体となるケースは限定されているとみられる。しかし、州の職員は年々増員され、州は計画権限を通じて、地方行政の様々な分野で指導的役割をはたしていると考えられる。
 州の行政機構は、県とほぼ同様の仕組みを持ち、分権化改革後は州議会議長が行政の長となっている。州議会議員の任期は県議会議員と同じく6年で、各県を選挙区とする拘束名簿式比例代表制の選挙で選出される。各県への議席配分は、まず各県に1議席を与えたのち、残りの議席を各県人口に比例して配分する。

2 首都パリの行政

(1)パリの歴史

 現在のパリの場所には、紀元前、すでにケルト人の街があったといわれ、紀元50年頃にはガリアを征服したローマ人により都市が作られた。しかし、首都としてのパリの歴史は、508年のクロヴィスによる首都建設にはじまる。12世紀頃からノートルダム寺院など現在も見られる歴史的建造物の建築が開始され、徐々に首都の体裁が整えられていった。近代に入ってからは、皇帝ナポレオン三世の時代(第二帝政期、1852〜1870年)に、パリ県知事に任命されたオスマン男爵のもとで大規模な都市改造が実行され、いまの町並みの基礎が完成した。都市の大改造に先立ち、1859年にはパリ周辺の11の市町村が新たにパリに編入され、パリ市はそれまでの12区から20区に再編されることになった。パリの市域はその後拡張されておらず、20区の編成にも変化はない。
 しかし、大革命期後、次第に地方自治が拡大するなかにあって、パリだけは首都としての性格上、他の市町村とは異なる扱いを受け、長らく国の直轄といってもよい状態にあった。
 ナポレオン一世の時代のパリは、一市だけでセーヌ県のなかの一つの郡を構成し、パリ市の行政は内務省の官吏であるセーヌ県知事と警視総監(Prefet de police)

 

 

 

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