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オーストラリアにおける石油・天然ガスの研究開発動向
前田 克弥
海上技術安全研究所
1. はじめに
 日本船舶海洋工学会「若手研究者・技術者活性化事業に関わる海外派遣制度」により2006年12月11日から21日までの期間,オーストラリアにおける石油・天然ガスの研究開発動向について調査を実施したので,以下に報告する。
 
写真 活発な資源開発を背景に著しい発展を見せているパース
 
2. 研究体制など
 まずオーストラリアの大学における研究体制などについてまとめておく。
 「研究費をどうするか」は万国共通の大きな課題であるようだ。各大学にある程度の予算は配算されているが,教員の人件費や大学そのものの維持費が大部分を占めている。そのため大学での研究は企業からの受託研究や共同研究がメインとなっている。対象となる企業は大企業のみならず地元の中小企業とも連携している。
 その次に研究費の割合を占めているのが軍事(海軍)関連の研究である。表題の資源関連の話ではないが,この国における高速艇の研究が盛んな一要因であると思われる。最後が日本の科研費に相当するAustralian Research Consil等の予算である。こちらは日本と同様に海洋工学分野ではなかなか通らないようで実際に予算を獲得するまでに3年程トライしてようやく獲得できているようである。
 次に体制であるが,各大学単体でプロジェクトを行うよりもWestern Australian Energy Research Alliance (WAERA)という枠組や,大学間や企業と連携して遂行している。一大学のみでは規模が小さいことや,実験施設の問題もあり,このような体制を取っているようである。
 
3. 研究開発動向
 先に記したように大学間や企業との連携で研究開発を行っているために研究開発動向もここにまとめて記述させていただく。
 メイントピックスはパイプライン。水深に依存するが,オーストラリア北東部から得られる原油,ガスのほとんどはパイプラインで直接,北部のダーウィンなどに移送される。腐食や敷設・メンテナンスの方法の他に,陸上に近い場所では波強制力が大きな問題となるために,この点がパイプラインの大きな研究テーマになっている。
 一方,設計・製造・敷設管理を一元的に行っているわけではなく,別々の企業が役割分担し行っている。そのため製造する企業では腐食や圧力損失,プラグ発生などの問題について全く認識していないことも見受けられる。
 また,水深が大きい場合ではFPSOやSPARブイなどの洋上施設からシャトルタンカーでの移送となる。これらの浮体についても検討は行われているが,自前で解析ツールを作っている訳ではなく,市販ソフトを利用して検討を行っている。
 浮体設計を行う上での海気象の再現期間の取り扱いについては一般的は100年再現を使っている。ただし,風・波・潮流の方向に関しては確率論的に考えるために全てが同一方向という状況を常に適用するわけではない,という思想は興味深い。
 全般的に「オーストラリア独自」で研究開発を行っているケースは希で,ヨーロッパや米国・カナダなどの企業・大学と連携して行っている。
 大学においては「SPH(粒子法)」使った計算への取り組みが盛んである。確かに便利で応用の利く手法であるが「取り憑かれた」ように,何にでも適用しているような印象を受けた。
 
3. 各訪問先
 以下,各訪問先について紹介するが,石油・天然ガスの研究動向以外についても記述している。
 
3.1 University of Westem Australia
 西オーストラリア大学は1995年に石油・ガス工学科ができ,現在盛んな研究が行われている大学の1つである。主な研究テーマはFPSO,Deep Sea Sparの石油・天然ガス資源関連とAirクッションを用いた洋上浮体の動揺低減である。また,海底掘削オペレーションに関する研究をWoodside社からの予算で行っている。海外とはカナダのIOTやアメリカのシェブロンとFPSO関連の共同研究を行っている。受託試験等では公表できない成果が多く,学生の卒業論文などではこれらの研究成果のうち公表できる部分でまとめているようで,この点に苦心しているようである。前述の粒子法はFPSOへの海水打ち込みやスパー型浮体のWave Run upの解析に用いている。
 
3.2 Curtin University of Technology
 主な研究テーマ:音響,流体力学,海底工学
 特に,音響分野に力を入れて研究を行っており,音響伝搬に関する基礎研究をべースにして海軍用にソナーやイルカなどの生態系が用いている音響を再現する研究や,ソナーを使用した航行時の応答や喫水変化などの計測方法に関する研究を行っている。
 ROVの研究も盛んで,CCDカメラ2台の構成によるコンパクトな計測装置の開発の他,オペレーターのサポートの研究が進められている。これはROVからの各種データを処理し,オペレーターの意志決定負担を軽減のための情報を与えるためのものであるが,海軍からの研究であるために具体的な情報を得ることができなかった。また,ROVのキャビテーションの解析に粒子法を用いており,良い結果が得られつつある印象を受けた。
 
3.3 INTEC Engineering Ply.Lld.
 訪問したパース事業所の人数は2年前ほどまで,小人数であったが現在は約60名に増えており,オーストラリア資源業界の活発さを物語っている。主な事業内容はパイプライン敷設やFPSOなどの浮体施設のコンサルティングである。部署は大きく分けると洋上と海中の構成であるが,プロジェクト毎に時限的なチームを作り対応に当たっている。人数の少なさもあり,フレキシブルに対応している印象を受けた。
 
3.4 AMOG Consulting
 FPSOやSPARなどの浮体構造物やそれらの係留,パイプライン,ライザーや高速艇に関する研究開発など多岐に渡っている。予算の40%は海軍の事業で50%が海洋開発や環境問題に関するものである。
 ライザーやパイプラインのVIVに関する研究はシェブロンとともにDEERSTAR R&Dの一環として行っている。腐食問題についてはARCの補助金でニューカッスル大学(豪)と共同研究を行っている。
 
4. おわりに
 今回の訪問において,新たなコネクションを築くことができたことは,今後の研究遂行にあたり,非常に有益なものになると確信している。オーストラリアにおける研究内容や成果などについては日本と大きな差は無い印象を受けたが,研究成果が開発にかなり直結しているためか非常にモチベーションが高い印象を受けた。しかしながら,実験施設などの面から研究内容の制限があり,「日本で模型試験を行ってみたい」という要望は多かった。具体的な案件の取り決めには至らなかったが,今回の訪問を足がかりに日本とオーストラリアとの間で石油・ガス開発の研究協力関係を築くことができれば幸いである。
 最後に,このような貴重な機会を与えて頂いた日本財団ならびに日本船舶海洋工学会の関係者各位にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
 
技術者海外派遣報告および評価
派遣者氏名 前田 克弥
派遣者所属 海上技術安全研究所
調査テーマ オーストラリアにおける石油・天然ガスの研究・開発動向について調査
訪問国 オーストラリア
派遣期間 2006年12月11日〜21日
紹介者
1. Xia Jinzhu INTEC Engineering Pty.Ltd
訪問先面談者 所属
a Krish Thiagarajan University of Western Australia
b Kim Klaka Curtin University of Technology
c Nigel J. Davies INTEC Engineering Pty.Ltd
d Adam Brumley AMOG Consulting
調査内容(1) University of Western Australiaにおける研究動向
 University of Western Australiaは1995年に石油・ガス工学科ができ、現在盛んな研究が行われている大学の1つである。主な研究テーマはFPSO、Deep Sea Sparの石油・天然ガス資源関連とAirクッションを用いた洋上浮体の動揺低減などである。また、海底掘削オペレーションに関する研究をWoodside社からの予算で行っている。海外とはカナダのIOTやアメリカのシェブロンとFPSO関連の共同研究を行っている。
 受託試験等では公表できない成果が多く、学生の卒業論文に困るのではないかと聞いてみたが、これらの研究成果のうち公表できる部分でまとめているようである。数値計算手法として粒子法を盛んに使用しており、FPSOへの海水打ち込みやスパー型浮体のWave Run upの解析に用いている。
 実験施設などが小規模なために日本で実験を行ってみたいとのことで、今後可能性を探ることとなった。
調査内容(2) Curtin University of Technoloyにおける研究動向
 Curtin University of Technologyでは音響、流体力学、海底工学の分野のうち、特に、音響分野に力を入れて研究を行っており、音響伝搬に関する基礎研究をベースにして海軍用にソナーやイルカなどの生態系が用いている音響を再現する研究や、ソナーを使用した航行時の応答や喫水変化などを音響を用いて計測する方法に関する研究を行っている。
 ROVの研究も盛んで、CCDカメラ2台の構成によるコンパクトな計測装置の開発の他、オペレーターのサポートの研究が進められている。これはROVからの各種データを処理し、オペレーターの意志決定負担を軽減のための情報を与えるためのものであるが、海軍からの研究であるために具体的な情報を得ることができなかった。また、ROVのキャビテーションの解析に粒子法を用いており、良い結果が得られつつある印象を受けた。
調査内容(3) INTEC Engineering Pty.Ltd.における開発動向
 訪問したパース事業所は数年前までは小人数であったが現在は約60名に増えており、オーストラリア資源業界の活発さを物語っている。主な事業内容はパイプライン敷設やFPSOなどの浮体施設のコンサルティングである。部署は洋上と海中の2部門の構成であるが、プロジェクト毎に時限的なチームを作り対応に当たっている。人数の少なさもあり、フレキシブルに対応している印象を受けた。
 現在FPSOの設計を行っているということで、浮体設計を行う上で海気象の再現期間などをどう取り扱っているのか聞いたところ、一般的には100年再現を使っている。ただし、風・波・潮流の方向に関しては確率論的に考えるために全てが同一方向という状況を常に適用するわけではない、という思想である。また、パイプラインの問題点としては天然ガスの場合では閉塞プラグを発生させないような構造および浅海域での波浪外力に対する耐力を十分評価して設計を行っているとのことである。
調査内容(4) AMOG Consultingにおける開発動向
 FPSOやSPARなどの浮体構造物やそれらの係留、パイプライン、ライザーや高速艇に関する研究開発など多岐に渡っている。予算の40%は海軍の事業で50%が海洋開発や環境問題に関するものである。
 ライザーやパイプラインのVIVに関する研究はシェブロンとともにDEERSTAR R&Dの一環として行っている。腐食問題についてはARCの補助金でニューカッスル大学(豪)と共同研究を行っている。
 
調査の達成状況に対する自己評価
 本派遣時に実際に稼働している洋上浮体を訪問し、現場を視察することが目標であったが、許可を取り付けることができなかったことは非常に残念であった。大学訪問については有意義な情報を得ることができたと考えている。一方、特にAMOG Consultantについては資源開発のみならず軍事に直結する研究・開発が多く情報を引き出すことが非常に困難であった。
 全体を通しては今回の訪問により新たなコネクションが得られたことや今後、共同研究などを行う可能性を見いだせたことは有意義であったと考えている。
その他調査に関連した特記事項
 訪豪前はCharles Darwin Universityを訪問する予定であったが、訪問予定先からキャンセルの連絡が入り急遽、新たな訪問先を探すこととなった。AMOG Consultantはそのような状況下でアポイントメントを取ったが、あまり時間が取れないということからランチ時に情報交換をすることとなった。
後続の申請者・派遣者へのアドバイス
 上述のように急遽キャンセルになることも少なからず生じることから、当初の訪問先以外の訪問先もリストアップしておくとあわてずに済む。また、アポイントメントがとりにくかった要因としては時期が悪く、多くがクリスマス休暇に入っていたこともあるため、この点も留意した方がよい。
派遣事業に対する意見・要望等
 特段の要望は無いが、可能であれば本派遣事業のパンフレット的なものがあるとありがたい。コンタクトパーソン以外の訪問先はすべて面識が無かったために「日本から売り込みに来た」と思われていたようで毎回、事業内容の説明から始めなければならなかったので。
 
推薦委員会の評価
推薦委員会:海中技術研究委員会
 今回の派遣において、洋上浮体を訪問できなかったことは非常に残念であったが、相手があることから致し方がなかったものと考えている。
 大学訪問において得られた情報は興味深いものであり、オーストラリアでは軍事産業となっているが日本においては海洋探査や海上保安庁の探査船などに適応可能な技術である。
 FPSOやDrilling systemなどのコアな技術については提携を結んでいないことから、飛び込みの訪問で情報を得ることは困難なものであると予想していたが、今回の訪問によって築いたコネクションを用いて今後関係を築き上げ、より有益な情報を得ることができると考えられる。
 各訪問先での情報を総合すると、現在オーストラリアにおける研究・開発動向が見えてくることや新しいコネクションを築き上げたことなど、当委員会として本派遣は有益なものであったと評価する。
国際学術協力部会の評価
 今回の派遣では2箇所の大学と2箇所のコンサルタント会社を訪問して各種の調査をおこなっており、基礎的研究や設計に関連する各種情報の調査は十分おこなえたと評価できる。一方、洋上浮体の現場訪問は実際のオペレーション上の問題などを知る上で重要であったが、今回の訪問では実現できなかったことが残念である。
 大学の訪問では、掘削のオペレーションに関する研究やソナーの実際的応用あるいは海軍からの依頼研究など日本の大学ではなかなか行えない研究について知る機会を得たことが大変有益である。また、コンサルタント会社の訪問では海洋構造物の設計や建造・設置など実務に関連する技術に関する情報を得たことが今後の学会における研究活動促進への寄与度が大きいと評価できる。
 オーストラリアでは近年海洋の資源やエネルギー開発が活発に行われ、それに伴う技術開発も行われてる。我が国も、これらの技術の情報を適宜収集するとともに、それらの技術開発のコアとなっている研究者とのコネクションを構築することが非常に重要である。このような観点から、今回の派遣はその起点となるべきもので、今後の強固なネットワーク構築への貢献度は大きいと評価できる。


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