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女性と子どもの人権を守る
社会資源を生かした自立支援に向けて
認定NPO法人 ウィメンズハウスとちぎ理事長 中村 明美
 
 私たちの「ウィメンズハウスとちぎ」は、地域に密着した活動が大切だと考えて行動してきました。地域の一員として暮らしているという感覚を持ちながら、被害に遭った方がなぜ生きづらいのか、どのように社会の底上げをしたらいいかを考えて個人の援助を続けています。
 
向かい風に立って
 ウィメンズハウスとちぎの10周年の記念誌に、「NO!」とあらがったときから女性たちに逆風が吹く、と言う内容の巻頭文「逆風に立つ」を掲載しました。
 理不尽な社会の仕組みに「NO!」という女性に対しては援助のハードルが高い。そうした女性のためにシェルターをつくったのです。
 シェルター活動をしている人は感じていると思いますが、いいことをしているから、といってすべての人が後押しをしてくれるわけではありません。たとえば、シェルターから、公営住宅に優先的に入居できるように申し入れると、このシステムを作ったら簡単に、女性たちが家を捨てて出て行くのではないか、という不安をあおるのか−、規則をたてに微妙な抵抗がある。見えないところで、「逆風」が吹くのです。
 少子化や離婚率の高まり、母親による子どもの虐待などがマスコミなどで騒がれると、女性たちの地位の向上や自立への流れがこのような社会問題を起こしているのではと、内心、考えている人が少なくありません。シェルターで逃げてくる女性をサポートする人たちの活動にも、表立って言わないけれど、共感できないという人がたくさんいます。そのような人たちが意識的にか、無意識的にか起こしているジェンダーバッシングがあります。
 そういう風が吹いたときにも、恐れず、ひるまず逆風に立ち向かっていかなければならない、という思いを表現しました。
 私たちのシェルターを立ち上げたとき、公表されている民間シェルターは全国で8か所程度でした。現在は全国シェルターネットに加入しているシエルターだけでも60あります。それぞれのシェルターによって運営に特徴があり、続けていくためのそれぞれの理念があります。
 
「生きにくさの共有」の場
 たとえば、アパートを持っていて被害者に無料で入ってもらえば、親切な人が個人的に感謝されるだけです。シェルターは資源です。そこに行けば、人が代わっても同じサポートが受けられる。自分たちの理念に従ってサポートすることがシェルターには必要です。
 私たちはシェルターを危機からの脱出だけではなく、「ひとりの女性たちが抱えてきた生きにくさを他と共有するところである」と、位置付けています。当事者だけでなく、私たちも同じになる可能性がある、また、社会の中で同じ生きにくさを抱えている存在である−が、私たちの基本的な考えです。
 ウィメンズハウスとちぎの組織は、正会員152人、賛助会員293人で、かなり多い数になっています。収支1000万円規模の収入は、会費が13%、カンパや寄付が30%を占め、委託費が22%。会費とカンパなどが大きな屋台骨となり、地域の人々を巻き込んでいます。
 これらを集めるためには、常に発信をしなければならなりません。イベントなど何かやろうと思っている人たちが集まるところには出かけていってPRしなければと思うのですが、シェルターを運営していると、それは、もろ刃のやいばです。収益活動や被害者への情報発信は片方では加害者にねらわれかねない。
 特に宇都宮は狭いところ。東京や神奈川のシェルターでサポートすることの2倍くらいの労力がかかる。たとえば、福祉事務所など所在地を調べるのは簡単だし、相談に訪れたことも夫に知られかねない。シェルターもだれがやっているかもすぐ分かる。DVに強い弁護士や医療機関など人的、社会的資源も都会と地方では圧倒的に違う。被害者の危機にかかわる問題なので、ボランティアといえど危機意識が共有できる意識の高さが求められます。そのようなボランティアを集めるのもたいへんです。
 
 
組織の現状
 事務局は代表と事務局スタッフの3人。そのほかに、20人ぐらいのボランティアは、グループ相談を受ける人、認定NPOや助成金などの申請にかかわる人、バザーやイベントのボランティア、引っ越しなどのサポートをする安全な男性ボランティアなどです。裁判所や病院などへのアドボケイトは危険な状況が分かる人です。
 理事は、精神科医や弁護士など何かあったときに専門的な意見を聞ける人たち。会の運営やシェルターの確保などは運営委員会で決めます。
 1996年8月から2006年8月までの利用状況は、利用者数が259人で、そのうち111人が同伴者。1件あたりの平均滞在日数は20日。ステップハウス利用者は22人で平均の滞在日数は63日です。
 シェルターに入っている間は、確実に安全に暮らしてもらうためのケアをします。そして、保護命令が出たり、安全が確保されても自分で暮らすのが不安な人たちのためにあるのがステップハウス。会員の持ち家を借りているが、ここでアルバイトをしながらお金をためて、自分の力でアパートを借りるまでなど、長期ケアができます。
 
相談の実際
 県からの電話相談委託を受けていますが、実際にどんな援助をしているのかです。
 DV相談では、次のような相談があります。
・暴力の原因が自分にあるのではないか。
・自分のやり方を変えて夫の暴力を辞めさせたい。
・DVがあるが、やさしいときの彼が本当だと思うので離れる決心がつかない。
・DVがあるので離婚したいが夫が応じてくれない。
・「出て行け」と暴力を振るわれるが出て行くにもお金がない。
・暴力から逃げたいがどうしたらよいか分からない。
・暴力で逃げたがいま、行くところがない。
・家を出たが相手の嫌がらせに困っている。
・家を出た後、相手の付きまといが怖い。
・学校のこと、住むところ、仕事のことなど見通しがつかない。
 こうした相談に対してどう展開するか。
 まず話を聴くことです。よく聴くことが大切で、そのためにはトレーニングが必要です。
 「聴いてくれる」と感じたなと思ったら次は、話の内容の確認と、夫が暴力を振るうのは「あなたのせいではない」ことを、洗い直す。なぜ「あなたのせいではない」か当事者が理解することが大切。
 
◆相談の展開◆
 
 当事者の考えを尊重し、当事者のペースでどうしたいか、を話し合い、これからの取り組みについて共有する。その方法は、経験を通して得たノウハウが役立つことが多い。「決心」したら動くことができるが、決心するまでに選択肢や情報をできるだけたくさん提供することが望まれます。
 それは日ごろの勉強に加えて、ネットワークとしての社会資源の使い方をどのくらい知っているかがポイントになります。
 
相談と援助について
 秘密は厳守です。相談者の自己決定を尊重し、暴力についての支援教育を提供します。このとき大事なのは、DV被害者へのカウンセリングは、問題が本人ではなく暴力を振るう夫にあるということです。カウンセラーがDVに対して深く理解していることが必要です。
 ある程度落ち着いて、子どもも自分も安全で生活の見通しが立つと、そのあとに家庭から離れたというむなしい感情がわきあがります。夫のことがいつまでも頭から離れない、うつになったり、ささいなことで夫の暴力が甦る、などの心理的状況。いろいろなことに腹が立つ、周りの人との人間関係が悪くなって、「自分はおかしいのではないか」と考えるときもあります。そんなときの心のケアが求められます。
 家にとどまって、危機的状況と思われるときには、介入・援助をしなければなりません。激しい暴力を受けている人の場合、マインドコントロールされているのと同じで、ここから逃げなくてはならない、とか、ここから離れようという考えにはなりません。
 たとえば、本人が危険な状況と認識していなくても、母親が娘の家に行ってみたところ、壁には包丁の痕がある。部屋は暴力の跡がありありで、放心状態で家から連れ出そうとしても自治会の班長をやっていて責任がある、からとか、子どもの学校の行事があるといって逃げようとしないという話はよくあることです。
 いのちがかかっているのにと思うのに、動かないと意識の低い人と決め付けてしまうかもしれない状態があります。このように危機的状況を回避しようとする力がなくなっていたり、ものごとの優先順位をつけられなくなっていることがあります。ところがシェルターに落ち着くと、「あのときの私は変だった」と振りかえる。おかしいのではなくて、暴力がひんぱんに繰り返されると、恐怖で動けなくなってしまったり、判断力がそがれていることがあります。このように客観的に被害者の危機の査定をすることも必要です。
 
 
対等に、女性の立場に立って
 相談でのスタンスは、スタッフと利用者の対等性を大切にしています。スタッフは当事者に対して支援者という力を持っています。この力を持っていると簡単に、指導したり、指示する立場に立ちます。これは公的機関などで起きやすい関係ですが、夫がすべてを決めてそれに従う関係を再現することになりかねません。
 まず相談は、中立ではなく、徹底して女性の立場に立った相談で進めます。
 女性は強くなったと言われるけれど社会の仕組みは、女性たちに不利な立場になるようにできている。私たちの相談は、フェミニスト・カウンセリングやフェミニストケースワークに近い形で相談を進めます。
 次に、暴力によってそがれている力を取り戻せるように力づける。エンパワーメントです。一時保護で難を逃れてアパートを借りるだけではエンパワーしたことにはなりません。
 当事者は家を出たとき、自分で思い描いていた将来を取り外したはず。つまり、ゼロのところにやってきたわけで、その時、大切なのは「自分が選択したことは意味がある」と思えるかどうか。たとえば、これから、別居し離婚するかも知れない、子どもに父親がいなくなるかも知れない、生活が困窮するかもしれない、そういうリスクを負っても、全部ひっくるめて「これでよかったんだ」と彼女が思えるかどうかです。
 「離婚してはいけない、結婚を成功させなければいけない、子どもには両親がそろっていなくてはいけない」というじゅ縛から逃れられなければ新しい生活は苦しいだけになります。
 いい仕事は見つからないかもしれない。今までの生活から母子の生活になるとリスクを負います。それでも「よかった」と思えるようなエンパワーメント、それが力になります。シェルターの役割です。
 それは、その人の持っている力に注目し、問題解決をサポートすることです。社会福祉でいうストレングス視点。「強さ」です。その人がはじめから力がないのでDV被害を受けるわけではありません。
 もっと早く決心すればこんなにへとへとにならずに、生活をやり直すことができた、と言ってしまうと、これまでやってきたことの意味がなく、全部失敗だったという見方になってしまう。
 そうではなく、家を出てきたときには、疲れ果てているけれど、この人はDVの中で子どもを育て、子どもは成人して新しい家庭を築いている。この人はDVを受けながら、家庭の中でがんばってきた力があると考えます。その力に注目して、そこから問題解決へのサポートをします。
 当事者の持っている強さ、そういう視点を持つことが大切だと思います。
 
 
地域の社会資源として
 ドメスティック・バイオレンスや虐待の被害者の回復プログラムを先駆的に行ってきたアメリカのケンブリッジ大学病院のメアリー・ハーベイ教授が宇都宮市で行った講演では、地域社会の役割の重要性を強調されました。どのような地域社会であるかが暴力被害者の回復に、とても重要であるという指摘でした。
 この世の中の暴力は、空から降り注いで人間のからだに害を及ぼす酸性雨のようなもの。酸性雨で植物は枯れてしまうが、害から守る木や植物がそこにあったら生き延びることができるというのです。
 暴力は社会の中でひんぱんに起こっているが、その害から守るものがシェルターなどの社会資源や人的資源だというのです。
 この社会ではDV、虐待、レイプなどが頻繁に起きます。植物にとっての酸性雨のようなものです。たとえば誰かレイプされたと訴えたときに、彼女がミニスカートで挑発的な動きをしたからだ、と社会の大半の人が考えたら彼女は被害を隠し、被害の傷だけ抱えて生きていくかもしれない。隠さなくては、と考えるのではなく、いち早く、ここの相談所に行ったら一緒にいい方法を考えてくれる、この病院に行ったらいい対応をしてくれる、とサポートしてくれる人や相談機関などの社会資源があれば、被害を受けても早く回復できるというのです。DVやレイプなど女性への暴力にどのように対応する地域社会であるかによって被害女性の被害からの回復が違う。
 どのような社会資源や人的資源を持った地域社会であるかによって、被害女性の状況は変わる。それはどんなに優秀な1人のセラピストや医師も及ばない力であるというのです。私たち「ウィメンズハウスとちぎ」は暴力被害女性にとってサポートフルな地域社会創りを目指す社会資源であり続けたいと思っています。こんなネットワークを作りましょう。


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