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第5 想定される批判的意見とそれに対する見解
 本提案は一定の政策的判断のもとに、現行法における担保権者と租税債権の優先基準の例外規定を設けるなど、固定資産税・都市計画税債権に有利な制度を創設、採用すべきとの内容によるものである。本提案に対しては、とくに利害関係者たる担保権者の側からこれを批判的に捉えた意見も多く見られよう。
 そこで、研究会では、本提案について担保権者の立場で考えたときどのような批判的意見がありうるか提議した上で、それに対する見解を検討し整理することとした。
 
想定意見1
 本来、納税義務を負担すべきなのは納税者であるのに、滞納税の実質的「肩代わり」を抵当権者等に負担させるのは妥当ではない。
 
見解1
 一般に、不動産の所有者は固定資産税等の租税を負担しながら、それを財源とした都市基盤整備、消防等各種の行政サービスを享受することにより、所有不動産の価値を維持及び増価をしている。
 一方、抵当権者等も、同様に維持・増価された担保不動産によって債権を担保するほか、担保権実行を通じて元本債権・利子の回収をしてその利益を得ていることになる。
 よって、本来、市町村に納付されるべきであった固定資産税等の負担が放置されたまま、こうした租税を財源とした行政サービスの利益を一方的に享受して、抵当権者等が経済的利益を得ることは社会的に見ても妥当ではなく、固定資産税等を担保権より優先的に徴収すべきと考えることは社会政策上も妥当と考える。
 たしかに、滞納された固定資産税等税額の全額を抵当権より無条件に優先させるとすれば問題があろうが、本提案は、優先すべき固定資産税等の範囲を「課税対象不動産の強制換価手続開始以降」に限定しているので、抵当権者等にとっても過大な負担とはいえない。
 また、現行の担保不動産収益執行制度及び強制管理制度において、当該不動産に係る固定資産税等は管理費用の一部と取り扱われているほか、破産手続においても、固定資産税等が当該不動産に係る共益的な管理費用として認められているところであるから、抵当権者等が固定資産税等をその不動産の管理費用として考え、負担するとして理解を得ることもできよう。
 その他、抵当権の被担保債権額が抵当権設定不動産の価格をはるかに上回る場合、抵当権者が債務者に納税資金の余裕を与えず貸付金を回収することで、必然的に固定資産税等は滞納となり市町村は徴収不能に陥るという現状もある。そうした現状を改善するため、現行制度の見直しは必要であると考える。
 
想定意見2
 固定資産親等の徴収は、納税者の所有する他の財産からも可能である。このうえ、課税対象不動産上に優先権を与えるのは不適当である。
 
見解2
 確かに、状況に応じて課税対象不動産以外の他の財産から徴収を図ることもあり得る。ただし、現実には、本研究会が問題としている事例に典型的な滞納者には、他に換価が容易な財産が残されていない場合が大勢と考えられる。仮に、他に換価が容易で他の第三者の権利の目的となっていない財産がある場合には、現行制度上にあっても、抵当権者等が差押替えの請求又は交付要求の解除の請求をすることができ、一定の調整が可能となっている。(国税徴収法第50条参照)
 しかし、そもそも、この提案の趣旨は、抵当権者等の利益を不当に阻害しないよう配慮しつつも、まず第一に、地方財源の安定確保やそり公益性を政策的判断の基準においた上で、実現されるべき固定資産税等の優先権を確立する原則を創設することを企図するものである。
 
想定意見3
 固定資産税等のみに特別に優先権を付与すべきとするのはなぜか。
 
見解3
 固定資産税等は、不動産の所有という事実に基づいてほぼ定量的かつ継続的に毎年課税されることから、抵当権者等からもその課税が確実に予測できる点で、他の所得課税や消費課税の税目のように課税の有無が不確定なものとは性格を異にしている。その固定資産税等を基幹財源として恒常的に行われる都市基盤整備などの行政サービスにより不動産の価値が維持又は増大されているという課税との受益関係に着目すれば、他の税目と取扱いを異にして、特に固定資産税等に対して、課税対象不動産上に一定の優先権が付与されることは失当ではないと考える。
 そもそも、固定資産税等は「土地・家屋の資産価値に着目し、その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税」(最判平成15年6月26日)であるが、本稿で問題としているような、所有という事実はあっても固定資産税等納税義務者に担税力がない現実の事案を現行地方税法は想定いないものといえる。
 また、締税義務者に担税力がなくなったも、継続的に課税されつづける税は固定資産税等のみであって、市町村の基幹税目たる固定資産税等が適正に課税され、税務当局に何ら手続的、落ち度がないにもかかわらず徴収することができず、累積滞納とならざるを得ない現行制度に対して納税秩序を維持する観点からも是正の必要性があるといえる。
 
想定意見4
 固定資産税は目的税ではなく、全てが担保不動産の維持・増価に使われているわけではないから、共益費的な性格は認められない。
 
見解4
 市町村税の性質上、その使途は、課税対象不動産の所在する地域の行政サービスと密接に結びついている。すなわち、市税収入の約2分の1を占める基幹税目である固定資産税等が安定徴収できなければ、その地域の行政サービスの質は低下し、個々の不動産の価値も低下するという強い牽連性があることから、固定資産税等についてその共益費的な性格を認めることができよう。また、現行の強制換価手続である担保不動産収益執行制度及び強制管理においても当該不動産に係る固定資産税等は管理費用の一部とされているほか、破産手続においても同様に固定資産税等が当該不動産に係る共益的な管理費用とされていることからも本提案を類推しえると考える。
 ただし、現行法における固定資産税等を共益的費用としている諸制度でも、当該手続きの期間内の固定資産税等に限定しており、無制限に遡及して優先しているわけではない。
 そこで、こうした例に準じて本研究会では優先徴収できる範囲を強制換価手続開始以後の固定資産税等に限定して提案している。
 
想定意見5
 納税者が固定資産税等を滞納した場合のみ、抵当権者等がその相当額の弁済を受けられなくなるのは不当ではないか。
 
見解5
 固定資産税等が毎年度、ほぼ定量的、継続的に発生することは、抵当権者等においても予測可能であり、融資時、不動産の担保価値を算定する際に、当該不動産に係る共益的な費用としての固定資産税等をあらかじめ予測の上算定しておくことができることから、抵当権者等に不測の損害を与え、健全な経済活動を阻害するようなことにはならないと考える。むしろ、金融実務においても、取引約款等で取引停止条項に租税債権の滞納を掲げており、納税証明書の提出を債務者に求める実務取扱なども既にあることから、抵当権者等は自己の債権保全のためにリスク管理をすることが可能であるといえる。
 また、抵当権設定後に債務者側の事情で生じた税額があまりに多額の場合、抵当権を設定した意義を大幅に減少させることは問題であるが、租税債権について、相応の額で、かつある程度予測できる負担まで否定すべきではないと考える。
 
想定意見6
 一般不動産取引の阻害要因になるのではないか。
 
見解6
 不動産の価格は、その不動産の位置や形状などの価格形成要因や不動産市場の動向などの社会経済要因により形成されるものであり、売主(滞納者)、買主ともにこの制度改正によって得失する利益はないため、不動産の売買価格に影響はないと考える。
 また、滞納者(物件所有者)、買受人(新所有者)、抵当権者等並びに不動産仲介業者ともに、次のとおり大きな事情の変化はないものと考えられ、一般取引を阻害する要因にはならないものと考える。
○滞納者(物件所有者)の場合
・物件の売却価格は、何ら変わらない。
・自己債務の返済という観点からは、私債務の返済か租税債務の返済かの違いだけである。
○買受人(新所有者)の場合
・物件の購入価格は、何ら変わらない。
・代金清算日以降の固定資産税等は、これまでから、特約事項契約により買受人負担となるのが通例。(代金清算時に、売主に支払う)
○抵当権者等の場合
・物件の売却価格が変わらないため、債権回収額が減るが、固定資産税等は入居保証金・管理費等と同じで、当該物件に課税される固定資産税等の税額はある程度予測可能であり、融資額決定の段階で、物件価格を評価し融資額を決めるため、予測可能債権となる。
・融資の際は、借受人の返済資力も調査し融資額を決めている。
・金融機関は、通例取引約款で取引停止条項に租税債権の滞納を掲げており、自己判断において処理することが可能である。
○不動産仲介業者の場合
・物件価格が変わらないため、仲介手数料に変更はない。
・物件価格が変わらないため、買受人勧奨に影響はない。
・任意売却の場合も、抵当権者等の意向を受けて業者が介在するために、抵当権者等に必要経費と了解されれば影響はない。
 
想定意見7
 抵当権者等が実質的に返済額に含めるなど負担を転嫁するようになり、不動産の担保価値が減価され、一般市民も融資を受けにくくなるのではないか。
 
見解7
 固定資産税等の税額は、不動産価格に比較してかなり少額であることに加えて、全体から見れば固定資産税等が滞納となる割合も低いため、担保価値が大幅に減価するとは考えにくい。
 さらに、本研究会においては、担保権に対して、強制換価手続開始以後の固定資産税等に限定して優先権を付与すべきとの見解によるので、このような影響はさらに少ないと考える。
 
想定質問8
 抵当権者等が固定資産税等を実質的に負担することを忌避して、不良債権処理を躊躇するようになるのではないか。
 
見解8
 金融機関の不良債権処理が国家政策上の大きな課題となっていたが、不良債権処理は既に進展しており金融機関の財務状況が改善しているといえる。特に、不良債権処理は不動産の任意売買によって行われることが多く、任意売買においては、そもそも、問題提議の対象となっている地方税法第14条の10等の調整規定が適用されないことは当然であり、本提案による制度改正によって金融機関が得失する利益はないことから、処理を躊躇する懸念はないと考える。
 
想定意見9
 抵当権者等が競売申立てを躊躇するのではないか。
 
見解9
 優先すべき固定資産税等の税額は売却価格に比較して極めて少額であり、競売申立を躊躇させる要因とは考えにくい。むしろ、固定資産税等の継続的滞納により優先すべき税額が累積していく場合は、担保価値の減価を避けるために競売を早期に申し立てる要因となると考える。
 また、仮に提案が実現すると、固定資産税等に担保権より優先される税額があれば無剰余ではないので徴税機関による公売が可能になる場合もあろう。


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