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バス事業を振り返る
もはや打つ手なし袋小路に入った地方バス
昭和60年以降のバス事業(その2)
交通毎日新聞 生田達幸
 
 
 本原稿は平成10年に執筆したものであり、表現や内容面で現在と比べて若干齟齬(そご)をきたしている箇所があります。ご理解下さい。
●コミュニティバスの原点「ムーバス」
 50年代の都市バスは復権を賭け優先走行が各地で相ついだが60年代になると新機軸が生まれる。その典型が、コミュニティバス。定義は明確ではないが、概ね地方公共団体が何らかの形で運行に関与している乗合バスを指す。さきがけは55年東京都武蔵村山市で始まった市内循環バスとされ、6年後には日野市でミニバスがスタートしている。京王バスが運行を引き受けた。だが全国的なブームには至らず、コミュニティバスが本格化するのは関東バスが武蔵野市で運行を始めた「ムーバス」以降。29人乗りのバスが住宅地約4キロを25分かけて循環する。運賃は一律100円。道が狭いため大型バスが走行できず、同時に住民の高齢化も進んでいる。「ムーバス」は好調なスタートを切った。土・日曜日には1台あたりの乗車人員が平均約25人というからスゴイ。多くのメディアがとりあげ、岡並木コミュニティバス推進委員会委員長(武蔵野女子大教授)は「ムーバスは高齢者の移動に対する本音を独自の方法でつかみ、その結果、どんなバスを、どう走らせたらいいのかを、具体的に試みた日本で最初のバスシステム」と胸を張る。
 
 
 西武バスが同じ頃狭山市で始めたワンコインバスも評判がいい。初乗り運賃170円がワンコインになることから利用客は半年で5割増という。またコミュニティバスと若干色合いが異なるが、東急バスが新設した女性ドライバーによるミニバスの「東急トランセ」も地元住民に受けている。渋谷、代官山間を循環するが実績しだいで路線を増やす。ミニバスはリフトおよび補助ステップ装備されソフトで親しみのあるバスをめざす。
●打つ手がない地方バス
 3大都市圏の都市バスはピークだった昭和40年代半ばと比べ輸送人員で多少の落ち込みはあるが、ここ10年はほぼ横ばい。京阪神圏は一貫して10億人(年間)をキープしている。この先大きく飛躍することは考えにくいが逆に極端に落ち込むこともない。むしろ「都市バスは今言われる環境保全を追い風に必ず復権する」との見方が強い。
 問題は地方バスである。50年代と比べさらに悪化する。学識者の多くは「もはや打つ手なし。行政主導で行かざるを得ない」とし、60年代の運輸白書でも「魅力のある交通機関に再生していくための特効薬なし」とバッサリと切り捨てた。さらに63年、社会経済国民会議交通政策問題特別委員会は提言の中で「需要の絶対量から言って政府の何らかの介入なしには存続し得ない」と、これまた匙を投げた。だが、ここで注目すべきはそれに続く指摘。「免許制度のもう一つの問題点は、撤退規制である。現在の免許制度では、地域独占を認めるかわりに撤退にも厳しい制約がある。これが内部補助による路線網の維持の手段である。撤退規制は事業者の積極的な経営の妨げになっている。さらに、新規事業者の革新的な経営の導入がほとんど不可能であるという欠陥を持っている。自由な民間企業活動による地方バスの再生を図るとすれば、撤退規制を含む固定的な路線免許制度からの脱却が第一の条件となろう」。これが後の規制緩和の流れを作っていく。
 
 
●補助金頼み
 地方バスの落ち込みは確かにヒドイ。現在の乗合バス輸送人員は年間約60億人。ピーク時と比較すると半減だが、このうち都市バスの落ち込みはそれほどでもないから地方バスはこの30年で一気に半分になっている。典型的な補助金産業といわれ大型バスに1日あたり数人の乗客も珍しくなく、多くの事業者は「再生不可能。さりとて止めるわけにもいかない」となす術がない。地方バスは補助金で生きながらえている。その補助金だが、ここでシステムを紹介する。補助制度は、第二種生活路線、第三種生活路線及び廃止路線代替バスを対象にしており、この中で第二種生活路線は利用者の減少によってバス事業としての経営が困難になった路線であり、補助金の交付によってこれを維持する一方で、経営の一層の効率化によって、再び採算道路に復活させることが期待されているともいうべき路線である。
 第三種生活路線は、利用客の極度の減少により、バス事業としての経営がもはや不適切になった路線であり、当面、補助金の交付によってこれを維持しながら、一定期間内に、地域住民との協議を通じて存続か廃止かの決定を必要とする路線である。
 これらに対し廃止路線代替バスは、バス事業として経営が不可能になったため、第三種生活路線の指定を受けた後の協議の結果、なお地域住民の足を守るためバスの運行が必要とされる場合に補助金の交付により運行されることになるバスである。いわば公共交通が維持される最後の姿ともいうべきものである。
●まさに袋小路
 地方バスの抱える問題点は根深く平成13年度に予定されている自由化でも最大の論点といわれる。つまり、過疎地域に住む老人や子供の足をどう確保していくか。
 九州大学の福留久大教授は「ふるさとバス白書」の中でこう指摘している。「地方の公共交通の衰退が住民生活に与える影響は計り知れないものがある。高齢者、病弱者、低所得者などマイカーをもてない人、使えない人の足がなくなるというだけのことではない。バスのこない所は嫁もこない。バスの廃止は隣人生活の解体を、したがって仲間の喪失をもたらす」。
 擁護論の典型だが、運行する側としては「意味は分かる。だが・・・」である。阪急バスが大阪府能勢町で47年から25年にわたって運行してきたデマンドバスにその本質がみえる。当時、不採算路線からの撤退を考えていた阪急バスに対し地元住民は「能勢町を陸の孤島にするのか」と強く反発した。デマンドバスはその妥協案であり、地元・能勢町のほか大阪府も支援に乗り出す。だが結局のところ昨秋姿を消した。膨大な累積赤字だけが残った。
 地方バスといえども基本的には企業であり利潤を追求する立場にある。補助金で赤字が補填されるのならともかく、補助金は行政改革の名のもとに漸減傾向にある。まさに袋小路に入った。
●時間・地域限定の優先走行
 そんな中、平成4年に登場した「宅配バス」は八方ふさがりの地方バス界に一条の光をあてた。運輸省の幹部は「宅配バスは苦しい中から出てきた知恵であり本当に頭が下がる」「過疎地域における不採算路線の継続、地方バスの活性化に資する画期的なシステム」と絶賛した。宅配バスは、運輸省・東北運輸局と岩手県バス協会が中心となり、4年10月から5年3月にかけ実験運行が行われ、その結果、不採算路線の維持に効果が確認されたため、4月からは北海道日高地区でも運行を開始された。岩手県内での実験運行は路線バス事業者と宅配便事業者がコンビを組み、▽岩手県交通とヤマト運輸(北上市一湯田町間)▽岩手県北自動車と日本通運(盛岡市−宮古市間)▽JRバス東北と日本通運(盛岡市−久慈市間)の3路線で始まった。
 両社が運輸協定を結び、バスの車内に宅配貨物の収納スペースを設け宅配便の経路のうち、ステーション・営業所間を路線バスで輸送するもので、輸送コスト相当分の運賃(宅配貨物一個につき370円)を収受する。
 5年、第38回全国バス事業者大会の席上、弘南バス(青森)の松田勝義氏は地方バスのケーススタディとして同県鰺ヶ沢町から一ツ森の全長8キロの深谷路線をとりあげ「この路線には3つの集落があり人口はわずか260人。普通に運行していれば到底ペイできない。そこで町に年間300万円、住民には利用の如何を問わず1軒当たりーヵ月1000円の回数券購入を呼びかけた。住民一人当たりの年間支出では900円になる。町および住民の理解が得られたので1日に3運行するとともに住民サービスとして車内に買い物ボックスを置き乗務員が住民の買い物代行する。評判はよく月1000円の負担は高くない。足りなければもっと支援したいという声が高まってきている」と説明、最後に「住民と自治体、それに地方バス業者は運命共同体である」と結んだ。


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