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講義8 社会資源を生かした自立支援に向けて
1. 地域の社会資源として
 ドメスティック・バイオレンスや虐待の被害者の回復プログラムを先駆的に行ってきた米国ケンブリッジ大学病院のメアリー・ハーベイ教授が宇都宮市で行った講演では、地域社会の役割の重要性を強調されました。どのような地域社会であるかが暴力被害者の回復に、とても重要であるという指摘でした。
 この世の中の女性や子どもへの暴力は、空から降り注いで人間のからだに害を及ぼす酸性雨のようなもの。人は植物にたとえられる。酸性雨で植物は枯れてしまうが、酸性雨から守る木や植物がそこにあったら生き延びることができるというのです。暴力は社会の中でひんぱんに起こっているが、その害から守るものがシェルターなどの社会資源や人的資源だというのです。
 この社会ではDV、虐待、レイプなどがひん繁に起きます。植物にとっての酸性雨のようになものです。たとえば誰かレイプされたと訴えたときに、彼女がミニスカートで挑発的な動きをしたからだ、と社会の大半の人が考えたら彼女は被害を隠し、被害の傷だけ抱えて生きていくかもしれない。隠さなくては、と考えるのではなく、いち早く、ここの相談所に行ったら一緒にいい方法を考えてくれる、この病院に行ったらいい対応をしてくれる、とサポートしてくれる人や相談機関などの社会資源があれば、被害を受けても早く回復できるというのです。DVやレイプなど女性への暴力に、どのように対応する地域社会であるかによって被害女性の被害からの回復が違う。
 どのような社会資源や人的資源を持った地域社会であるかによって、被害女性の状況は変わる。それはどんなに優秀な1人のセラピストや医師も及ばない力であるというのです。私たち「ウィメンズハウスとちぎ」は暴力被害女性にとってサポートフルな地域社会創りを目指す社会資源であり続けたいと思っています。DVから女性を守るネットワークを作りましょう。
 
講義9 DV防止法をめぐる関係法の動きと司法システム
講師:小島妙子さん 弁護士、ハーティ仙台顧問弁護士
1. DV防止法の成立と「保護命令」制度の意義
 ドメスティック・バイオレンスを法的に見る場合、2つのポイントがあります。1つは2001年に制定された「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(通称DV防止法)の存在。もう1つは、このDV防止法を3年ごとに見直すという規定ができたことです。
 DV防止法が成立した意義は、夫婦間の暴力が、犯罪に当たる人権侵害である、と明確に法に規定されたこと、そして、保護命令制度ができたこと、の2点であると言えます。保護命令により、接近禁止や退去命令に従わない場合、警察が介入し犯罪として扱われ得るようになりました。この事実があるのとないのとでは、非常に大きな違いがあります。
 DV防止法とストーカー規制法を、いずれも警察依存の立法であり問題があると論じる見解もありますが、この2つは、その成立や介入機関に相違があるので、そのような見解は妥当ではないと思います。ストーカー規制法は、1999年、埼玉県桶川市で起きた、ストーカーによる女子大生殺人事件の教訓から、警察主導により2000年に制定されました。一方、DV防止法は、ストーカー規制法のように警察主導の法律ではありません。被害者団体と超党派の議員が積極的に活動を展開し、さらに内閣府の男女共同参画室の努力が相まって成立したもので、保護命令に「裁判所」という司法機関が介入している点は、ストーカー規制法にはない重要なポイントです。
 保護命令の発令については、配偶者暴力相談支援センターや警察署などを通ってきたケースは、ほぼ例外なく出されていますが、診断書がないケースなどについては難しい場合もあるようです。取り下げが納得できない場合は即時抗告し、高等裁判所でもう一度審議してもらうことができます。
 
警察の配偶者暴力防止法に基づく対応状況(2003年〜2005年)
注1: 警察が裁判所から申立人が相談した際の状況等を記載した書面の提出を求められた件数
2: 警察が裁判所からの保護命令を受けた件数
3: 当該規定は、2004年12月2日から施行
警察庁ホームページより掲出
 そもそもの保護命令の始まりは、アメリカの「プロテクション・オーダー(Protection Order)」です。接近禁止は2〜3年、退去命令は1年ぐらいの期間を設け、違反した場合は刑罰を科す、としたのがアメリカです。アメリカには、不法行為を行った場合、罰金刑ではなく、行為そのものを差し止める伝統があり、それが接近禁止や退去命令という形になったのです。
 一方、日本の法的な環境下では、一般の違法行為に対する制裁は、「差し止め」というより、損害賠償である場合が多かったわけです。特に、夫婦間の問題には、「法は家庭に入らず」という雰囲気が続いていたため、このような法的風土の中で、実際の行為を差し止める、という保護命令ができたことは、大変画期的なものでした。
2. 二次改正による法の拡充と今後の方向性
 保護命令に関し、2004年に改正になった点は2つ。退去命令が、当初2週間であったものが、2か月に延長されたこと。もう1点は、接近禁止命令が、同伴する子どもに対しても発令されることです。
 法的には、退去命令は大きな論議を呼びました。つまり、加害者といえども、一定期間退去を命令するというのは、居住権の侵害に当たるのではないか、所有権、貸借権に影響を与えすぎるのではないか、という懸念があったのです。一方、被害者にとっては、退去命令は再度の申し立てをすることができるので、実質4か月間有効となりました。
 接近禁止命令は6か月間有効です。再度の申し立てをする際、以前は、公証人の公正証書が必要だったのですが、2004年の改正により、自分で警察署に行き事情を説明すれば、期間延長ができるようになりました。また、保護する対象が、被害者本人から同伴する子どもにまで広がったことで、母親の保護が、一層明確に打ち出されました。2005年度の保護命令件数の内訳を見ると、子どもも含めた保護命令の件数のほうが多くなっています。
 さらに、保護命令については、以前は、離婚が成立した後は効力を持たなかったのですが、改正により、元配偶者に対しても保護命令の申し立てができるようになりました。
 支援の場面では、保護命令が出た後の方が現実的に困難な場合が多いわけです。県予算の中に、DV被害者支援として公営住宅の手当てを組み込むなど、具体的な動きこそ重要だと思います。
 DV防止法が国会のそ上に上がることで得られた効果の1つは、各省庁が被害者の声に耳を傾け、施策へ向けて取り組みを始めたことです。その一例が、住民票の扱いです。DV被害を受けている、と警察に相談し、住民票のある自治体に依頼すれば、夫やその代理人から住民基本台帳へのアクセスが請求された場合、自治体はそれを拒否できることになったのです。また、健康保険については、2004年12月2日の厚生労働省の通達により、婦人相談センターでDV被害を受けているという証明書をもらえば、夫側から扶養家族離脱の通知をもらわなくとも、最寄りの社会保険庁で健康保険に加入できるようになりました。
 外国人配偶者の支援については、在留資格がどうなっているか、という点が最優先の問題となります。2004年の改正で、被害者の国籍、障がいの有無にかかわらず、DV被害者を保護することがうたわれました。ここに民間団体の果たす役割があるのではないか、と思います。日本国籍を有する子がある場合、特例措置として残留が認められています。ですから、日本に残留したい場合、親権争いは死活問題となります。外国人支援の基本は、さまざまな難しさを率直に知らせること、法律の範囲内で支援すること、にあると言えるでしょう。
 
DV防止法改正のポイント
項目 施行時(2001) 一次改正(2004) 二次改正要望事項(一部)(改正2007)
配偶者からの暴力の定義の拡大 配偶者(事実婚を含む)から身体に対する暴力(生命または身体に危害を及ぼすもの)を防止し被害者を保護する 身体的暴力の他に、精神的、性的暴力を含む メールや電話も含めた、生命、身体に対する脅迫行為
配偶者暴力相談支援センターの設置(各都道府県の女性相談所等) 都道府県が設置する相談所その他の適切な施設において、配偶者暴力相談支援センターとしての機能を果たすようにする 市町村でも適切な施設において、支援センターとしての機能を果たすようにすることができる 配偶者暴力相談支援センターに対する保護命令発令の通知、市町村への支援
保護命令 接近禁止6か月・住居退去2週間の保護命令(保護対象:配偶者及び事実婚の者)
命令違反者は、1年以下の懲役または100万円以下の罰金
(1)元配偶者も保護命令を申し立てることができる(2)子どもも接近禁止命令の対象とする(3)退去命令の期間を2か月とする
(4)退去命令の再度申し立てができるようにする
接近禁止命令の対象を、被害者の親族、関係者に拡大
被害者の自立支援 国及び地方公共団体の責務とする 自立支援のさらなる充実、広域対応
外国人、障がい者の被害者への対応 国籍や障がいの有無にかかわらず人権を尊重すべき 外国人、障がい者、高齢者である被害者の保護
NPO法人 ウィメンズネット「らいず」作成
3. 離婚と親権〜サポートと民間の役割
 法律家の見地からすると、最終的には「離婚」という問題に行き着きます。人事訴訟法が2004年4月1日に新しい法律として誕生して以来、地方裁判所が扱っていた離婚などの問題が、家庭裁判所扱いとなりました。調査官制度を充実させ、年々厳しくなる子どもの親権争いをスムーズに解決させようという試みです。この法律ができて以来、審理過程の期間が短くなリ、裁判の場所が、原告または被告の住所地となりました。子どもがいる場合、調査官は、子どもの現在置かれている状況などを細かく観察します。
 支援の際には、子どもの親権、面接交渉、子どもの引き渡しを求める審判などについて、裁判所の決定基準が明確にはなっていない、ということを被害者に告知しておくことが大切です。「裁判所の審判はどのように出るか分からないけど、それまで一緒に頑張ろう」と勇気づけることが重要なのです。子どもが15歳以上の場合は、子どもの意思を聞かなければなりません。幼児の場合、すなわち3歳から小学1、2年の場合は最も難しく、予測が困難であると言わざるを得ません。裁判所の判断が下されると、車や物を差し押さえるように、子どもを移す強制執行が行われるため、かなり厳しい状況に陥ります。最悪の場合でも、面接権を獲得し、子どもに会い続けていければ、将来、子どもがどのように考えるようになるかまでは誰も分からないので、希望は残るわけです。このような状況を被害者が乗り切るために、民間団体の支援活動は非常に重要な役割を果たしているのです。


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