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 このようなビオトープは、野生生物の自然の生息環境に比べて“箱庭型”の感はあるものの、人間の都合一辺倒だったいわば効率第一主義の時代の環境整備に比べれば、著しい前進である。それどころか、これまで生きもののすみ場などにはほとんど関心がなかった土木の分野の人々が、このような仕事を通して、自分の手でさまざまな生きものの生息環境を整え、その成果を実現できることは、ビオトープ整備がようやく始まったわが国の現段階では、たいへん重要な意義をもっている。
 また、もし都市の中やその周辺このようなビオトープがつくられた場合には、市民や子供たちによる野生生物の観察・学習の場としても、役立つことが多いだろう。
 しかし一方で、このような“箱庭型”のビオトープ整備に対して、生物学の側から批判がないわけではない。一昨年おこなわれたこの分野のシンポジウムの会場で、ある新設ダムのダム湖周辺の環境整備の一環としておこなわれているビオトープ創生事業の報告に対して、ある生態学者から「建設省はビオトープというものを誤解しているのではないか」という主旨の発言があったのも、その一例である。
 前述のような理由から、この“誤解”という受け止め方は、必ずしも当をえたものではない。しかし、つくられるビオトープが箱庭型だけでよいかというと、それも非常に問題である。人間による自然環境破壊の代償としてつくられるビオトープであるならば、本来は、もともとその地域に生息していた野生生物たちの生息環境をどれだけでも復元することを目指すことが第一に重要であり、同時に、前回述べたように、広域的な視野からそのビオトープの位置付けを考えることも大切である。人間が自分の好みでビオトープを“つくってやる”のではなく、その地域を広い視野からとらえて、人間の所業によって野生生物のどんな生息環境が分断され、欠落してしまったかを考え、生じた自然の綻びを修復し、残っている生息環境につなげていく努力が必要である。われわれがしなければならないビオトープ整備は、造園の中の類型化された一つの手法というようなものではなく、本来、その地域その場所がもつ特性や、おかれている状況にもとづいて、生態学的な必然性と特異性をそなえたものでなくてはならない。
 なお、このタイプのビオトープには、しばしばわが国の伝統的な日本庭園の考えが持ち込まれて、うわべだけの自然景観づくりがおこなわれる事例がないとはいえない。特に小規模な事業にその例が多いように思われる。日本庭園づくりはわが国のすぐれた伝統技術であるが、それはあくまでも、自然の素材を用いた自然景観の模写であって、野生生物のすみ場としての内容に乏しいのが一般である。したがって、その発想や技法を河川事業などにとりいれることは、経費がかかる上に、生息環境造成の面ではあまり意味がない。

 

 

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