日本財団 図書館


シップリサイクルの国際動向と海外の船舶解撤ヤードの実地調査
松尾 宏平
(独)海上技術安全研究所
1. はじめに
 日本船舶海洋工学会の若手研究者・技術者活性化事業に係わる海外派遣制度より,2006年9月28月〜10月12日(15日間)の間,海外の船舶解撤ヤードとシップリサイクルに関する国際動向について実地調査を行ったので,以下に報告する。
 
2. 目的と訪問先
 すべての船舶は,時が経つといずれは解体の時を迎える。現在,船舶解撤は,インド・中国・バングラデシュ・パキスタンの上位4カ国で,その大半が行われているが(GTベース約95%),そこでの作業は環境面と労働安全衛生全面で問題視されることが多く,IMOにおいては2008〜09年中にシップリサイクルに関する強制的な新条約の採択を目指すことが決議されている。新条約の発効は,解撤国だけに限らず,船舶の一生に携わる関係者すべてに影響が及び,造船所にとっても,例えば船舶搭載の有害物質一覧表(インベントリー)の作成が義務付けられることになる。
 本調査の目的は,このようなシップリサイクルの現状を調査することである。具体的には,海外の解撤ヤードの実地調査とIMO MEPC55への参加を行った。特に,バングラデシュ及びトルコの解撤ヤードの情報は,国内では稀有であり,これらを収集・活用することは意義深い。
 
 訪問先は,順に,中国・広州→バングラデシュ・チッタゴン→トルコ・イズミール→英国・ロンドンである。中国,バングラデシュ,トルコでは解撤ヤードの実地調査を行い,英国ではIMO MEPC55に出席した。
 本報告では紙面の都合から解撤ヤードーの調査の概要のみについて述べる。
 
3. 海外の解撤ヤードのレポート
 中国,バングラデシュ,トルコでの調査活動と調査結果について,以下,各国ごとに纏める。
 
中国・広州
 広州市近郊の新会双水折船鋼鉄有限公司と江門市中新折船鋼鉄有限公司の解撤ヤードを訪れた。両ヤードは,広州市内から車で2時間強の銀洲湖に面した所に位置する(湖と言っても海と繋がっている)。中国での解撤手法は,岸壁でクレーンを使いながら船を解体していく,アフロート方式である。
 新会双水折船鋼鉄有限公司は専ら外航船を対象としている解撤ヤードとのことであった。船価の都合上,6月から解体船が入っていないとのことで,訪問時,工場では直接的な船の解体は行われていなかった。工場内に電炉を有し,スクラップ鉄から鋳物製品,具体的にはコンテナの角当て材を生産していた。このような鉄のリサイクルが主たる売り上げになっているとのことであった。
 江門市中新折船鋼鉄有限公司は,内航船を対象としている解撤ヤードとのことであった。訪問時,バラ積み船(4900DWT)など,4隻を解体していた。電炉は有しておらず,スクラップ鉄は,せん断して短冊状にした後,外の電炉会社に売っているとのこと。
 訪問した2社は,屋内工場や設備が整備され,工場としての体裁が整っている(後述のバングラ,トルコのヤードと比べると一ヤードとしては規模が圧倒的に大きい)。環境・労働安全衛生対策にも積極的で汚水・有害物質処理施設,施工手順が整備されており,政府・海外船主からの評価も高いようである(この点のPRがかなり多い)。
 
バングラデシュ・チッタゴン
 バングラデシュでの解撤の特徴は,遠浅のビーチに船をそのまま乗り上げさせて解体を行うビーチング方式と呼ばれるものである。約12kmのビーチ沿いに35社程度の解撤ヤードが並んでいる。また,解撤ヤードの周辺にリサイクル産業を抱え込み,一帯は一大船舶リサイクル・タウンの様相である。
 訪問したヤードでは3隻の船舶の解撤を行っていた。敷地は,天然のビーチと砂浜そのままであり,舗装,作業場の整地もされていない。備え付けの施設は,船を岸に引っ張り上げるためのウインチくらいで,クレーンや屋内工場などはない。重機や設備の不足を人力で補っていて,ここでは,単に力と手先でしかない,容易に代替の効く日雇い労働者が大勢働いている。彼らは普段着(腰に巻きつけるスカートのようなもの)のままで働いており,ヘルメット無し,サンダル姿であった。
 周辺のリサイクル業は活発である。修理工場や商店が道路沿いに軒を連ねる。曰く,「船から出たありとあらゆるモノがリサイクルされている」とのことであった。確かに,舶用品はもちろん,船員の使用していた生活・日用雑貨まで売られている。購買層が一般の市民レベルまで広がっており,船舶リサイクル産業が現地の人々の生活と隣り合わせである。
 
トルコ・イズミール
 トルコは解撤量2%弱(GTベース)であるが,上位4カ国に次ぐ解体量第5位を有する。OECD加盟国で唯一,船舶解撤に活発に取り組んでいる。解撤ヤードは,イズミール近郊のアリアガAliaga(イズミール市内から車で約1時間)に集中している。解体方式はアフロート式とビーチング式の両立のようである。
 トルコでの見学は,約束していた解撤ヤードから直前になって見学拒否の連絡を受けたため,結局,独自で解撤ヤード近郊の様子を調査し,ビーチの様子や周辺の様子(リサイクル業)を確認してきた。
 解撤ヤードは,市街地からかなり離れた所に位置し,一般の市民が立ち寄るようなところではない(周辺は工場地帯)。ヤードは2km程度のビーチ沿いに約15社程度が集中しており,その周辺にリサイクル業が集まっている。解撤船は中小型船が主のようである。ビーチに乗り上げさせた船舶をクレーンを使って,ブロックごとに解体し,その後陸上で細分している。解体で発生した鋼鉄,鉄屑,各種部品はリサイクル品として再活用されている。
 
写真1 バングラデシュ ビーチングの様子
(大型バルカーの船尾部が砂浜に上げられている。クレーンなどは使用せず,ブロックごと落下させて解体していく。作業者は足場や安全帯はつけていない。)
 
写真2 バングラデシュ 鋼板の積み込み作業
(30人弱の労働者が一斉に鋼板を担いでいる。この後トラックに積み込み出荷される。この解撤ヤードでは,解体船の鋼板をそのまま転用して,隣の船台で50m程度の新造船を建造していた。)
 
4. 終わりに
 今回のIMO MEPC55では,シップリサイクルが主要な議題として取り扱われ,その国際規則の動向を調査してきた。今後のMEPCでは,我が国が主導となりて,リサイクル・ヤードに関する検討することとなっている。今回の解徹ヤードの実地調査が,これらの検討に参考となることを期待する。
 
 最後に,このような貴重な機会を与えて頂いた日本財団と日本船舶海洋工学会の関係各位に深く御礼申し上げると共に,訪問先の紹介やアテンドに協力頂いた,(財)日本船舶技術研究協会,(社)日本舶用工業会,JETRO上海,川崎汽船株式会社の方々に心から感謝の意を表します。
 
技術者海外派遣報告および評価
派遣者氏名 松尾 宏平
派遣者所属 (独)海上技術安全研究所 構造・材料部門
調査テーマ シップリサイクルの国際動向と海外の船舶解撤ヤードの実地調査
訪問国 中国、バングラデシュ、トルコ、英国
派遣期間 2006年9月28日〜10月12日
紹介者
1. 赤星貞夫 JETRO上海
2. 新井 真 川崎汽船会社
3. Namik K.Idil ERS
訪問先面談者 所属
a. 譚 洋 新会双水折船鋼鉄公司
b. 譚 澤民 江門市中新折船鋼鉄有限公司
c. Tareck Anis Ahmed "K"LINE BANGLADESH.LTD.
調査内容(1) 中国・広州における解撤ヤードの実地調査
 新会双水折船綱鉄公司と江門市中新折船鋼鉄有限公司に訪問した。両ヤードとも、広州市より車で2時間強の銀洲湖に面した所に位置する(海沿いでない)。
 新会双水折船鋼鉄公司には訪問時、解体船が入っておらず、市中の屑鉄のリサイクルなどを行っていた。電炉を有し、解体で発生する鉄を自社内でリサイクルし、再商品化できる。環境対策は、非常に関心が高いようで、工場内は緑地化が進んでおり、汚水処理システムが備えてある。有害物質の取り扱いにも、専門チーム、設備、処理系統が整っているようである。
 中新折船鋼鉄有限公司は、内航船を主とおり、訪問時、4隻の船舶を解体していた。電炉は有しておらず、発生した鉄は他の電炉会社に売却しているとのこと。環境対策の設備も整っているようで、汚水処理システムが紹介された。
 中国の解撤ヤードは、アフロート(岸壁)方式で、接岸状態からクレーンを使ってブロックごと解体していく。工場は大規模で、設備・体制が整っている。環境対策に非常に力を入れており、欧州船主や政府からの評価も高いようで、今後も環境対策への特化を重視していくようである。しかし、中国国内では、2006年に廃船に係わる増値税の優遇率還付率が17%→8%とダウンしており、今後これが中国の解撤業界にどのような影響を及ぼすかは注視する必要がある。
調査内容(2) バングラデシュ・チッタゴンにおける解撤ヤードの実地調査
 バングラデシュの解撤ヤードは、チッタゴン近郊のバティアリ地区周辺に集中している。バティアリ地区へはチッタゴン市街地から車で約1時間。周辺は、解撤ヤード、リサイクル工場、中古業が寄り集まっており、一大船舶リサイクル・タウンの様相である。
 バングラデシュでは、ビーチング方式による解撤を行っている。ベンガル湾沿い約12kmに約35社の解撤ヤードが横並びしている。今回は、川崎汽船殿の現地法人より紹介してもらった解撤ヤードを訪問した。訪問時は3隻の大型船を解体していた。ヤードに備わっている大型設備は、船やブロックを陸の方へ引き寄せるウインチくらいでクレーンは無い。切断したブロックをクレーンで吊るのではなく、そのまま自由落下させるのである。また、浜の作業場は整地されておらず、天然そのままである。労働者も日雇い的な者が多く、普段着のまま、ヘルメットや靴、安全具は着用していない。鋼板を人が束になって持ち上げ、運び出す様子は圧巻であった。屋内施設・工場はなく、強烈な日射の下で作業を行う。ここでは、重機の代わりを大勢の人の労働力で担っている。また、隣の船台にて、解体した鋼板をそのまま再利用して、新造船(内航船)を建造していた。
 バングラデシュの社会では、船に限らずあらゆるものが、徹底的にリサイクルされている。日本では、ゴミとしか扱われないようなものが、向こうでは立派な商品、生活のための重要な資源なのである。
調査内容(3) トルコ・イズミールにおける解撤ヤードの実地調査
 トルコの解撤ヤードは、イズミール近郊のアリアガ地区に集中している。アリアガヘはイズミールからバスで約2時間。解撤ヤード郡周辺は工場地帯のような感じで、一般の生活圏から離れている。エーゲ海沿いに解撤ヤードが横並びしており(約2kmに15社程度)、周辺にはリサイクル業が軒を連ねる。解体方式はビーチング式のようで、浜に乗り上げさせた船舶をクレーンを使ってブロックごとに解体し、そめ後陸上で細分している。
 トルコの調査では、当初依頼していた解撤ヤードから直前になって訪問キャンセルの連絡を受け、現地でも解撤協会まで出向いて直訴したが、結局は対応できないとのことであった。多忙であること、また、環境絡みの観点から外部の者に慎重になっているようである。そのため、ヤード郡の周辺を独自で見て歩いて調査してきた。
調査内容(4) 英国での国際会議IMO MEPC55への出席
 10月9日〜13日に英国で開かれた、IMO MEPC55に出席した。今回のMEPCではシップリサイクルに対する新条約制定についての議論が主要課題として取り扱われた。日本は、ドイツと共同で、船舶搭載の有害物質一覧表(インベントリー)に関する提案文書を提出した。今後は、我が国が主導となって、リサイクル・ヤードに関する規則を検討することとなっている。
 しかし後述する通り、英国でのIMO MEPCでの調査は、体調不順で当初の計画通り実施することができなかった。
 
調査の達成状況に対する自己評価
 解撤ヤードの調査(中国、バングラデシュ)では、現地の担当者に同行してもらい、解撤作業の流れ、周辺のリサイクル状況まで深く調査することができた。また、トルコでは、ヤードの内部までは立ち入ることはできなかったが、周辺まで赴くことで、解撤ヤード、手法、活況具合、関連リサイクル業の様子を調査することができた。現地の様子は、写真やビデオに収めており、特にバングラデシュやトルコのような日本国内では情報稀有なものに有用な情報を得たものと考えている。今回の実地調査を、旅行行程、相手とのコンタクト、現地のレポート、写真まで含めて纏めて記録し、今後国内での有益な情報源として、広く提供できればと考えている。
 英国IMO MEPCに出席し、国際規制がどのような議論・体制の基に成立していくのかを自身で確認することができ、非常に良い機会であった。今後の課題として、現場を見てきた観点から、シップ・リサイクルに関する新しい提案や国際議論の場に内在する問題点を見出すことができるよう努めていきたい。
その他調査に関連した特記事項
 今回の調査期間中、デング熱という感染症に罹ってしまった(帰国後の検査で判明)。南国特有の蚊が媒体する感染症で、広州、バンコク(トランジットのため滞在)、バングラデシュ滞在中に感染したものと考えられる。感染から発症まで1週間ほどの時差があるため、ロンドン滞在から帰国まで高熱、関節・筋肉痛、発疹に苦しんだ。このため、IMOへの調査に影響が出てしまった。帰国後に成田の検疫所でデング熱と判明。その後、専門医療機関に5日間入院した。
 デング熱に関しては予防接種はないが、途上国など感染症が報告されている国に行く場合は、事前の準備と心掛けが大切である。環境の異なる外国人は、現地人よりも現地の感染症に罹りやすいそうである。
後続の申請者・派遣者へのアドバイス
・事前に訪問ヤードには、アンケートを送付し返答依頼をしていたが、事前に回答を準備している所は無かった。また、トルコの解撤ヤードからは、日本出発後になって訪問拒否の連絡を受けた。事前の準備はもちろん大切だが、考え方も環境も違う外国ではうまくいかないことが往々である。臨機応変、柔軟な対応と考え方が必要である。
・健康管理は重要である。
派遣事業に対する意見・要望等:
・海外調査は、当初の計画通りに行かないことがあるため、柔軟な対応が必要だと考える。
 
推薦委員会の評価
推薦委員会 JSQS精度標準研究委員会 委員長 篠田岳思
・派遣者本人の努力により、短期間に、世界の代表的な船舶の解撤ヤードを、解撤作業の流れから、解撤後のリサイクル、さらにはIMOのMEPCでの規制動向に至るまで概要をつぶさに調査され、有益な情報の取得ができたと考え、途中のトラブルにも拘わらず、良くミッションを達成できたと考える。
・派遣者本人も言及していることであるが、評価者の経験からも、インタービューの方法については、事前に先方にアンケート内容を渡し回答を依頼することは、国内と異なり海外では難しいと考える。これには文章では伝達の難しい異文化のもつ価値の相違があり、インタビューの趣旨や内容の伝え方の工夫と、現地での調査時間が必要であり、今回の時間の範囲では限界があったものと推察される。派遣者の仕事の事情もあるが、今後はトラブルを含めた調査時間の余裕について検討を必要とするものと考える。
・全体として、良く目的のミッションの達成に努力されたと考える。
国際学術協力部会の評価
 解撤とリサイクイル問題は、一般的な環境規制と海事機関による規制との間で整合性をとりつつ合意を進める必要がある一方で、先進国では無い主要解撤国の事情にも配慮が必要なため、提案を含む調整には幅広いバランス感覚が求められる。今回の派遣では、解撤国(解撤ヤード)及び規制団体(IMO MEPC: 国際海事機関海洋環境保護委員会)の双方を訪問しており、短期間で大変であったとは思うが、非常に有益であったと考えられる。特に、解撤国の状況が二分される点は重要な情報で、日本が主導して規制化を図る上で関係先への周知が望ましいと考えられる。なお、トルコの解撤ヤード見学が出発後に不可となった点は、海外派遣に際しての潜在的な共通問題と考えられる。今後は、訪問直前のみならず、定期的に訪問予定先にコンタクトし、齟齬が無いかのチェックを継続する事を派遣予定者に注意喚起する必要を感じる。また、健康管理の点は、大事に至らず(派遣した学会としても)良かったが、要注意国訪問にあたっての警告として、同じく派遣予定者に(内々)注意喚起する必要を感じる(学会誌での公開報告では触れられていない)。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION