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2. 高速船関連規制・基準
2.1 IMOの高速船関連規制
2.1.1 制定の経緯
 国際航海に従事する船舶に関する国際規制は、従来鋼製の船舶を対象としたものであった。しかし、IMOの高速船関連規制、即ちDSCコード及びHSCコードにおいては、適用対象とする高速船の船体が鋼製ではなく、アルミ合金等の軽量特殊素材であるため、国際安全基準であるIMO海上人命安全条約(SOLAS条約)に定められる従来船と同等の安全性を確保するために、異なるリスク管理が必要であるという発想に基づいて規定されている。
 また、高速船運航は歴史的に比較的安全であることが証明されているが、その運航速度のため、従来船に比べ航海士の決断の迅速性が求められることが特徴である。
 
2.1.2 DSCコード
 1977年、IMOはハイドロフォイル(水中翼船)やACV(Air Cushion Vehicle :エアクッション船)等の当時の高速船を対象としたDSCコード(Code of Safety for Dynamically Supported Craft)を新たに制定し、それまでの高速船に関する諸勧告に取って代わるものとした。同コードは、最大旅客数450人以下、避難水域から100海里以内の国際航海に従事する船舶等に適用されるが、IMOの勧告であり、法的拘束力は持たない。
 
2.1.3 HSCコード
 高速船船型やサイズの多様化に伴い、DSCに該当しない船型の高速船や、大量の貨物と旅客を運ぶ長距離高速船が出現した。また、DSCコード制定後の一般船舶への安全基準強化を考慮した新たな法的拘束力を持つ規制が求められるようになった。
 また、1994年にはIMOがSOLAS条約に新たな章「第10章:HSCへの安全性基準」を採択したため、高速船に関する規制も法的拘束力を持つものとなった。
 これらを踏まえ、IMOは1994年にHSCコード(International Code of Safety for High Speed Craft)を採択した。1994HSCコードは1996年1月1日に発効し、2002年7月1日以降に建造された当該高速船に適用される。
 同コードの対象となる高速船は、避難港から4時間以上離れない国際航海に従事する旅客船、及び避難港から8時間以上離れない国際航海に従事する旅客船500総トン以上の貨物船である。
 また、当該船舶は「assisted craft」と「unassisted craft」に大別され、前者は避難水域に近い沿岸航海に従事する小型旅客船を対象とした「カテゴリーA」船舶、後者は大型で航海距離の大きい貨物船、及び大型旅客船を対象とした「カテゴリーB」船舶が含まれる。「カテゴリーB」船舶には、「カテゴリーA」船舶よりも厳しい安全要求が課せられている。
 1994年以降の高速船の著しい技術進歩、及び改正SOLAS条約に代表される新安全基準を考慮し、HSCコードは2000年12月に改正され、新たに2000HSCコードが制定された。同コードは2002年7月1日に発効し、その日以降に建造された当該高速船を対象とする。
 
2.1.3.1 HSCコードの構成
 1994 HSCコードと2000 HSCコードの基本的構成は同じで、本文19章及び付属規制Annexが含まれる。以下は1994 HSCコードの構成及び、2000 HSCコードの改正部分である。また、2000HSCコードには、単胴船の損傷時及び非損傷時復原性に関する付属規制が付け加えられた。
 
第1章 総論と一般要求
第2章 浮力、復原性→ドアやハッチの耐水性等の詳細を大幅に追加
第3章 構造
第4章 居住区、避難方法→乗客・乗員の保護措置の項目を追加
第5章 方向制御システム
第6章 錨泊、曳航、停泊
第7章 防火→危険物搭載スペースに関する要求を追加
第8章 救命設備→ヘリコプター着陸エリアに関する要求を追加
第9章 機械
第10章 補助システム
第11章 遠隔操作、響報、安全設備
第12章 電気関連
第13章 航海機器→「航海システムと装置とVDR」にタイトル変更
第14章 通信→GMDSS認識と船位更新に関する要求を追加
第15章 操縦室レイアウト
第16章 スタビライゼーション・システム
第17章 操作、制御、パフォーマンス
第18章 運航要求基準
第19章 検査、保守
Annex 1 HSC安全証書、設備記録フォーム
Annex 2 HSC運航許可書フォーム
Annex 3 確率概念使用方法
Annex 4 FMEA(故障モード・影響解析)手順
Annex 5 氷海基準
Annex 6 ハイドロフォイルの復原性検査方法
Annex 7 多胴船の復元性
Annex 8 オペレーション及び安全要求
Annex 9 乗客・乗員椅子の検査基準
Annex 10 ライフラフト
 
 なお、HSCコードに関しては、「米国における高速船開発等の実態調査」(シップ・アンド・オーシャン財団、日本中小型造船工業会、2002年)に詳細が記されている。また、同レポートでは、新HSCコードにより船価が5〜10%上昇するとの予測に言及している。
 
2.1.3.2 HSCコードの改正作業
 HSCコードは、定期的、即ち最低4年毎に見直しが行われることが定められている。IMOは現時点(2005年)にも、HSCコード及びDSCコードの包括的な見直しを行っており、各小委員会による作業は2006年に完了する予定である。
 各小委員会で追加・改正が予定されている項目は、衛星EPIRBのメンテナンス、アスベストを含む素材、救命設備と手順、航海機器、復原性等である。
 見直し作業を終えたHSCコードは、2006年末に採択され、2008年の発効が予定されている。
 新船型がHSCコードに完全に適応しない場合には、当該船舶の船籍国が適用範囲を決定し、必要な場合は新たな基準を設けるとしている。
 
2.1.3.3 今後の課題:ECDIS搭載の義務化
 IMOの航行安全小委員会(NAV)は、2005年6月の第51回年次会合で、HSCへの電子海図情報表示装置(ECDIS)搭載を義務付ける方針に合意した。
 草案では、2000年のHSCコードを改正し、新造高速船及び既存高速船に段階的にECDIS搭載を義務化し、2010年までの完全搭載を目指す。同草案は、2006年5月の海上安全委員会(MSC)第81回年次総会に提出される予定である。
 また、NAV小委員会は、HSCへのECDIS搭載義務化に関する議論に先駆け、HSC以外の船舶や旅客船へのECDIS搭載の公式安全評価を行う。同時に、2006年度のNAV小委員会年次会合では、ECDIS性能基準の変更も検討する。
 
2.2 船級協会の動向
 主要船級協会は、それぞれが高速船、即ちHSCの入級基準を設定している。入級基準は船型の多様化と高速船技術の進歩に見合うよう随時改定され、その内容はHSCコードに従っている。
 
 商船向けではないが、英国船級協会Lloyd's Registerは、船型の多様化に従い、英国国防省と共同で英国海軍向けにトリマランを含む多胴船に関する技術基準の策定を開始した。新基準設定の基礎となるデータは、過去2年間に英米共同で実施された研究開発プログラムの対象となったトリマラン船型の調査船RV Tritonの技術データが用いられる。
 これはカタマランやトリマラン、更にペンタマランが、民間利用だけでなく、軍事目的の開発が進んでいるという事実に基づいており、技術やルールの共用や転用によりコストやリスクの削減を目指す目的もある。
 
2.3 欧州各国の規制動向
2.3.1 欧州の高速船関連事故の事例
 高速船の事故は通常船に比べて特に多いというわけではない。しかし、高速であるが故の事故やニアミス、船型や船体の素材の違いによる事故が発生している。
 以下は近年の欧州域内の高速船関連事故の事例の一部である。2
 
●2002年1月
 英国ドーバー海峡で高速カタマラン貨客船「Diamant」(81m)とROROフェリー「Northern Merchant」(180m)が衝突。「Diamant」船体及び船内の自動車数台が損傷。死傷者はなし。
 英国海難調査局(MAIB)は、事故の原因は濃霧の中での「Diamant」によるスピードの超過、高速航行時の操縦性の過信、適切な航海機器を使用しなかったこと、規制に従った反応をしなかったこと等の18の事故原因を挙げている。
 
●2002年11月
 ノルウェーのFloroとSmorhamnの間の海域で、高速カタマラン旅客船「Kommandoren」(40m)とノルウェー海軍高速巡視船がニアミス。60ノットで両船が300mまで近づいた時点での針路変更により、衝突は直前に回避された。
 
●2003年5月
 ギリシャのサントリーニ島沖で高速旅客船「JetOne」が浸水。事故原因は、荒天によるハッチ・カバーの欠落。乗客乗員167名は他フェリーに救出され、死傷者はなし。
 
●2003年7月
 ギリシャのCape Vatosで、ハイドロフォイル「Flying Dolphin 24」が座礁。乗客乗員は他船に救出されたが、21名が怪我。事故時の天候、視界は良好で、高血圧の持病のある船長が意識を失ったことが原因とされる。
 
2.3.2 英国:航空機と同様の規制導入を提案
 高速船のブリッジは航空機と同様のコックピット形式であり、操船者はモニターや装置に囲まれて座っている。しかし、高速船のブリッジ・レイアウト等の基準は通常の船舶と大きく変わるものではない。
 英国MAIBは、例えばこのような高速船に紙海図のみの搭載義務しかないのは時代遅れであると指摘し、高速船運航基準の抜本的な見直しを提案している。
 一方、英国の高速船運航船社Sea Containers社は、同社の高速旅客船は既にECDISを搭載しており、航海士にもパイロットと同様の特別な資格制度を導入していると反論している。
 
2 RINA、各国海事局資料より作成。
 
2.3.3 スウェーデン:高速船の環境問題
 スウェーデン船主協会は、エネルギー効率が高く、比較的環境にやさしい輸送手段としての船舶へのモーダルシフトを推進すると同時に、船舶の排ガスによる環境汚染や地球温暖化の防止を目指している。その政策の中で、特に高速で運航する船舶の燃料消費量の多さとそれに伴うCO2排出量増加への懸念を表明している。
 環境保護に積極的な北欧諸国では、高速船の引き起こす環境問題に対する規制への動きが出始めることは、ドイツ、北欧の船級協会も指摘しており、今後の動向が注目される。
 スウェーデン船主協会は、船舶の排ガス削減への対策として、水素ガス、天然ガス、燃料電池等の代替燃料の実用化を提案している。
 
2.3.4 ノルウェー:ECDIS搭載の義務化
 ノルウェーはECDIS搭載の義務化に非常に積極的であり、IMOで決定される前に独自の搭載基準を設け、搭載を義務づける予定である。搭載義務化は、まず高速船(HSC)を対象とする。
 
 国際的には、現時点では、以下のようなECDIS搭載義務化のスケジュールが予想されている。
2006〜2008年 ノルウェーでHSCのみ義務化。
2007〜2009年 EUが義務化。
2008〜2010年 IMOが義務化。
 
 ノルウェー海事局は、2006年1月実施を目標に、ノルウェー沿岸を航海する高速旅客船に対し、ECDIS搭載を義務化することを計画している。(2005年1月時点)同規制は、2006年1月には北極圏以南の海域、2008年以降は北極圏以北の海域に適用する予定としているが、正式発表はされていない。
 
 ノルウェーが特に高速船のECDIS義務化に積極的な理由は以下の通りである。
●ノルウェー沿岸は地形が複雑である。
●高速船は操船ミスが発生しやすい。(下表参照)
●安全航行には紙海図以上の情報が必要。
●高速船のブリッジはスペースが限られているため、電子海図の利用が有効。
●しかし、電子海図はECDIS開発以前からも利用されていたため、現在でもECDISの型式承認を取得していない電子海図装置を使用している船舶が多く、安全性に問題あり。
 
 下表のように、ノルウェーでは、高速船による事故の確率が他船種に比較して大幅に多い。しかも、過去5年間のノルウェーにおける高速船事故は1件を除き、全て操船、航海関連である。
 
表:ノルウェー船の過去5年間の船種別操船事故確率
出典:ノルウェー海事局及びPrimar Stavanger
 
 ノルウェー海事局は、ECDIS搭載義務化により、以下のような利点が期待できるとしている。
●公式電子海図を用いたECDIS利用は航行の正確さを大幅に向上させ、座礁事故が大きく減少する。座礁事故はノルウェーの海難事故の40%を占め、過去の高速船2大事故「SEACAT」及び「SLEIPNER」もその例である。
●ECDISは、高速船に搭載されることの多い統合航海システム(INS)に必要不可欠な要素であり、よってINSの搭載率も高まる。


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