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6. 欧州の高速船関連研究開発プロジェクト
 欧州では、各国独自の産学民の共同研究開発プロジェクトや企業間の技術提携に加え、EU主導による国境を越えた汎欧州プロジェクトが可能であることが特徴であり、大きな強みでもある。
 欧州の大部分の舶用企業は中小企業である。舶用産業が競争力を保持するためには、技術革新が不可欠であるが、そのためには多大な研究開発への投資を要する。EUが部分的に出資する汎欧州研究開発プロジェクトは、この問題解決への絶好の機会とツールを提供している。
 また、造船所や関連メーカーだけではなく、設計コンサルタントや大学、水槽試験所等の研究機関も積極的にプロジェクトに参加し、船主、造船所、メーカーを結ぶ役割を果たしており、船主及び時代のニーズにあった設計仕様、技術・製品の開発に役立っている。
 
6.1 EUフレームワーク・プログラム
 EUが助成する主な汎欧州研究開発プロジェクトは、「EUフレームワーク・プログラム」(FP)の枠内で実施される。1984年に開始されたフレームワーク・プログラムの期間は準備期間を含めて5年間となっており、最初と最後の1年が前後のプログラム期間と重なる。多くのプログラムの実施期間は3年である。
 FPの目的は、全レベルにおける、分野を越えた研究者間の協力により、欧州内でのダイナミックで卓越した技術を開発し、技術研究における欧州統合ネットワーク「European Research Area(ERA)」を構築することである。
 FP助成金は、ある研究機関または一企業の一般研究開発ではなく、EUの定める優先課題に沿って選ばれた課題を研究する複数国からの複数組織から構成されるコンソーシアムに対して供与される。
 プロジェクト参加資格は、EU加盟国及び準加盟国の研究者、一般企業(中小企業を含む)、大学、研究機関、及びEU加盟国、準加盟国所在の法的組繊であるが、第三国組織の参加もケース・バイ・ケースで考慮される。第三国としては、発展途上国、地中海及びバルカン諸国、ロシアその他の旧ソ連諸国を想定している。
 海事関連プロジェクトは、「持続性のある発展、地球温暖化防止、環境保全」という優先課題に含まれている。交通・運輸関連では、陸上交通の代替手段として、より環境にやさしく、安全性の高い水上交通の開発が課題のひとつとなっている。安全性向上のためのソフトウェア開発と統合、衛星ナビゲーションの有効活用も課題である。EUは学術的な研究よりも、即実用可能な新しいテクノロジー開発をFPプロジェクトの目的としている。
 プロジェクト成果の知的所有権は、プロジェクト・メンバーに帰属するため、外部者には研究結果や成果がわかりにくいという難点もある。また、技術競争力のある企業は、研究成果の知的所有権がプロジェクトのメンバー全員に公平に帰属するのを好まず、FPへの参加を躊躇するケースもあるという。
 FP6の予算総額は約179億ユーロ(2004年4月現在、核関連研究を除く)で、「持続性のある発展、地球温暖化、環境」という優先課題に含まれる海事関連研究開発プロジェクトには、2005年1月時点で総額1億5,300万ユーロが拠出されている。
 
 EUの行政執行機関である欧州委員会は、FP6実施と同時に、次期第7次フレームワーク・プログラム(FP7)の助成対象となる優先課題及び研究テーマの選定作業を進めている。これらの研究テーマは、同プログラムの実施期間中に予想される科学、工業、政策等様々な分野における動向を考慮し、十分な柔軟性を持たせて選定され、欧州の研究開発プロジェクト及び研究ネットワーク活動の中期的な方向性を示すものとなる。
 欧州委員会は、次期プログラムには、新規の研究開発分野とともに、第6次フレームワーク・プログラムからの継続テーマを含めることを意図している。次期プログラムの研究開発テーマは、2005年中に提案がなされる予定である。
 以下にフレームワーク・プログラム及びその他の共同開発プロジェクトのうち、近年実施された、または現在実施中のEU主導プロジェクトで高速船に関連する研究数例を紹介する。
 なお、研究結果の詳細は、プロジェクト・メンバー以外には公表されない。
 
6.1.1 COMKISS(FP4)8
 1998年9月〜2000年8月にかけてEU助成のFP4枠内で実施されたCOMKISS(COnveying Metocean Knowledge Improvements onto Shipping Safety)は、進歩する海洋気象情報を安全航行に役立てる方法を模索した。同プロジェクトは、特に天候の影響を受けやすい高速船運航への影響を詳しく検証している。
 
 
(プロジェクトの主な目的)
●波高や風向等衛星からの気象情報を統合し、活用することの恩恵を海上輸送事業関連企業・組織に示す。
●インターネット・べースのCEO(Centre for Earth Observation)のEuropean Wide Service Exchange(EWSE)を主要通信チャネルとする衛星データが、海上輸送の安全性向上と効率化に寄与することへの認識を高める。
●船舶検査当局、高速船、特殊貨物運搬船等に役立つ情報を提供する。
 
(プロジェクト参加組織・企業)
●Satellite Observing Systems(企業、英国)
●ルンド大学(大学、スウェーデン)
●Bureau Veritas(船級協会、フランス)
●Dockwise(企業、ベルギー)
●IFREMER(研究機関、フランス)
●OPTIMER(研究機関、フランス)
●Corsica Ferries(船社、フランス)
 
 高速船HSC運航は波浪等の海洋気象状況の影響を特に受けやすい。例えば、COMKISSプロジェクトに参加したCorsica Ferriesの場合、高速船運航は最高波高4mまでと規制当局により定められている。
 よって、気象状況の正確な予想は、運航を左右する重要な案件である。海洋気象を事前に把握することにより、民間船社は乗客にHSC便の欠航を早めに知らせ、通常船の代替利用を勧めることができる。気象予報が十分でなければ、出航はしたものの、航海の途中で天候の悪化により船速を下げることを余儀なくされ、また、航海の快適性が著しく損なわれ、ビジネスに悪影響を与える。また、逆に天候が予想よりも良く、欠航が無駄になる場合もあり得る。
 HSC運航船社は、陸上及び船上からの情報、沿岸及び遠洋における海洋、気象、衛星情報全てを統合したリアルタイムの情報ネットワーク構築を望んでいる。
 COMKISSプロジェクトでは、衛星からの気象情報をほぼリアルタイムで活用することにより、より正確な予報が可能であることを実証した。また同時に、より正確な予測を可能にするためには、衛星によるカバレージを拡大する必要性が指摘された。
 
6.1.2 Safety at Speed(S@S)(FP4)9
 Safety at Speed(S@S)プロジェクトは、2001年7月から3年間、FP5枠内で実施されたEU助成プロジェクトで、安全性の高い高速船HSCの設計手法を開発することを目的としている。また、安全性向上とともに、高速船運航のライフ・サイクル・コストの最適化を目指している。
 プロジェクト参加メンバーは、ニューカッスル大学(英国)、Bureau Veritas(フランス)、FORCE Technology(デンマーク)、Fincantieri(イタリア)等の15企業・組織である。
 
 
(プロジェクトの目的)
●高速船のリスクとコストの関連をモデル化。
●そのモデルを安全性向上のためのデザインに利用。
●安全性向上デザインのコスト分析。
●安全性向上デザインの効率とコスト効果を検証し、デザイン決定をサポートするツールを構築。
●デザイン決定ツールを用いた実験。
●実験結果の検証と安全性向上手法の改良。
 
6.1.3 SPIN-HSV(FP5)10
 SPIN-HSV(Shipping quality and Safety of high-speed vessels, terminals and Ports operations In Nodal points)プロジェクトは、EU域内の高速インターモーダル輸送に関するEUプロジェクトで、2002年1月1日に開始された。プロジェクト実施期間は36ヶ月。欧州9カ国からの22企業・組織が参加している。
 欧州水域では高速船を利用した海上輸送が増加しており、ショートシー・シッピングで貨物輸送を陸から海に移行させ、環境への影響を軽減しようとする欧州の政策と合致する。
 高速船(HSV: High Speed Vessel)の大部分はHSCであるが、現在のHSCは旅客の高速輸送に主眼を置いており、HSVは、HSCの概念にとらわれるべきではないとされている。例えば、貨物輸送では15〜20ノットの船舶でもHSVになりえるからである。
 SPIN-HSVプロジェクトは、高速船運航の環境への影響軽減と安全性向上を目的としている。
 また、インターモーダル輪送への高速船利用が、時間とコスト面で最も効率的なソリューションであることを実証する。
 
 
(プロジェクトの主な目的)
(1)インターモーダル輸送における高速船利用に関する市場分析とフィジビリティ・スタディ。
(2)高速船運航の快適性、安全性、環境基準向上を目的とした技術及び規制環境への提案。
(3)上記を満たす港湾インフラの構築と高速船のロジスティック・チェーンヘの統合。
 
6.1.4 TOHPIC(FP5)11
 TOHPICプロジェクトは、2001年3月〜2004年2月に、FP5枠内で実施されたEU助成プロジェクトで、高速船HSCと港湾のインターフェイスの最適化を目的としている。対象となった高速船は、乗客と車両を運ぶカタマラン及びモノハル船型のHSCである。
 プロジェクト参加企業・組織は、欧州8カ国からの14企業・組織で、港湾局、船主、ターミナル運営局、研究機関、大学、エンジニアリング及びデザイン・コンサルタント、シミュレーション企業、国際海事組織という幅広いメンバー構成となっている。
 主なプロジェクト結果は、ソフトウェア・ツール、3つのケース・スタディの検証、ガイドラインの提案であるが、詳細は参加メンバーのみに公表されている。
 
 
(プロジェクトの作業グループ)
(1)安全性、クオリティー・マネジメント、人間工学を考慮したHSC出入港時手順のシナリオ作成。
(2)港の水深とマルチ・ハル船とシングル・ハル船の後流の影響を、ダブリン港でカタマラン型HSC「Stena Explorer」、ニース港でNGV「Liamone」、バルセロナ港でINCAT-96カタマランを用いて検証。
(3)制限水域での船体沈下の影響と船速との関係を、バルク・キャリア、クルーズ船、旅客フェリーを用いて検証。
(4)HSC用操船シミュレーターに用いる船舶同士がすれ違う場合、追い越す場合の水流力学的データを検証。
(5)港湾局VTS(Vessel Traffic Services)のHSCの相互関係と港湾局のナビゲーション・コントロール及びマネジメントの検証。
(6)上記3港を基礎としたHSC専用港のインフラとオペレーションのデザインの構築・検証。
(7)HSC向け港湾ターミナルのレイアウトとインフラ(荷役作業、ターミナルビル、航空網、地域交通等)のデザイン・ツールを提案。
(8)荷役作業効率化のための船舶と陸のインターフェイスを提案。
(9)港でのロジスティック、即ち車両、乗客、荷物、食料、燃料、水、廃棄物等の流れを検証し、合理的なHSCのデザインと港のレイアウトを分析。
(10)HSC利用港における事故13事例の検証と現状分析。
(11)安全性モデルとコスト分析。
(12)安全性の公式アセスメントとソリューションの提案。オートムーアリング・システム、船速と航路の効率化、停泊時間短縮のための港湾のデザイン等を提案。


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