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 なお、あとは野となれ山となれと自然の過程に全てを任せるビオトープ造成が、意識的におこなわれる場合もある。わが国の事例ではないが、ドイツ・バイエルン州南部のライザッハ川では、洪水の被害にあった治川の土地(約29ha)を州が買い取り、治水のための工事は一切おこなわないで、川の流水の力に任せて、流路と河岸の自然環境の形成をはかっている。1994年の10月、現地を案内してくれたローゼンハイム水管理事務所のクラウス所長の説明によれば、「これは、バイエルン州自然保護法の規程にもとづいておこなわれた事業で、これによって“近自然工法”の基礎である河川の自然の過程を知ることができると同時に、ドイツにおいても歴史の過程で失われてきた、川原、湿地、河畔林などのような河川がもつ本来の生息環境をとり戻すことができる」ということであった。

5)‘立ち入り覗き見ご法度”型(聖域設定型)

 聖域(サンクチュアリー)というのは、野生生物が人間のうるさい干渉から逃れて、休息し、眠り、餌をとり、子どもを産み育てるために設ける、人間の立ち入りを禁止する場所のことである。ビオトープの中にこのような場所が保証されることは、野生生物の健全な個体群の維持や、周囲の人の目にふれる場所への野生生物の継続的な供給を絶やさないためにも、重要な役割をもっている。ビオトープの整備が、これまでないがしろにされてきた野生生物の生息環境の回復と保全を目的にした事業であり、将来にわたって彼らと人間との共存を願うのであれば、人間が自由に立ち入ることのできないこのような区域を設けるのは当然のことといえよう。
 ドイツやスイス等のヨーロッパ諸国では、川や湖に沿った発達した水辺林や湿地、あるいは湖の流入河川の河口デルタ地帯のヨシ原などは、各地で自然保護地域に指定されている。ドイツの少し詳しい地図を開くと、あちこちにみられる“NSG”(Naturschutzgebiet)と書かれた区域がそれである。また、アウトバーンの雨水排水の調節池や砂利採取跡の人工池を活用した公園などでも、“NSG”や立ち入り禁止区域を設けている例が少なくない。
 これまでわが国でおこなわれたビオトープ整備では、野生生物のための聖域を設けて人間の立ち入りを禁止する措置をとった例はないようである。しかしこのことは、今後のビオトープ整備事業の在り方を考える上で大切な課題なのでつけ加えておく。

5.おわりに

 多自然型川づくりの場合にかぎらず、ビオトープの整備の仕事は、これまでに述べたようなさまざまなスタイルのうち(1)、(2)、(3)または(4)の順に、質の高い、いいかえればその場所にふさわしくかつ多様な生物の生息を支えるビオトープを創出することができる。

 

 

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