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とであろう。
 以下、特にこの2つの課題に焦点をあてながら、日本の実情を例として問題の所在を明らかにし、対応策のあるべき方向について考えることとしたい。



III. 空洞化と雇用問題

 現在の日本が直面している空洞化の危険と雇用をめぐる問題の性質を理解するためには、少なくとも10年前の国際的な為替レートの大調整にまで遡る必要がある。1985年9月のブラザ合意を契機として、円の為替レートはドルに対して約1年半のうちに100%も切り上がった。
 新しい為替レート体系に直面して、日本の貿易財産業部門はその競争力を維持するために、抜本的な構造改革をする必要に迫られた。企業の生産工程における省力化や合理化を一段と進める一方で、海外直接投資を展開し、部品や中間財の海外調達を増加させるとともに海外基地からの迂回輸送をも強化したのである。こうした構造改革によって輸出志向の製造業を中心とする貿易財部門は新たな価格体系に適応することができた。
 これに比べて流通や各種サービスなどの国内産業を中心とする非貿易財部門は、海外調達という手段を活用することもできず、また各種の規制や閉鎖的な市場慣行などに守られていた面もあって、効率化に向けての自己改革が遅れた。効率化が遅れたために国内の物価水準は下がらず、他方、円の為替レートの急騰によって海外の財・サービスの円べ一ス価格が大幅に下がったため、いわゆる内外価格差が大きく拡大することになった。例えば、最近でいえば、円の為替レートは1ドル=100円強であるが、購買力平価で見れば1ドル:160〜170円というように大きな開きがある。
 国内市場が外に向けて充分に開かれており、海外の安価な財やサービスが自由に国内市場に浸透しやすい構造になっていれば、このような内外価格差は市場の自律的な需給調節機能を通じて早晩縮小し、内外の価格水準はやがて均衡するはずである。ところが、日本市場をめぐるこの大きな内外価格差は過去10年間目立って縮小せず、近年の一段の円高の局面ではかえって拡大する傾向を見せた。この事実は換言すれば、円高のメリットが国内市場の消費財生産やサービスに変わる長い連鎖の中に還元され難い構造があることを示唆している。
 いずれにしても、これほどの大きな内外価格差の存在はグローバル市場で競争する貿易財産業部門の企業にとっては過大な負荷になる。従ってこれらの産業や企業のうち、とりわけ活力と能力のあるところほど生産拠点を海外のコストの安い地区に移転するようになる、そうした動きは持統的に進展しており、とりわけ円高の進行を受けて加速する傾向がある。
 能力のある、すなわち本来ならば日本国内に残しておきたいような企業や産業から先に、

 

 

 

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