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川上陽介の提案
 
 川上――私の会社は、コンピュータを画材にしてマンガを描くソフトウェアの開発をしています。10年ぐらい前までは、3DCGのプログラミングだとか映像制作をやっていました。3Dのソフトウェアに関しては、アメリカを中心にして非常にいいソフトがどんどんできていて、ソフトを買えば誰でもCGが作れる環境になってきました。
 ちょうど10年ぐらい前に、アニメ業界をデジタル化しようというコンセプトを掲げまして、「レタス」というソフトを作りました。今テレビで流れているアニメ番組は、ほぼ100%コンピュータを使って作られていますが、日本ではほぼ100%我々が開発したソフトウェアをご利用いただいています。
 アニメのデジタル化をやっていく中で、次はぜひマンガのデジタル化に取り組みたいと思って、1999年からソフトウェアの開発を始め、去年の8月にやっとver.1がリリースできました。まず簡単に、どんなソフトウェアかご説明したいと思います。竹内さん、デモンストレーションを。
 
【デモンストレーション開始】
 
 竹内――はい。それでは、マンガ制作ソフト「コミックスタジオ」について簡単にご説明していきたいと思います。コミックスタジオは、従来紙の上で行われていたマンガ制作の作業を、すべてパソコンの上で作業することを可能にしたソフトウェアです。
 画面に映っている作品は、コミックスタジオで、下書きからペン入れ、スクリーントーンを貼って仕上げまで、すべてタブレットを使ってパソコンの中で作業をして作成されています。コミックスタジオの一番の大きな特徴は、紙に描いているような、なめらかなペンタッチです。従来、タブレットを使ってペン入れの作業を行おうとしますと、どうしてもタブレット自体が微妙なデータの誤差を持っているので、自分ではまっすぐな線を引いているつもりでもフニャフニャとした線になってしまって、きれいな線を引くのはとても難しかったのですが、コミックスタジオには補正機能といって、手の震えや微妙なデータの誤差を自動的に修正する機能が搭載されております。ですから、タブレットを使って、どなたでもきれいなラインを引くことができます。
 
 川上――ちょっと補足しますと、タブレットというのはコンピュータに入ってくるデータの精度が悪いんです。カーソルをタブレット上で動かさないでいても、画面上ではカーソルがブルブル震えるぐらいの精度です。マンガを描く場合には、1,200dpiとか600dpiという非常に高い解像度で、印刷をしたときにきれいな線が引けないといけないので、リアルタイムでデータを数式に変換して、それをもう一度ビットマップに展開し直すという処理をしております。
 
 竹内――また、線の最初と終わりが細い、入り抜きのタッチのある線は、タブレット上で力加減を調節して引くのは難しいのですが、コミックスタジオでは、入り抜きのチェックをオンにしていただくだけで、自動的に線の最初と終わりを細くしてくれる機能も搭載されておりますので、タブレットに慣れていない方でも、買ったその日から入り抜きのあるタッチのある線を引くことができます。
 引いた線は、1本1本がそれぞれデータを持っていますので、例えば、後で上から撫ぜるだけで1本だけ線を太らせたり、細らせたり、つまむだけで線を曲げたりというような、線のタッチづけや加工が何度でも行えるようになっております。
 こうしてペン入れの作業が終わりましたら、通常スクリーントーンを貼りつけます。紙の上ですと、シール状になっているスクリーントーンを切り取って、絵の上に貼りつけてこするという作業を行います。コミックスタジオでは、貼りたい範囲を囲んで、その中にスクリーントーンをドラッグ&ドロップしていただくだけで、簡単に貼りつけることができるようになっています。
 紙原稿の場合、スクリーントーンを貼ってしまってから自分のイメージと違ったときには、はがしてもう一度貼り直す必要がありますが、コミックスタジオでは、自分のイメージに合うまで何度でもシミュレーションを行って、線数を変更したり、濃度を変更したり、スクリーントーンの種類を変更したりできます。
 スクリーントーンのはみ出たところは消しゴムツールで消すことができます。紙では砂消しゴムを使ってぼかす効果も、エアブラシツールで簡単にきれいにぼかしをつけられます。スクリーントーンを削っていて、ちょっと調子に乗りすぎて削りすぎてしまったり、間違って切ってしまったりというときも、簡単に貼り直しや補修の作業を行うことができます。
 従来のグラフィックソフトを使って、スクリーントーンのような網点のデータを作成しますと、表示倍率を変えたり、プリントアウトをする際に、何もしていないのにスクリーントーンがモアレてしまう悩みがありましたが、コミックスタジオはベクトルでデータを持っていますので、自動的にモアレないデータに変換し直して表示やプリントアウトを行います。世界で初めての、決してモアレないスクリーントーンとなっております。
 簡単に、このスクリーントーンがモアレないというのがどういうことなのかというのをご説明します。フォトショップなどでスクリーントーンのような網点と線のデータを作成します。印刷原稿用に300dpiの解像度でデータを持っているとして、これをウェブにアップしたいので72dpiの解像度に変えると、どうしてもモアレてしまったり、線がガタガタになってしまったりします。一度解像度を決めて作ってしまうと、ほかのところで流用しようとしても、きれいなクオリティのデータを持つことができなかったのです。コミックスタジオでは、一度データを作ると、印刷原稿でもウェブ用でも後から簡単に解像度を変えて対応することができます。
 コミックスタジオには、ほかにもマンガを描く上で便利な機能がいろいろと搭載されております。例えば、集中線のような効果線も簡単に作成することができますし、放射線モードを選ぶだけで、どこから線を引いても自動的に一点に向かって線が引け機能も搭載されております。今まで時間のかかっていた集中線や効果線なども、簡単にきれいに作成できるのです。
 これらの機能を使ってマンガ作品を簡単に作成できます。作成したデータは、フォトショップ形式、ビットマップ、JPEG等の形式に描き出すことができますので、ほかのグラフィックソフトを使って加工することもできます。
 コミックスタジオの操作の流れは以上です。
 
 川上――コミックスタジオは、タッチのある線をタブレットとコンピュータで描けるようにすること、データの二次利用、三次利用を可能にすること、その2点を中心にツールとして組み上げたのですが、コンピュータならではのプラスアルファの機能として、表現の幅を広げる意味で3Dをマンガに簡単に取り込める機能を実装した例がありますので、それもご覧いただきます。
 
 竹内――コミックスタジオシリーズの上位版、「コミックスタジオEX」には、3D・LD・レンダリング機能が搭載されております。これは、3Dのオブジェクトデータを読み込んで、自動的に線とスクリーントーンのデータに変換する機能です。
 コミックスタジオEXには、サンプルデータとして、アパートやビル街、学校や住宅街等の基本的なデータが収録されておりますので、3Dの知識のない方でも簡単にこれらのデータから3D・LD・レンダリング機能をご利用いただけます。ご自分で作成した3Dデータを読み込むこともできます。
 読み込んだ3Dのデータは、自由に角度をつけたり、シーンにあわせて設定を変えることができます。このときに光源の位置を指定することによって、影部分に自動的にスクリーントーンを貼ることもできます。
 マンガでは、影の濃い部分、薄い部分、それぞれスクリーントーンを重ねて貼りつけていくのですが、最大4段階まで段階をつけて影を貼りつけることができるようになっています。
 3D・LD・レンダリング機能では、背景や建物のデータだけではなくて、稼動部分のあるオブジェクトデータの読み込みも可能になりました。乗用車などのアイテムのデータを読み込み、例えばドアを開けたりなどパーツごとの設定をして使っていただくことができます。
 以上がコミックスタジオの簡単なご説明になります。
 
 川上――すごい駆け足だったのですが、基本的にコンピュータを画材として使いながらマンガが描けるようにした、マンガに特化したグラフィックツールとしては世界で初めてです。従来マンガの制作、画像の制作にはフォトショップのような、ビットマップの画像を扱うソフトが非常によく使われていました。このソフトウェアとフォトショップとの一番の違いは、解像度を固定したビットマップのデータではない状態でマンガの原稿をつくれるところです。
 今後、1ソース、マルチユースできるような環境にしていきたいと考えています。
 
 谷川――ありがとうございました。
 
 参加者2――セリフはどう扱っているのですか。
 
 川上――セリフのレイヤーを開けると、文字が絵に落ちていますが、その裏ではテキストデータとして持っています。自分でフォント、行間・字間等を変えて打ち込むことができますし、ルビも打てます。テキストのデータとして持っていますから、そのデータを外国語に打ち直せば各国語版も簡単に作れるところが、コンピュータでやるメリットだと思います。
 書き文字は完全に絵ですから、レイヤーを別にしておきますと、書き文字のレイヤーだけを抜き差しすることで、やはり簡単に外国語版が作れるわけです。
 
 谷川――マンガ家のお2人は、このソフトウェアについてどう思いますか。
 
 日野――一つ質問いいですか。紙で下書きしたものを、スキャナで読み込んでレイヤーをかぶせていくことはできるのですか。
 
 川上――はい。できます。
 
 日野――すごい。
 
 谷川――では、ゼロからやる場合もできるんですね。
 
 川上――今日は説明を端折りましたが、ネームを書くところからやれるようにはしています。コンピュータ上で下書きから始めてしまうこともできるわけです。
 
 モンキー――下書きでは、鉛筆でやる場合、結構消すのが大変なんですよ。だからこういうのがあると、消しゴムも使わなくて済むしね。まず、スタジオの中がものすごくきれいになるというか。インクの汚れがまったくなくなる気がします。
 
 日野――線の補正機能がいい。これから年がいって、手がブルブル震えて線がうまく描けないような場合でも、修正してくれるのはすごいと思います。
 
 谷川――実際にこのソフトはどのぐらい使われているのでしょう。
 
 川上――去年の8月から累計の出荷本数は、公称で3万本、本当は2万本です。一番使っていただいているのはハイアマチュアの方で、特にコミケなどで活動されている方が多いです。偉い先生方はマッキントッシュを使われている比率が高いのですが、マック版はやっと入門版が出たところです。来年はマック版をきちんとした形でリリースいたします。
 プロの先生にも、実は密かに使っているという方は何人かいらっしゃいました。ただ、毎週毎週作品を上げていかなければいけないという、非常に忙しい仕事をされている先生は、コンピュータに乗り換えるのはなかなかハードルが高いようです。
 まずは、主線だけ描いたものを、仕上げの工程でアシスタントの方がデジタルでやれるようにしたいと思っているのですが。いろいろな先生に伺うと、まだ機能的に手作業でやったほうが早い部分とか、これができないなら使えないというようなところとかがあるものですから、バージョンを重ねていく中で改良していきたいと思っています。
 
 モンキー――まだ色は使えないんですね。
 
 川上――はい。フォトショップに描き出せる機能を追加しましたので、レイヤー単位でバラバラにしてフォトショップで彩色することができます。
 
 谷川――いいことづくめのように見えるのですが、マンガ家の絵の個性というか、この線がいいなというようなところが、画一化していくことはないでしょうか。微妙な線の違いなども、読者としては捨てがたいものがあるのだけれど。
 
 日野――それもありますが、いつの時代もその時代の主流の絵柄みたいなものが決まっているじゃないですか。今だったらアニメ調の線とか。僕が見てもわからないぐらい、同じような絵がたくさんあるんです。
 そういう意味で言えば、これは道具ですから、どう使うかが問題であって、同じ道具を使ったからといって同じ絵にはなりませんよね。マックを使ったら皆同じになっちゃうと言っていた人もいましたけれど、それは違うんですよ。使い方だと思うんですね。
 
 モンキー――別にデジタルだけに固執する必要もないし。今日はどうしてもデジタルでやりたくないというときは、ペンで描けばいい。だからあまり限定しないほうがいいなという気はしますね。
 
 日野――そうですよね。例えば、昔でも色を塗るのに、やはりエアブラシでやりたいときと併用するときがありましたね。筆では出せないものがエアブラシなんですよ。で、エアブラシで出ないものは筆だと思う。コンピュータもそうなんですよね。だから、これでなければできないことをやってもらえばいいんで、それ以外のことは自分でやればいいのです。その組み合わせの仕方だと思うんですよね。このソフトにしても、どういう使い方をするかによって、全然作品の世界が変わると思います。
 
 川上――これは3D機能が入っている一番高いもので、7万4,800円です。マック版は1万1,500円で出しました。マック版は、3D機能と、こすったら線が太くなるとか、線をつまんで動かせるという、データをベクトルのままで保持する機能だけ入っていないんですが、それ以外は一緒です。
 
 モンキー――僕は、何とか楽したいという気持ちがあってパソコンを入れたのですが、今のままではペンで描くより時間がかかることは確かです。こういうソフトがあれば、ちょっと速くなるかなという感じはするのですが。
 例えば、先ほどお見せした絵なんかは、僕の場合、ポスターカラーでやったほうが速いです。僕はコンピュータを使って描くのが好きだからやっているだけで、時間がなかったらポスターカラーで描いているでしょうね。


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