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国内の高コスト環境を嫌って海外に流出するという傾向はいわゆる“空洞化”の重要な側面である。なぜなら、それによって国内の産業基盤が収縮し、雇用機会が減少することが懸念されるからである。
 日本のこうした経験はまだ“空洞化”と言うべき程の規模になっていないという見方がある。例えば、製造業の海外生産比率を見ると、日本のそれは最近(1993年)の数字で見ても7%程度であってドイツの113、アメリカの115に過ぎないという水準の低さが指摘されている。しかし、ドイツにはEUという地域経済圏内の水平分業があり、またアメリカは第一次大戦以降半世紀を超える海外生産の歴史がある。これに比べ日本の本格的な海外生産の歴史は実質的に10年程度であり、その伸びは急速である。
 また、こうした生産拠点の海外移転は比較優位を生かした国際的な分業と協業の一環であり、日本の産業構造高度化の一局面に過ぎないという見方がある。そうした面があることは否定できないが、その見方は日本が直接投資を行う広域経済圏の中で常に最高賃金にふさわしい技術水準を維持できるという日本の傑出した技術的ダイナミズムを大前提としている。しかし、果たしてその大前提は正しいだろうか。かつて日本がアメリカを技術的に追い上げた歴史を顧みるだけでも、例えば他のアジア諸国が日本を追い上げないと言う保障はない。
 産業の空洞化はまだ現実にはそれほど大きな、あるいは本格的な現刻にはなっていないかもしれないが、日本の経済社会や産業・企業が違しいダイナミズムを失えば、それは急速に深刻な現実となる可能性がある。大きな内外価格差に象徴される日本経済の二重構造は、日本がスリムな貿易財部門で高い国際競争力を維持すると同時に、国内の非貿易財部門で高い国内価格の下で雇用を吸収するという、ある意味では巧妙な経済構造であり、経済運営の知恵であったと言えなくもない。
 しかしながら、近年の一段の円高とグローバリゼーションの進展は、効率的な貿易財部門による強い競争力と不効率な非貿易財部門による国内の完全雇用の両立というマジックを突き崩し始めた。国内の高コストを避けて海外展開を進めている日系企業からの逆輸入もしくは開発輸入が近年の円高以降急速に国内市場に浸透し、国内雇用に影を及ぼし始めたからである。

 日本の完全失業率の水準はドイツの11%という高水準に比べれば3%強ではるかに低いが、日本の経験の中では第二次大戦後の最高水準である。日本の失業率は企業の雇用行動、労働者の求職行動、政府の雇用政策などの構造的要因によって欧米に比べ過少になる傾向がある。一部の調査機関の推計では日本の企業は約200万人程の過剰雇用を抱えているとされ、これが失業者として顕在化するだけでも失業率は倍増する。グローバリゼーションの進展と国内市場への浸透は、これまでそうした競争圧力に直接さらされることのなかった巨大な非製造業部門にも合理化と構造改革を迫っている。そう

 

 

 

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