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1.3.2 モーダルシフト
1.3.2.1 PACTプログラム
 欧州地域では、1990年代以降、欧州連合(EU)主導のモーダルシフトが加速している。中でも海上輸送と鉄道輸送を組合せて貨物輸送の最適化を図るインターモーダル輸送を奨励している。
 EUは1992〜2001年にかけて、モーダルシフト促進を目指した汎EUプログラムであるPACT(Pilot Actions for Combined Transport)を実施した。同プログラムの予算は5,300万ユーロという限られたものであったが、プログラム枠内で167のプロジェクトが実施された。海上輸送関連のプロジェクト成功例としては、以下が挙げられる。
●ドイツ経由でスウェーデンとイタリアを結ぶ鉄道と海上輸送を組み合わせた新ルートにより、年間50万トン相当の道路輸送を軽減。
●リール(フランス)とロッテルダム(オランダ)を結ぶデイリー・バージ・サービスにより1日50台の大型トラックを運ぶ。
●ラロシェル(フランス)―ルアーブル(フランス)―ロッテルダムを結ぶ新航路により、3年間で64.3万トン相当の貨物を道路から海上輸送に移行。
●スペインとドイツを結ぶ鉄道と海上輸送サービスにより、大型トラック6,500台分に相当する道路交通を軽減。
 
1.3.2.2 EU白書:「2010年に向けた交通政策:決断の時」
 PACTプログラムの成功を受け、2001年7月、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は、今後10年間の欧州域の交通政策の要となる「2010年に向けた交通政策:決断の時」と題した政策白書を発表した。その目的は、欧州域の交通の質と効率と改善すると同時に、欧州の経済成長と経済競争力を持続させながら、拡大するEUの環境悪化を防ぎ、環境にやさしい交通システムを構築することである。
 基本政策は、鉄道輸送及び水上、海上輸送の近代化、活性化を進め、道路交通及び航空輸送からのモーダルシフトを実現することであるが、実現に向けた約60提案のうち、ショートシー・シッピングと内陸水上輸送は十分に活用されておらず、その振興の多くが道路の渋滞の緩和と鉄道輸送の欠如を補うための有効手段であると指摘されている。
 
図:EU15カ国の貨物輸送モードの推移(1970〜1999年)
出典:EUホームページ 1
 
 汎欧州ネットワークの枠組み内に海上モーターウェーを含めることが提案され、そのためには港湾、鉄道、水路等の交通手段間の相互接続を改善する必要があるとされている。特に陸上交通のボトルネックとなっているアルプス地方、ピレネー地方、ベネルックス3国、ドイツとポーランド国境等の地域を汎欧州ネットワークに含め、同地域への海上、水上交通の積極的な導入が提案されている。
 また、海上交通振興のためには、その安全性強化により、エリカ号等一連の海難事故により低下したEU国民の海上輸送への信頼を取り戻す必要があることも指摘されている。さらに、IMOやILOと協働した安全関連法の整備、EU船籍の船舶を増やすためのトン税の導入拡大等も提案されている。
 
1.3.2.3 マルコ・ポーロ・プログラム
 上記のEU白書は、EU域内の各交通機関シェアを、2010年までに1998年レベルに戻し、それ以降のバランス変化を抑えることを目標としている。
 その目標達成手段として、EUは2003年7月にマルコ・ポーロ・プログラムと称する計画を発表した。同プログラムは、前述のPACTプログラムを引き継ぐものである。
 同プログラムの目的は、道路混雑の緩和、貨物輸送による環境負荷の軽減、モーダルシフトの促進のために、効率的で持続可能な輸送システムを構築することである。具体的な数値目標としては、今後増加が予想されるEU域内の国際貨物輸送量、毎年120億トン・km分をショートシー・シッピング、鉄道、河川交通、またはそれを組み合わせたインターモーダル輸送に移行し、道路による輸送距離をできるだけ短くすることである。
 例えば、イタリアの船社Grimaldi社の調査では、道路のみによる輸送は、ショートシー・シッピングを利用したインターモーダル輸送を行った場合に比較して、約2.5倍のCO2を排出するとしており、海上輸送の燃料効率の高さが大いに期待される。
 マルコ・ポーロ・プログラムの予算は総額1億ユーロで、実施期間は2003〜2006年である。プロジェクトには、EU25カ国に加え、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインが参加している。
 
1.3.2.4 マルコ・ポーロII
 2004年には、実施中のマルコ・ポーロ・プログラムを大幅に拡大した政策プログラムとして、マルコ・ポーロIIが提案された。同プログラムの実施期間は2007〜2013年で、予算は総額7億4,000万ーロである。プログラム参加国も、EUと国境を接する非EU諸国に拡大する。
 EU欧州委員会は、同プログラムに投入された1ユーロにつき、少なくとも6ユーロ以上の社会的及び環境面での恩恵が期待できるとしている。
 
1.3.3 ショートシー・シッピングの振興
 モーダルシフト促進政策とともに、欧州では1990年代以降、ショートシー・シッピング(近距難沿岸輸送)の利用に関する研究が非常に盛んになった。欧州各国レベル以外にも、国境を越えた地域的、及びEU主導フレームワーク・プログラム等の汎欧州規模の研究開発がなされてきた。
 
1.3.3.1 REALISEプログラム
 REALISE(Regional Action for Logistical Integration of Shipping across Europe: 汎欧州戦略的海上輸送統合への地域的計画)は、2002年10月から3年間実施されたショートシー・シッピング振興に関するEUプログラムである。
 同プログラムは、上記のEU交通白書の実現に向け、今後10年間に欧州企業及び政策決定者が、ショートシー・シッピングのインターモーダル輸送チェーンへの戦略的統合という目標達成のために利用できる政策、方法論、ツールを提供することを目的としている。
 3年間に、統計収集、環境への影響、コスト分析、輸送経路とサービス、港湾等のインフラ設備、パフォーマンス等の分析が実施された。
 結果として、ショートシー・シッピングを戦略的に活用したインターモーダル輸送が他の輸送手段よりも優れているということをEU国民に納得させることがプログラムの狙いで、インターモーダル輪送の以下のような利点を強調している。
●輸送量増加に対応可能
●環境負荷が低い
●EU域内貿易の振興
●今後の競争力増加
 
1.3.4 海上物流の迅速・効率化
 ショートシー・シッピングやインターモーダル輸送への移行を実現するためには、競合力のある効率的かつ迅速な海上物流が求められることから、高速貨物船による高速輸送に対する需要増加が予想される。
 その一例として、あるイタリアの船社は、イタリアのジェノバ港とスペインのバルセロナ港を12時間で結ぶ高速フェリーによるトラック貨物輸送サービスを開始した。この新サービスは、欧州で最も混雑した高速道路のひとつを回避することができるとともに、迅速さと競争力のある料金を提供しており、運送会社に人気が高い。
 EUは、このような道路輸送の柔軟さと海上輸送を組み合わせたインターモーダル輸送の振興を目指しており、今後の高速フェリーの利用増加が注目される。
 
1.3.5 高速船運航の経済性
 ある航路に高速船を導入するか否かを決定する重要な要因は、その運航コストである。欧州の事例ではないが、米国アラスカのAlaska Marine Highways System(AMHS)社は、489km航路の高速船と通常船の運航コストを以下のように比較している。
 このコスト比較により、AMHSは、2004年6月、同航路に73m高速フェリー2隻を導入した。
 
表: 通常船と高速船の運航コスト比較
16ノット通常船 32ノット高速船
乗員数 42 10
勤務乗員数 21 10
航海所要時間 18 9.5
1日当たりの勤務時間 24 12
乗員用居住区 あり なし
メンテナンス 船上 陸上(5名)
燃料(リットル/日) 17,033 24,653
乗員仕事量(人時) 378 180
1日当たりのコスト(ドル) 30,870 20,800
出典:Ship and Boat International March/April 2005より作成。
 
 
 489kmという航路は比較的長距離であるため、16〜18ノットの通常船では、乗員を2チーム乗船させる必要があり、船内に乗員居住区が必要となる。高速船ではその必要がなく、燃料コストとメンテナンス・コストの上昇分は、通常船の乗員コストよりも低いとしている。
 しかし、欧州での高速船運航航路は489kmよりも短いことが多く、重油よりも1.5倍以上高価なディーゼル・オイルを使用する高速船にとっては、量近の燃料コストの急騰により、通常船と比較した場合のコスト効果は大幅に低くなる。欧州の高速船の多くが冬季には運休するのは、このような理由によると考えられる。


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