II. 「ドイツとEU」対「日本とアジア」
ドイツと日本がそれぞれの地域において果たしている役割を理解するためには、二つのことに注目する必要がある。国家としての自己理解と、その国に対し期待されているもの、という二つである。しかしこの二つの見方が重なり合うことは稀であり、常に相互に調整される必要が生じている。ヨーロッパの中規模国たるドイツは、人口と経済力に関してEU最大の加盟国である。自由で民主的な基本秩序のもとで国民に豊かな暮らしをさせたいというドイツの国益を守り、発展させることは、単にドイツ国としての課題にとどまらないものである。
EU加盟の全ての国家は、経済・社会・法律・安全保障政策といったさまざまな領域において、全加盟国に義務づけられる枠組み条件や基準に合意している。政府や議会といった各国別組織と並行して、超国家的次元においてそれらに対応する組織が存在するのである。EUはEU議会、EU委員会、ヨーロッパ裁判所(そしてフランクフルトにはヨーロッパ中央銀行すら作られつつある)を備えており、これらはこれまで伝統的に個々の国家にしか作られなかった組織・構造を備えるに至っている。しかしこうしたヨーロッパ政府組織は、各国主権がこれら超国家的なEU組織に少しずつ責任と権威を委譲するとき初めて機能しうるものである・このプロセスは長くかかり、また極めて複雑である、マーストリヒト第一・第二条約における困難を極めた交渉の模様を見ても明らかなように、加盟各国の国益の維持や市民の不安(たとえば共通通貨に対する不安)というものがEU全体にとって大きな障害となっており、その克服のためにEUはまだ西暦2000年を過ぎても多くの課題を抱え続けるであろう。
ドイツはその外交政策上の第一目標を、ヨーロッパ統一の実現に置いている。(その結果最終的に、ヨーロッパ統合のプロセスが進むにつれて国民国家としてのコンセプトはますますその意味を失って行くであろうことを意味するのであるが。)そうしたドイツのような国が、日本のような第三国に対して、古典的な国民国家という意味における主権国家としてどこまで振る舞いうるかは大きな問題であり、とりわけ日本側からの深い理解を求めて行かなくてはならないところである。
世界的な政治的・経済的グループ分けを見てみるなら、日本は一つの国民国家が一種のブロックとしての役割を演じているように見える、明らかに唯一のケースである。世界をおおまかに大きなブロックに分けてみるとき、北米・ヨーロッパ・アジアとなるが、そこに日本には(少なくとも経済的観点から見るとき)アジアにおける指導的な役割が期待されている。それに対し、EUほど統合深化・政治的相互依存関係の度合の深いグループは他にない。