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第4回中国大学図書館担当者訪日交流感想文

 事業名 教育・研究図書有効活用プロジェクトの実施
 団体名 日本科学協会 注目度注目度5


寧波大学図書館 副館長 黄旭昇
訪日随想録
 
 日本科学協会の招請を受けて2006年12月4日〜11日にかけて「第4回中国大学図書館担当者訪日団」とともに日本財団と日本科学協会を訪問し、笹川陽平日本財団会長、濱田隆士日本科学協会理事長を表敬訪問した。そして武蔵工業大学、芝浦工業大学、成蹊大学、琉球大学の図書館、国立国会図書館を視察し、図書館の業務管理、図書館資源の活用、館舎の建築等について交流を行った。日本滞在中に横浜にある「教育・研究図書有効活用プロジェクト」の協力会社である株式会社ヤマタネを視察した。その他に皇居、沖縄の琉球王国の遺跡と海洋公園、大阪の天守閣、京都の清水寺と金閣寺、奈良の東大寺と唐招堤寺を見学した。今回の訪問を通じて日本の真実が見えた。
 短い数日間に時空を旅したような感じがした。思いは唐の時代に遡った。唐天宝元年(742年)に、日本の学問増栄叡、普照は大明寺に来て「東遊興化」のための受戒僧1名を推薦するよう要請した。当時既に55歳となっていた真和尚は、思托等と共に前後6回日本へ渡ろうとしたが、うち5回は失敗した。真は第5回の東渡の途中において失明してしまった。天宝12年11月16日、真は普照、法進、静、思托、義静、法載ら24人と共に第6回目の東渡を図った。1ヶ月かけてとうとう12月20日に日本の阿多郡秋妻屋浦に到着した。延慶師は真和尚を大宰府に案内した。翌年2月、真一行は入京(奈良)し、東大寺に居を置いて聖武天皇、皇太後、孝謙天皇、皇太子等に授戒した。その後更に沙弥澄修ら440余人に授戒した。旧戒を廃した旧大僧霊福、道縁、忍基ら80余人に改めて授戒した。日本の仏教界においてはじめての授戒となった。唐乾元2年(759)真和尚は弟子の普照、思托らを率いて奈良で招提寺を建設し、その後招提寺に居を移した。真は戒律を弘揚した以外に中国の建築、彫刻、医薬等も日本に紹介し、中日の文化交流に卓越な貢献をなされた。
 日本はその独特な地理条件と悠久な歴史を以て独特な風格を有する日本文化を育んだ。中日両国は文化交流と経済発展等の分野において総合依存の関係にあり、時には戦う時期もある。ここ100年近くの中日関係は確かに紆余曲折であった。しかし今日の日本社会、特に日本の友人達が中日友好を促進するためになされた努力を思い、故笹川良一先生の三男、現日本財団会長笹川陽平先生の言葉を思い出す。「悟りは早晩あり、友好に前後なし」。笹川陽平先生は浮辞を言わず、実務に執着している。父親の志を受け継いで1985年以来、中国を50回以上訪問し、200以上の事業を実施した。
 京都の清水寺からは日本建築の堂々さが見えた。古代日本人の智慧は全世界の人々を敬服させた。奈良の東大寺において聡明な一休は日本人に新しい勇気と叡智を与えた。唐招提寺の高僧真は中国人民に改めて寛大と非凡を与えた。「歴史を鑑として未来に向ける」。中日友好は、中国の経済と文化発展、そしてアジア乃至世界平和にとって深遠な意義を持つことである。笹川陽平先生が言われたように2000年の歴史を鑑とすれば、日本国民、中国国民にとって最も理性的になり、更に未来に向けられる。中国と日本はきっとより友好的になれることを確信している。
2006年12月26日
 
貴州大学外国語学院 助教授 小敏
 
 
 今回の訪日で得られたものは多く、とりわけ日本の大学図書館の現状については比較的よく理解できました。日本の大学図書館は、国立大学図書館、公立大学図書館、私立大学図書館の三種類に大別できます。日本の大学図書館にはとても特色があり、今回の訪問で特に深く印象に残ったのは以下の点です。
 
1. 図書館の独特な建物
 今回、私たちが参観した図書館は4箇所ですが、各図書館の建築様式はそれぞれ独特で、特に球体図書館が深く印象に残りました。お洒落でエキゾチックで格調高いデザインでした。その次に来るのは木造の図書館です。木造の図書館は球体の図書館ほどエキゾチックではありませんが、十分に古風で高尚な感じがし、こうした図書館で本を読むと博学に見えます。しかし、最もユニークだったのは椅子の図書館です。館内の椅子が色々なデザインでとても快適だったのですが、安からぬ品々で、この快適で上品な椅子に座った感覚は帰ることを忘れさせました。
 
2. 日本の図書館管理方法
 日本の図書館管理は、非常に科学的で、図書館全体の専従職員は僅か数名、多くの業務が民間に委託されているのが、非常に科学的な管理法だと思いました。経費の節約にもなり、人員が定員を超える心配もありません。
 
3. 図書館ネットワーク
 日本の大学図書館ネットワークにはすべての蔵書が載っており、ネットワーク上のディレクトリに登録された図書がネットワーク経由で相互に利用できます。
 
4. 公共学習室
 日本の大学図書館はどこでも公共学習スペースを提供しており、ネットワーク時代のサービスを学習の場所に提供していることは、広く知られています。ネットワークの普及により、日本では図書館自身の存続問題が現れました。図書館の読者が日を追って減少したので、利用者数を回復させるため、日本の図書館ではこうしたスペースを設け、しかもスペースにはコンピュータを設置して、読者がグループ学習や討論をできるようにしたのです。
 
5. 大学図書館の開放
 日本の大学図書館は外部に解放されています。大学図書館の市民への開放には以下の長所があります。
(1)大学の文化的財産を有効利用できる。
(2)大学を対外的に宣伝でき、大学の社会における知名度を向上できる。
(3)大学周辺地区の知識に新たな貢献ができる。
 
6. 日本科学協会が収集する図書のありがたさ
 今回の訪問で、私たちは日本科学協会の寄贈図書の保管倉庫を参観しました。私は日本科学協会の全ての図書寄贈、受け入れの過程を全面的に理解し、協会が送ってくれる本のありがたみ、更に寄贈図書の大切さを感じました。帰国後にはいただいた図書をきちんと整理し、貴州大学の教員や学生へのサービス、貴州大学と日本との文化交流サービス、貴州の経済発展に早く貢献ができるようにし、日本科学協会が私たち貴州省の住民のためにしてくれた全てへの感謝にしたいと決心しました。
 
広西師範大学図書館副館長 閻其春
日本を訪問しての印象
 
 1100年来、中国といろいろと複雑な関係にあり、一衣帯水の友好的な隣国である日本に対し、これまで本や噂話、テレビやネットから支離滅裂で断片的な印象しか得ておらず、自分でもよく知っているつもりでも、かなり未知の部分の多い隣国だと思っていました。
 2006年12月上旬、幸いにも日本科学協会に招待していただき、自身が八日間の訪日交流活動を体験することができました。
 時間は短く、掠めるように東京、横浜、沖縄、京都そして奈良を慌しく回り、表面だけをざっと見るだけで、トンボが水を打つように深入りできず、全面的にも細かくも見られませんでしたが、かつての無味乾燥で字ばかり並んだ平面的な感覚とは違い、初めて生き生きとして面白い、明瞭な理解や体験ができ、対象についての学習にはそれ程「彩り」はなかったものの、はっきりと記憶している日本の印象がいくつかあります。
 
*印象その1
 日本の都市は一般的に物や車が溢れており、建物も建て込んでいる。電線や電話線の地下化は完全ではないものの、環境、通り、公共施設など全体にとても清潔で爽やかでした。
 広大に高くそびえる建物から景観的に緻密で精巧な店舗、民家に至るまで、物が散らかっていたり張り紙や落書きがあったりという光景は、基本的に見当たりませんでした。私たちが訪れた数都市では、通りは必ずしも広々としてはいませんでしたが、路面、施設、車両、自動販売機はどこでも清潔で、道路標示もはっきりしており、雨の日でも汚水が脇に流れて行くのがはっきりと見える状態で、道端にいくらか掃除されていない落ち葉が見えた他には吸殻なども無く、まして商店の室内、ホールなどの整った清潔さは言うに及ばず、ごみも分別して捨てられていました。沿道にある小さな普通の民家でも、植えてある木や花は全てきれいに剪定されており、不要物はきれいに並べられており、塀も新品のように清潔でした。
 道中、大阪で道沿いに廃棄物処理場が見えたのですが、プレス機の前以外では、くず鉄や廃プラスチックなどの廃棄物などが、いずれもきちんと整えて積み上げてありました。奈良の唐招提寺付近と往来の路上では、少なからぬ水田や農家を目にしましたが、同様にみな整っており清潔で、それなりに秩序があり、田んぼのすぐそばの道路を車が往来しても、黄砂や土埃が舞い上がる様子はありませんでした。
 これは多分、日本政府が環境保護を重視しており、国民が生活環境を大事にしていて、ひとりひとりが環境を守るという自覚を持っている結果なのでしょう。ここまですることは本当に大変でしょう。思わず感心し、うらやましく感じました。
 
*印象その2
 日本の数都市で或いはその間の移動中に見たり触れたりした日常のことで、小さいことではありますが、日本人は規則や時間を良く守っていると思いました。だから、日本人の仕事生活には秩序があり、高い効率を追求するための重要な保障となっているのでしょうか。
 上海の浦東空港から東京の成田空港へと飛んだ初日、空港ロビーから駐車場に出る時、道路を横断しなければなりませんでした。慣れた中国国内でなら、まず間違いなく横断歩道の白線に立って、おどおどと左右を見回してから思い切って渡ったものです。しかし、驚いたことに、日本のドライバーは信号も警察の監視もないのに、渡ろうとする人がいると、自主的に横断歩道の手前5、6メートルのところでゆっくりと車を止め、歩行者を先に通していました。横切ろうとする歩行者が20〜30人おり、皆がスーツケースを引いて長い列を作っているのは分かったでしょうに、広いフロントガラス越しに見えたのは、ドライバーも乗客もおとなしく歩行者の通過を待っている姿で、いらついているような表情も挙動も見られませんでした。(参考までに、中国国内の大多数は次のようなものです。きちんと横断歩道を渡っていて信号が青の時でも、警察が居合わさなければ、横切る時は戦々恐々とドライバーの目の色を伺い、時には避けたり時には慌てて逃げたりしなければなりません)。その後の数日間、日本の数都市を歩く際には気を付けて見てみましたが、中国のような様子はなく、車や自転車の人は誰でも歩行者に道を譲り、弱者を優先していました。
 当然、日本の歩行者も同じように交通規則を遵守しています。信号が赤になれば、車が走っていなくても、信号を無視して無理に渡る歩行者はいませんでした。誰もが青信号を待っていたのです。面白いのは、人出が多い商店街の道路や軒先を横切る時、圧倒的多数の通行人が交差や割り込みをせず、一塊になってそれぞれ自発的に道の片側を歩き、混雑や衝突を避けているので、誰もが早く歩くことができたということです。
 車に乗って通行してみると、どこででも車は車線を並んで走っており、濫りに割り込んだり車線変更をしたりして混乱を招く車はありませんでした。だからこそ、車が多く道も狭いのに、交通の流れが順調であり、小一時間全く動けないなどというような渋滞に遭わずに済んだのです。警察の人も殆ど立っていないようでした。日本で過ごした8日間を振り返ってみて、行った町で見かけた警官をひとりひとり数えてみても、二桁といませんでした(当然、国会付近と領事館界隈では見かけましたが。)
 日本人はまた、とても良く時間を守ります。訪問した団体、施設ではどこでも全行程のスケジュール表を持っており(実際は計算していたのかもしれませんが)、訪問する側も受け入れる側もそれを厳格に守っていました。事前に決められたスケジュール表と実際の訪問イベント完了のプロセスを比較すると、だいたい十数分ぐらいの差に抑えられており、厳格に時間を守って正確にスケジュールをこなせるとは、賞賛に値する印象の深さです。
 交通規則を守る、時間を正確に把握するなどといった平常のことがらから、日本人が決まりを守る厳格さを窺うことができました。こうした気風は短い時間で培えるものではないと思います。


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更新日: 2020年3月21日

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