多自然型川づくりとビオトープ
応用生態学研究所 桜井善雄
1.多自然型川づくりは水辺のビオトープづくり
最近わが国でも、都市整備、河川・道路・公園などの整備、住民運動などいろいろな分野で、“ビオトープ”という言葉が盛んに聞かれるようになった。研究者仲間がつくるビオトープ関係の研究会も各地につくられたし、また2年前には造園関係の企業がビオトープづくりの交流と普及をめざして「日本ビオトープ協会」を発足させている。ところでこのような動きが活発化し始めた平成2年に、建設省から“多自然型川づくり”の通達が出された。それ以後わが国の河川整備は、生態学の分野からみれば、新しい時代を迎えたことになる。多自然型川づくりの通達は、この事業を次のように定義している。
「多自然型川づくり」とは、河川が本来有している生物の良好な成育環境に配慮し、あわせて美しい自然景観を保全あるいは創出する事業の実施をいう。
ここでいわれている“成育環境”というのは、生態学でいう“生息場所”または“すみ場”とほとんど同義と考えられ、次の項で述べるように、多自然型川づくりはまさに水辺(河川や湖岸)におけるビオトープづくりということができる。
しかもそれは、自然度の高い水辺がラムサール条約による国際的な保護・保全の対象となっているように、地球上の生物の多様性を維持するための特に重要なビオトープを保全する仕事であり、またさらに、治水という社会的にゆるがせにできない事業との折り合いを模索しながら実行しなければならないところに、難しさとやり甲斐のある仕事でもある。
ところで、ビオトープづくりが始まったばかりのわが国の現状では、それがとりあげられているさまざまな事業をみると、あたかも公園計画の中で検討される、池、築山、芝生、広場、遊び場、等々のような、いわば任意選択の対象となる、類型化された要素の一つのように考えられている傾向がある。しかし、ビオトープは、次に述べるように、人間の都合から発想される上記のような要素とは基本的に異なった性格のものであり、世界的に野生生物の“種”の絶滅やそれらの生育環境の破壊と劣化が進行している現在の社会において、厳密にいえば、環境に変化と影響を与えるあらゆる事業において、人間の当為としてなさねばならない普遍的でかつ基本的な意味をもつ仕事ということができよう。
その点で多自然型川づくりの通達は、特に一般の公共事業におけるこのようなビオトープ整備の在り方を示した最初のものとして重要な意味をもっている。