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3)“何事のおわしますかは知らねども”型(自然群集期待型)

 “何一作のおわしますかは知らねども…”というのは、西行が伊勢神宮に参拝した時に感じた神々しさを詠んだと一般に信じられてきた和歌であるが、それは俗説であって間違っているという論証もある。それはともかく、ここでは自然に形成されたビオトープにすむ生物の世界の全貌や仕組みは、人間には容易に伺い知ることができないほど複雑かつ精巧なもので、それはまさに神(自然)の技である、というほどの意味で使っている。
 生息してもらいたい生物の種類を最初から特に意識せず、その場所が気に入った生きものは何でもいいから棲んでくれというのが、このタイプのビオトープづくりの思想である。たとえば、河川整備に関連してビオトープを創出する場合、まず、かなり広い面積にあまり高低差のない起伏をつくって水を入れ、不規則な形状の浅い水面と、それを取り巻く緩傾斜の水際部、およびやや乾燥した条件をそなえた微高地をつくるなど、なるべく自然に近い変化に富んだ土地の基盤を造成し、人による植栽は最小限度にするか、あるいは全く植栽はしないで、陸上でも水中でも植生は自然の回復にまかせる。その上で、まわりの生息地からの移動によって、自然にすみつき形成される動物群集を期待しようというわけである。
 したがって、つくられた生息環境には人間の恣意的な要素は少なく、ある程度以上の面積があれば、やがてその土地にふさわしいビオトープー上の場合は湿地ビオトープーに発展する可能性が大きい。その意味で、このタイプのビオトープづくりは、生態学的にみれば、上記の二つの場合に比べて、はるかに自然度の高い結果をうることができる。
 このタイプのビオトープ整備の事例としては、ドイツ・バイエルン州を流れるイザール川のミュンヘンから100kmほど下流のランダウ(Landau)で、発電を兼ねた大規模床止め工の建設(1984)にともなって湛水域に造成された湿地ビオトープをあげることができる。ここではビオトープ造成後の生物群集の遷移・発達の経過が詳しく追跡調査されており、その報告書がバイエルン州水管理局から出版されている。
 最近わが国でも、その計画に生態分野の専門家も参加した、この種の本格的なビオトープ整備もみられるようになった。建設省荒川上流工事事務所による越辺川高水敷のビオトープはその好例である。ここでも造成後の生物群集の変化について追跡調査がおこなわれているということなので、その成案が期待される。
 なおわが国でも、まだ「多自然型川づくり」や「ビオトープ」という言葉が聞かれるより以前に、ダム湖の環境整備事業の中で、広大な面積にこの種のビオトープを造成した事例がある。それは1981年に完成した岩手県雫石川の御所ダムである。このダム湖の上流側の夏季制限水位の間水面上に現われる2〜3km2の平場の土地は、建設当時、湧水や流入河川を生かした凹地や微高地をつくって

 

 

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