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講義10 自立への道筋〜地域における支援モデルと課題
1. 「ハーティ仙台」活動のきっかけ
 弁護士として、1990年ごろから、「離婚ホットライン」と「外国人ホットライン」の立ち上げにかかわりました。98年には、仙台市の男女共同参画室から「男女間の暴力」についての調査を推進することとなった際に調査の依頼を受け、その報告書をまとめています。
 そうした事業を通じて、仙台市や県の行政とのパイプができつつあったとき、助産師をしているメンバーの働きかけで、シェルターとなる場所を提供してくれる、という人が現れたのです。それがきっかけとなり、「ハーティ仙台」というシェルター活動が始動しました。そして、仙台市からも補助金がでることになり、財政基盤が整いました。
 会の特徴は、専従スタッフがいないこと。メンバー全員が仕事を持っています。だから、「私はこのくらいしかできませんよ」という中で、できることを分担しながら活動しています。代表も専従ではありません。さまざまな立場の人が、シェルターへの受け入れや相談、付き添いや子どもの世話などをしています。
2. 「しんこきゅうタイム」〜自助グループの果たす役割
 シェルター活動のほかにもう1つ、ハーティ仙台の活動の柱となっているのが、「しんこきゅうタイム」と名づけた被害当事者たちの集まりです。
 弁護士やホットラインの相談を受けて、できること、やるべきことは分かっても、当事者にしてみれば、どうしようか迷っているときが一番辛いわけです。「こんな暴力を受けているのは私だけなのかしら」「離婚をしたら子どもはどうなるの」「生活は成り立っていくのだろうか」など、頭の中は混乱してしまっているわけです。そうした、悩んでいる、迷っている人が参加できるのが「しんこきゅうタイム」です。
 DVの被害は、友人だからといってなかなか相談できるわけではありません。「しんこきゅうタイム」は、力ウンセラーに一方的に話を聞いてもらう、というのとも違います。そこで話をしてもよいし、ただ黙って他の人の話を聞いて帰ってくるだけでもよいのです。ただ、「その場で聞いたことは外で言ってはいけない」というルールを設けています。誰かが1人だけ話を独占してその場が混乱しないよう、スタッフが1、2人ついて、話を整理し、必要に応じて弁護士を紹介したり、精神科医や力ウンセラーにつないだり、市役所や県の女性相談に紹介したりする役目を果たしています。
 「しんこきゅうタイム」の何より大切な機能は、「元気をもらう」ということ。私もこんな風に悩んでいる、調停はこうなっている、弁護士にこんなことを言われた、離婚してこういう風に相談している、といった具合に、身近な人からどう支援を得ているのか、どういうプロセスをたどるのか、同じ立場にある人から話を聞くのが一番ピンとくるわけです。
 半年、1年、2年、3年と足を運ぶ年月はさまざま。離婚に踏み切る人もいれば、夫との関係を見直し、パワーアップして家庭に戻っていく人もいます。悩んでいた人が出口を見つけ、元気になっていく姿を見ることは、ボランティア活動をするスタッフにとっても励みになっています。
3. これからの取り組み〜「人権」を基軸に
 今後の「離婚ホットライン」の活動として考えているのは、「児童に対する性的虐待」という問題に対する取り組みです。男女共同参画局の「男女間における暴力」の調査結果をみると、異性から無理やり性交された経験がある、と答えたのが7.2%。その7.2%に当たる114人に加害者との関係を聞いたところ、配偶者、勤務先、親戚やきょうだい、親と続いていくわけです。驚いたのは、被害にあった時期を聞いたところ、小学校入学前5.3%、小学生8.8%、中学生のとき5.3%、という数値が出たことです。小・中学生で2割。中学卒業から19歳まで(20歳未満)が3割、すなわち、無理やり異性から性交されたことがある人の半数が20歳未満である、という実態が明らかになったのです。その未成年の相手は、親、きょうだい、勤務先、となっています。まったく驚くべき結果です。
 
被害に遭った時期
(異性から無理やり性交された経験のある114人を対象)
総数(114人)
小学校入学前 5.3% 20歳代 36.8%
小学生のとき 8.8% 30歳代 13.2%
中学生のとき 5.3% 40歳代 2.6%
中学卒業から19歳まで 23.7% 50歳以上 0.9%
無回答 3.5%
 
加害者との関係
(加害者と面識があった、と答えた98人を対象)
総数(98人)
配偶者(事実婚や別居中を含む)・元配偶者(事実婚を解消した者を含む) 27.6%
親(養親・継親も含む) 5.1%
きょうだい(義理のきょうだいも含む) 6.1%
上記以外の親戚 7.1%
職場・アルバイトの関係者(上司、同僚、部下、取引先の相手など) 10.2%
通っていた(いる)学校・大学の関係者(教職員、先輩、同級生、クラブ活動の指導者など) 8.2%
地域活動や習い事の関係者(指導者、先輩、仲間など) 1.0%
生活していた(いる)施設の関係者(職員、先輩、仲間など) 2.0%
その他 29.6%
無回答 3.1%
内閣府「男女間における暴力に関する調査」報告書概要より再作成 2006年4月
 
 児童虐待防止法に「人権」という言葉が入ったのは、ついこの前の改正からでした。児童虐待防止法は、「人権」アプローチが弱いのです。高齢者虐待防止法にあっては、さらに弱い。それはなぜでしょうか。児童虐待防止法は、「家族再統合」を目標としています。子どもは家族に戻すのが一番幸せ、という考え方に基づいているのです。確かに、親でないと果たせない部分、というのもあり、施設に入れればよい、という単純な問題ではありません。しかし、虐待の種類、程度、例えば性的虐待ともなれば、父親から離したほうがよい、というのは当然です。
 日本では、家庭内の暴力や虐待について、「DV防止法」や「児童虐待防止法」「高齢者虐待防止法」は成立しましたが、「人権」を基軸とした福祉的アプローチをもっと手厚くしていかないと解決されない問題が多くあります。高齢者虐待が人権侵害であるといえないのが、今の日本社会の現状なのです。児童虐待防止法では、前回の改正で虐待の概念が広げられ、家庭の中の暴力を目撃することも「虐待」であると認められ、「人権」の概念が前文に盛り込まれました。しかし、それでも「家族の再統合」を入れざるを得ないのです。
 虐待が存在するような、壊れてしまった家族に対して、支援が足りないから、という理由で、被害者を家族に戻さなければならない状況は、何とかしていかなければなりません。法律ができたというのは、やっと第一歩を踏み出した、ということです。「人権」と「福祉的アプローチ」双方から、今の制度や仕組みがどうなっているのか、今、自分たちがしていることはどの部分に位置しているのか、認識しながら進めていくことが非常に大切です。


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