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第1章  総論

1 福祉社会と現代の公共性

深谷 昌弘       

 ドイツの社会哲学者・ハーバーマスの指摘によれば、古代アテネの民主制に淵源をもち、勃興するブルジョワジーの君主への対抗概念として成立した「市民的公共性」は大衆民主主義の進展過程で変質し、その本来の機能を喪失する。現代のさまざまな政治的矛盾の克服にとって、現代にふさわしい「公共性」の構築こそが主要課題であるという。現代の国家と市民との調停困難な関係を集約的に示す政策が社会保障ないし福祉国家の問題である。
 アテネの自由市民の生活は、私的生活の必要を充足するオイコス(家政、あるいは、家産といわれる自給自足の私的領域)と、アゴラといわれる広場で演説、劇、音楽、などのパフォーマンスを競い合うことで傑出性を共に求めるポリス(公的領域)とからなっていた。私的領域と公的領域との空間的・機能的分離、財産によって自律性を確保した自由な個人、そのような自由な個人の公開の審判に委ねられた超越的価値の協働的探求、これらが古代ギリシャの公共性に欠かせない要素であった。
 その後このような公・私の区分およびそれに基づく公共性の概念は、土地の領有と垂直的身分支配に基礎をもつ封建制によって形骸化する。しかし、やがて、土地と身分に制約から自律するブルジョワジーの勃興によって、市民的公共性の概念が形成される。財産をもち自律的に経済を営み、知識・教養を備えた豊かなブルジョワ市民たちが、君主の恣意的支配に対抗して彼らの私的領域の正当性を公論として展開するにいたって、市民的公共性が成立する。この市民的公共性は、私的領域に属していたことと、公開の論議という論争的性格をもっていたことが、古代ギリシャにはない特徴である。
 しかしながら、市場経済の進展は全ての個人に法的にはともかく実質的な経済的自立をもたらさなかったし、一方では、君主から人民への主権の移行が人民間の私的利害の葛藤の場へと政治を変貌させた。支配と葛藤とを理性的な公

 

 

 

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