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ではヴィジョンはどうして誕生したのか。会話のプロセスを検討しよう。ビーフ・ステーキがB氏にかつて食べたカリブー・ステーキを思い出させ冒頭のコトバとなったにちがいない。A氏は、美味しそうなカリブー・ステーキを思い描き、料理に興味をそそられ、B氏が食通だったことを思い出し、話題を珍しい料理に誘導する。そして、B氏の「ここは大都会なのにカリブー・ステーキが食べられない」がA氏のビジネス意欲をかき立てる。それがついには「ワイルドメニュウ専門レストラン・カリブー」というヴィジョンの創出に行き着く。このプロセスの展開で重要な役割を果たしたものが三つある。一つは、各人にとっての《情況》である。二つには、それぞれの《コトバ》である。そして、三つには、各人の《記憶》である。この三つが相互に絡み合いながら会話は進行する。気のおけない旧友同士の出会いというリラックスしたB氏の情況にビーフ・ステーキが誘発したカリブー・ステーキの記憶が引き入れられ、それが情況を揺り動かし、再編成された情況がきっかけとなった冒頭のコトバを生み出す。そのB氏のコトバが、今度は、A氏の情況の中に、カリブー・ステーキや料理への関心をかき立て、B氏の食通ぶりの記憶を引き入れ、応答のコトバを生み出す情況を編成する。そのA氏の応答のコトバが、次に、…。というように会話プロセスは進行する。ここでいう《情況》とは、《主体によって意味づけられた状況》のことであり、状況の理解と対応を含んだものである。生きるプロセスにおいて、情況は主体内で再編成され続ける。また、《コトバ》は、主体によって情況内で情況編成とともに意味づけされ意味を担った《言葉》となる、意味づけ前の言語記号概念を示す。そして、ここでの《記憶》は、経験・学習を通じて主体内に形成され、類似の刺激によってアクティベートされる諸反応のことをいう。ここでいう記憶には、さまざまな出来事の記憶だけでなく、イメージ、音像、概念、あるいは、歩き方、食べ方、泳ぎ方、さらには、コトバの使い方なども含まれる。記憶は互いに錯綜した親疎・強弱の連鎖を形成しており、その連鎖を通じてアクティベートされる。意味づけ論は、「主体にとっての意味とは意味づけの都度引き込み合いによって形成される記憶の関連配置である」と考える。したがって、情況は、状況

 

 

 

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