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3. まとめと今後の課題
 本年度の活動は、基礎情報の集積に傾注しており、現時点では海洋教育の普及推進方法の結論を述べる段階にない。そこで本節では学校現場を取り巻く状況を分析して、調査研究の方向性を見極めることとしたい。なお、ここで述べる学校教育を取り巻く状況とは、総合的な学習の時間(以後、総合学習)の動向を指す。当財団の海洋教育の普及促進は、必ずしも、総合学習に固執するものではないが、外部団体としての支援を考えれば、総合学習を中心に据えるのが自然と考えるからである。
 
3-1. 総合的な学習の時間
 平成10年に発表された新学習指導要領により、平成14年度に総合学習が導入されることになった。背景には、これまでの実体験を欠いた知識偏重教育、詰め込み教育、画一的な授業内容に対して、自ら課題を見つけ、自ら物事の関連性を把握することを学ぶ力、自ら問題解決を図る能力などが養えないとの批判があった。換言すれば、総合学習に期待されるものは、実体験を通して、物事(科目間)の連関性を把握し、創造的な態度を身に付けることである。そのために新学習指導要領の中に二つの方向性が示された。
 
(1)地域や学校、子どもたちの実態に応じ、学校が創意工夫を生かして特色のある教育活動が行なえる時間
(2)国際理解、情報、環境、福祉、健康などの従来の強化をまたがるような課題に関する学習の行える時間
 
 これらをみれば、現場の教員が工夫しなければならないテーマもおのずと明らかである。体験を含んだ学習設定、分野(教科)横断的テーマ、創造性の期待できるような広がりをもったテーマ、地域色・学校色が示されるテーマなどである。もちろん、これらが必須条件ではないが、総合学習導入の経緯をみれば、無視できることではない。さらに総合学習は「教科」ではなく「時間」であるので、教科のように指導目標や指導内容が確定していない。そればかりか、点数によらないで生徒を評価することも推奨されている。
 総合学習には新しい要素が含まれるだけに学校現場への負担は小さいものではない。外部支援を求めないで行なうとすれば、担当教諭の高い能力が求められることになる。人一倍の努力をして良質な授業を行なう場合もあれば、ありきたりな安易な授業になる場合もある。しばしば、国際化と称して英会話、環境問題といってゴミ拾い、情報技術はコンピューター、などが安易なテーマ設定の例として批判されている。
 
 これまでの教育現場が学習指導要領により事細かく拘束されていたのに対し、総合学習では地域や教員の主体性に大きく依存している。しかも指導内容は確立していない。このようななか、教員だけで総合学習に対応するには障害が多すぎる。現場の教員が外部支援に傾かざるを得ないのも必然的な帰結である。昨今、総合学習に対する様々な評価を耳にするが、将来に向けて、今こそ重要な時期を迎えている。
 
3-2. 外部支援
 総合学習導入以前は、学外者が学校の教育現場に参画する機会は乏しかった。そのため、教育に関心のある外部機関は、主に学外において教育とのつながりを保っていた。公民館の工作教室、博物館が行なう自然観察会または自然体験塾のようなものもあれば、大所高所から学習指導要領の改訂や教科書の変更を求める意見表明などがそうである。
 これらに対して総合学習導入後は、一転して、学外者の教育現場への参入機会が増えた。直接授業を行う場合もあれば、資料や副読本の提供、実験機材の提供まで、様々である。この中の一部においては、効果的な支援も見られるが、全体的には効果的に機能しているとは言い難い。外部支援のなかにも、特定の意図がある支援組織によるものと、それ以外の中立的なものがある。前者に相当するのは、電力や食品などの産業系、科学財団系、環境NPO系などがある。当財団も海洋教育の普及という意図をもった支援団体である。環境NPOの多くも、環境思想の普及・実践などのように支援側の意図は明白である。これに対し、支援側に特定の意図の小さい例には、地元の老人に歴史の話しを伺う、戦争体験を語ってもらうなどがある。
 支援側に意図のある場合、学校側の評価の分かれることが多い。良い評価例には、学校ではできないような資材、機材または資料を用意した興味深い授業、教師の考える方向性に沿ったサービス精神の伴う授業などがある。一方悪い評価については、良い評価の原因と表裏の関係にあり、一方的な教材提供、教師の方針を先回りしすぎることで教師の主体性を損なうこと、その延長線上にある押し付けがましい授業または自己陶酔型の授業などである。事前の導入授業も行なわずに、いきなり派手なパフォーマンスを行なう授業は“お祭り型授業”と呼ばれ、評判は良いものではない。
 一方地元の老人の話などは、本来発表のプロではないので、時として冗長になることもあるかもしれぬが、概ね悪評は少ない。人柄、希少性または実体験であることなど、いろいろと理由は考え付くが、基本的には学校が主体性をもって設定した授業であることが大きいと考える。つまり、学校が必要とする話のできる老人を探すところから始まっているからである。
 
 学校と支援側の効果的な取り組みを妨げる主たる要因は、支援側と受け入れ側の意思疎通を欠いたミスマッチに帰する。特に支援側の強い思い込みと過剰なサビースには批判が多い。外部支援は、学校単独では困難な方法、視点を提供すべきであるが、主体は学校側・教員側にあるというスタンスを崩すべきではない。学校側の意図を理解し、支援を必要とする部分のみ支援することが、良好な支援体制と考える。
 
3-3. 当財団のこれまでの試み
 海洋政策研究財団では、平成14年度より3ヶ年にわたり、「海洋教育拡充に向けた取り組み」を実施した。当初は、教育現場の実態把握が不十分だったため、教科書分析、学校・NPO・民間機関を対象としたヒヤリング、または教員を対象としたワークショップの開催など、問題抽出のための暗中模索が続いた。調査を続けるうちに、徐々に問題の複雑さと多様性が明らかになった。そのなかでも私たちが特に注目したのは、現場教員への支援が見過ごされがちであることである(詳細は過年度報告書参照)。
 こうした経過を経て、幅広い間口で取り組み始めた調査研究事業も、その目的を徐々に学校現場に対する効果的な支援方法の調査研究に収斂させるようになった。試みた手法は本報告書の冒頭で述べたとおり、教員研修、学習支援などが中心である。
 教育現場との直接的関わりは、現場教員や児童の生の声に接する点で有意義であった。授業前の準備、授業後のフォローアップおよび他の教科との関連付けなど、外部の者はこれらの検討事項さえも見落としがちであることに気付いた。また学校側との協働作業は、双方の信頼関係構築にもつながり、事業を進めるうえでの貴重な助言者を得る点で役立っている。一方で、我々の実施した協働作業は特定の教育現場に対してのアプローチという事実は否めない。不特定の教育現場に幅広い支援を行う試みとなると、これまでの取り組みだけでは不十分であるとも確かである。
 
 学校側の意図を理解し、支援を必要とする部分のみ支援することが、良好な支援体制と考えるのであれば、学校側の生の声を聞く謙虚な姿勢は欠かせない。そのためにも、学校側との協働作業は有効である。一方で、広く普及推進を図るためには、不特定の教育現場を対象にする間接的支援にも力を注がなければならない。
 
3-4. これからの方向性
 本章の冒頭で述べたとおり、海洋教育の普及推進方法について、現時点では結論を述べる段階にはない。しかし、その方向性を考えるにあたって、“海まな”の登録までの経過にひとつの示唆があった。
 海まなサイトの開設から最初の登録があるまでに5ヶ月を要している。海まなは登録のための費用は不要、掲載内容について義務も制限も定めていない、むしろ掲載する学校側の要望はほぼ無条件で受け入れることで始まった。つまり、客観的にみて登録のハードルは高くない。また2章でも述べたとおり、ダイレクトメール、メディアによる広報または直接的な勧誘など、登録を促すための不断の努力を継続してきた。そして学校サイドと面談では、大部分が肯定的に評価していることも分かった。にもかかわらず登録までに5ヶ月の時間を要したのである。登録2号から6号までは2ヶ月しか要していないことを考えれば、先駆者ゆえの躊躇のあることが想像できる(図3-1)。
 海洋教育が十分に普及していない現状をみれば、海まなの登録経過を海洋教育に置き換えることができる。教育素材としての海洋を肯定的に理解する学校が存在しても、先行事例を知る機会がなければ、実施に際しての“漠然”とした不安を取り去ることは困難である。これまでは費用負担、資機材の提供、講師の派遣などを普及促進の重要なアプローチとしてきたが、海まなの登録過程をみれば、それだけでは楽観的過ぎる。先行事例の紹介―どこかで誰かが実施していることを広く知らしめること―が重要である。
 本年度に始まった海まなは事例紹介を目的としているので、前述の想定に従えば、海洋教育を普及させるための駆動力になるはずである。しかしながら、前述のとおり、海まな自体のハードルが高いので、それを補う取り組みが必要である。幸いにも我々は、既に海洋教育先駆者へのインタビュー、フリー素材の提供などの補完的アプローチにも取り組んでいる(表3-1)。
 海洋教育先駆者のインタビューは、パイオニアたちの存在を知らしめ、海洋教育の実施者を勇気づける効果がある(図3-1の(1)(2)(3)に相当)。インタビューの対象者は、これまでの活動のなかで探索可能であるが、インタビュー内容を周知徹底することについては検討の余地がある。サイトのなかで紹介することとともに、適当な時期をみて、配布可能な冊子として取り纏めることも考えるべきである。
 画像データに解説を添えたフリー素材は、教育現場が独自に資料を作成するために役立つ(図3-1の(5)(6)に相当)。現在は生物・環境系に限定されているが、他にも船舶や港湾などの広範な素材提供により、海洋教育全体の裾野を広げることが期待できる。
 素材の提供は教育現場に利便性をもたらすが、実行に結びつけるには活用方法の事例も必要である。これまでに試みがなかったが、児童を海辺に引率する時に、どのように学ばせるか、どのように安全確保をするか、また得られた知識や感動をどのように広げるか等の指針があれば、フィールド教育の活性化につながる(図3-1の(5)(6)(7)(8)(9)が相当)。このような学習事例集の副読本化は特に重要である。
 以上のように、先行事例・先駆者を知らしめること、学習素材を提供すること、さらに学習方法の事例提示を通じて、海洋教育の実体を浮かび上がらせることができれば、次年度以降のより一層の普及推進が期待できる。
 
 海洋教育は、まだ十分に普及していないだけに、実施にあたっては漠然とした躊躇が伴う。それを克服するためには、単一のアプローチではなく、多面的な取り組みが必要である。今後は、先行事例・先駆者を知らしめること、学習素材を提供すること、さらに学習方法の事例を示すことなどの様々な方法を通じて、より一層の普及推進をはかりたい。
 
表3-1 OPRFの取り組みと海洋教育推進における位置付け
1. 海洋教育を想定していない学校に動機を与える。
多様な動機を与える副読本(海のトリビア)
他の学校で行なっていることを周知する(海まなサイト)
2. 海洋教育をはじめようと考え出した学校の背中を押す
海洋教育に踏み切った学校の声を公開する(インタビュー)
資料や素材を提供する(フリー素材の提供)
具体的な方法を提供する(海まなサイト)
具体的な教育事例を示す(新たな副読本)
3. 海洋教育をいざ始めた学校へ指針を示す
必要に応じてアドバイス(教員研修)
必要に応じて直接参加・資料提供・資材貸与(出前授業)
具体的な教育事例を示す(新たな副読本)
4. 海洋教育のステップアップを目指す学校に指針を示す
他の学校との情報ネットワーク(海まなサイト)
必要に応じてアドバイス(教員研修)
必要に応じて直接参加・資料提供・資材貸与(出前授業)
別の教育方法を示す(新たな副読本)
 
図3-1. 海洋教育導入に関する様々な局面の簡略図
(拡大画面:47KB)


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