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実は、共に《意味づけの不確定性》によって起こる現象である。人間の意味づけおよびコミュニケーションは、不確定性と秩序性とが共起する実に厄介な性質のプロセスなのである。このことを具体例で示そう。例えば、かねてから新商売を考えていたA氏が友人のB氏と久しぶりに会い、レストランで食事をしながら旧交を温めていたとしよう。B氏がふとビーフ・ステーキを切る手を休めて「君、カリブーのステーキってなかなかいけるんだよ」という。A氏は「へ一、そう。うん、きっとうまいだろうな。そういやあ、君はなかなかの食通だったね。いろいろ珍しい料理知ってんだろうね」と応える。それがきっかけで、B氏はA氏が食べたことも聞いたこともない世界の珍しいワイルド・メニュウについて蘊蓄をかたむける。そして、「ここはけっこう大都会で何でもあるのに、カリブー・ステーキは食べれないな」とつぶやく。それを聞いたA氏は「おい、B、そいつを食わせるレストランって、見込みあるかな。あるなら手伝えよ」ともちかける。こうして二人は知恵を出し合ってワイルドメニュウ専門レストランのコンセプトを創り上げる。やがて「レストラン・カリブー:プロジェクト」が練り上げられ、ついにオープンにいたる。評判もまずまずである。もちろん、売り物はカリブー・ステーキである。この成功は、さまざまな要因が複合しているにちがいない。だが、基本的には、ビジネス意欲、経営感覚、資金をもったA氏と、料理、飲み物、レストランなどに関する豊富な知識とセンスをもったB氏との協働の産物である。そして、そのコアをなしているのは「ワイルドメニュウ専門レストラン・カリブー」というヴィジョンである。ところが、実は、A氏はカリブーのステーキなるものを食べたこともなければ、見聞きしたこともなかった。また、心の奥で新商売を模索していたにしても、レストラン経営を考えていたわけでもない。また、彼はワイルドメニューというコトバさえ知らなかった。B氏も「カリブーのステーキ」と何げなく言ったとき、それをビジネスとつなげていたわけではないし、「ワイルドメニュー専門レストラン」という考えがあったわけでもない。だとすれば、このヴィジョンはA氏にもB氏にも帰属させることができない。二人の会話の産物である。

 

 

 

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