いてきました。莫大な敷地内を見て歩く事は時間的にも無理なので、見たい作品だけに絞り見学しました。最高の美術を目の前で思う存分見ていられる事は、なにものにも得難い幸福感に浸る事が出来、自分の気持ちが優しくなっていくのが判ります。ルーブル美術館=自己の幸福感=相手への思いやり=世界の平和の方程式が出来ました。
(余談)
14日ぶりに見る家族の顔は、自分は本当に幸せ者だと今回の研修を含めて再確認出来ました。すべての人に・・・感謝で一杯です。アリガトウ
憧れのヨーロッパだ
佐々木稚子
私が小さい時から憧れたヨーロッパでした。小さい時、いつも夢を見ましたがいつかヨーロッパへ行くのをずっと待っていました。
夏休みに入る前、担任の先生から身障青少年の国際体験研修旅行の募集パンフレットを渡され、「今年、この海外派遣に参加してみなさい。色々な交流が出来ますよ」と言われ、まさか私の夢がなかったみたいと思いました。でも!団員として選ばれた時は、まさか、私の夢がかなって行けると思わなかったのですごく嬉しかったです。
ヨーロッパへ行く前、色々な事を考えられて、「どんなヨーロッパ?ろうあ者のみんなとうまくコミュニケーションをとれる?」と不安や期待でいっぱいでした。
12時間もの長い空の旅…やっと、ドイツに到着。(日差は−8時間)頭の中がちょっとくらくら。でも、ハイデルベルクのHOTELで自分の部屋への行き方が迷路になっていてよくわからなくて、くらくらになりました。
ドイツの聴力障害者学校訪問、それぞれに様子を見たら、やっぱり口話主義である学校という所もありました。3〜4才の子供の時から厳しい口話教育を徹底していました。又は、親を離れて寄宿舎で淋しく育った人もいました。それが口話の主義だったと初めて知りました。ハイデルベルクのろう者交流会は、同じろう者を持った人たちと手話と身振りでコミュニケーションし、相手も、理解してくれて本当に嬉しかった。日本からの珍しいものの紹介で、着物を着て見せてあげました。相手も大喜び。また、フランクフルトのろう者の交流会は、一緒に食事しながら、コミュニケーションできて、楽しめました。又は、施設を紹介してもらい、本当に立派な建物でした。ろう者の人たちが交流するために来てくれました。ドイツの家庭の生活など聞かせてもらい、参考になりました。
オーストリアのウィーン。社会省の訪問で感じたことは、聴覚障害者に対する行政上のさまざまな問題点がそれ程あるとは夢にも思わなかったことでした。または、目覚し時計などの色々な機械を発明していたことが良かった。日本でも、もっと面白い発明をして欲しいと思いました。
「美女と野獣」の劇鑑賞はとてもきれいで面白かったが、我々団員たちは殆んど眠っていました。でも、私も眠りたいがせっかく見に来たからもったいなくて、ずっと眺めました。やっぱりウィーンは音楽の町だとしみじみ感じました。
ハンガリー・ブダペストに到着した夜に夕食をブダペストのろう者と食べながら交流したが、1人しか来ず他の人が来なかった。1人は、ろう学校の美術の先生だった。大変面白い人で楽しくコミュニケーションをしました。
難聴小学校へ訪問し、みんな口話がうまくて、とてもびっくりしました。でも、手話が出来る人もいたけれど先生に対し、手話を使わなかった。口話を主義とする学校だったんだろうと思いました。私と子供たちと一緒にサッカーをして遊びました。また、ろう学校を訪問し、新しく建てたばかりの学校で、明るい生徒たちがいました。
午前のみと午後のみと2つ分かれて希望による授業を受けられる事もありました。私も同じにしてもらいたいですネ。
「パリだ!パリだ」と我々団員たちが喜ぶ。団
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