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2)NGOフィールドワーク
 まずコーディネーターの穴田久美子さん、NGO代表のMrs. Balberoより、団体の活動、施設の概要等について説明があった。
 
 代表のMrs. Balberoは、会計士をされていた時に事務所をストリートの子供達を一時的に保護する場所として解放していたが、ふと気付くと机の上にも下にも子供達が寝ているというような、子供達が溢れかえる状況であった。そこで、1988年に本格的なNGO活動の母体として、KANLUNGANを立ち上げることとなったとのことであった。当初、3人のボランティアスタッフでスタートした活動も現在では29人のスタッフを擁するまでに成長した。
 活動の柱である(1)education(2)after care(3)advocacy(4)skills trainingのプログラムを実行する施設として、現在KANLUNGANでは、シェルターと呼ばれるストリートチルドレンのための一時保護施設、デイタイムサービスを行う施設、学校に通う子供達のためのLagunaの寮、アフターケアを行う施設の4つのセンターを運営している。子供達のために行っている具体的な取組みは、(1)healing(2)therapy(3)development talent(4)preventionの4つである。ストリートの子供達との最初の接触は、施設経験者の先輩やソーシャルワーカーが出向いていって、ちょっとした身体のケアをしてあげることから始まる。人の心の傷をいやすのに1つのバンドエイドがきっかけになることもあるとのことであった。そのような意味においては、(1)、(2)が出発点となっている。また、(3)に関しては、美術、音楽や刺繍、キャンドル作成など職業訓練のような形で行っている。(4)は、同施設に入所する子供達は、虐待、特に性的虐待を受けている子供達も少なくなく、精神面でのケアとともに、深刻なケースでは、積極的に被害児童と家族の間に介入したり、加害者を訴えるなど、子供達が自分自身を守るためのサポートをしている。ただ、これに関しては、子供達と虐待する家族との関係はどうしても断ち切れるものではなく、家族のもとに戻って虐待が再発するという例もあり、なかなか難しいケースも散見されるとのことであった。こうした活動を支えるスタッフは、教師、ソーシャルワーカー、house parent、professional health worker、心理学者、精神医学者などで構成されている。
 
 引き続き、ソーシャルワーカーの方から一人ずつ実際に活動をする中での感想等を伺い、さらに、かつてストリートチルドレンだったり、虐待をされたりして、施設に引き取られた子供達(現在は17才から20才)から、施設に入った経緯や施設での生活、将来の夢などについて語ってもらった。皆、施設によって救われ、学習のチャンスを与えられたことに感謝しており、看護師や会計士、電気技師になるべく勉強に励んでおり、かつての辛い経験を乗り越えて、自分の夢に向かって邁進している様が非常に印象的であった。また、将来施設のために貢献したいという子供も少なくなく、彼等が施設を支える新たな担い手となるといった良い循環が生まれつつあるようであった。
 人間は夢があれば輝けるし、逆に夢が持てない状況というのがいかに不幸なことかということを深く考えさせられた。
 
 説明を受けた後、かつてスモキーマウンテンと呼ばれていたゴミ集積場の周辺地区を視察した。現在でもゴミを拾いながら生計を立てている人達はおり、新たなストリートチルドレンが生まれる下地の大きさを象徴するような光景であった。その後、マニラ市内にあるKANLUNGANのシェルターを訪問した。ストリートの子供達を一時的に保護したり、支援することを目的とした同施設は、マニラでもジプニーがひしめく通りから細い路地を一本入ったところにひっそりと佇んでいる。施設に入るや否や元気な子供達の熱烈な歓迎を受けた。小学生くらいの子供達が自ら作詞した歌に合わせて、ダンスを踊ってくれた。後に、穴田さんから、子供達が楽しそうに踊っているこのアップテンポな曲が、自分達の生い立ちや現在の窮状を訴える歌詞であることを聞かされて、皆複雑な気持ちになった。
 その後、10代の子供達のヒップホップダンスの披露があった。スタッフの話によるとダンスはビデオ等を見ながら自己流で練習しており、定期的に外で発表会をやっているとのことであった。その後メンバー達もダンスに参加し、皆入り交じって興奮のるつぼと化したのであった。
 
 施設の内部を見学させていただいた。House parentの方が食事を準備しているところを見学し、Mrs. Balberoの執務室にて子供達の活動について説明を受けた。毎年1回子供達を岡山に招いてコンサートを行うSinging Angelというプロジェクトに参加しているという話や、逆に日本から某有名アーティストの訪問を受けたという話があり、その時の写真などを見せていただいた。
 その後、子供達との別れを惜しんで施設を後にした。最後まで笑顔で手を振り見送ってくれる子供達の屈託のない表情は感慨深いものであった。 (文責:飛永、福永)
 
かつて子供達が寝泊りしたというスタジアムにて
 
KANLUNGAN Centerにて子供達と
 
8月7日 今日の一言
岡田:NGOに保護されたフィリピンのストリートチルドレンたちが、生き生きと自分たちの夢を語るのを聞いた。『子供の笑顔はその国の未来』、日本の子どもたちの笑顔も増やしていきたい。そんなことができる道を選んでいこう。
金子:子供達と遊ぶ為の道具をたくさん持って来たけれど、私達はすごく楽しい時間を過ごすことが出来たけれど、私達が何か影響を与えることが出来たのだろうか?・・・そもそも影響を与えられると思うことがおごりなのかな。
貞方:NGOに援助され、ストリートチルドレンから大学生へと生活スタイルを変えた女の子たちと一日をともにできた。家族を支えるために海外に働きに行きたいことを聞いた。フィリピンのためにフィリピンの人が自分の国で働けるようにするにはどうしたらいいのだろうか。
:Barua先生の午前中のオリエンテーションでは自分が感じていたことを再確認できた気がした。KANLUNGANのホームでは元気に見えるたくさんの子供達に会った。自分が子供好きなのをこちらもまた再確認。自分がやりたいことの確認尽くめの一日だった。充実。
飛永:施設の子供達を見ると自分の子供とダブって何とも居畳まれなくなる。子供達とはしゃいだり写真を撮ったりという雰囲気にどうしても乗り切れず、周囲に取り残されてしまった。でも、子供達のダンスを見たら血が騒いで思わず乱入してしまった。オレはダンスも子供達も大好きなんだっ!
福永:KANLUNGANの子供たちは明るく、前向きに生きていました。とはいえ、このような施設を必要としている子供たちはまだまだたくさんいる。そのことが問題だ。
今井:Barua先生のお話はとても説得力があり納得の連続だった。土台のしっかりした人になりたいと感じた。スラム街の子供たちと交流でき貴重な体験ができた。バスで15分くらいの距離なのになぜこんなに貧富の差があるのか。
関谷:Barua先生の「人間として人間の世話をする」という言葉の重みを感じました。先生から学んだことはずっと心に留めておきます。スモーキーマウンテンでゴミを拾う子どももいる一方で、ショッピングモールで優雅に買い物をする人もいます。KANLUNGANにいる子どもたちの笑顔の奥にある悲しい現実にも目を背けずにいようと思いました。
筒井:貧富の差。あまりにもあからさますぎて言葉を失います。でも、子供たちのパワーはもの凄く、サウナのような部屋で、なかば酸欠気味になりながら遊びました。そしてコラーゲン。一年分くらい食べました。明日はお肌つるつる?!・・・になってたらいいなぁ。
船橋:貧困地域、高級ホテル、アヤラ・センター、イントラムロス。マニラの貧と富、今と昔を駆け抜ける1日だった。KANLUNGANの子供たちのパワーに圧倒された。
赤木:KANLUNGANの子供達が熱く迎えてくれて嬉しかったが、物をねだる子を見て、卑屈になってもらいたくないと思った。
城下:グスト〜?:KANLUNGANのラフィとゆびさし会話帳でタガログ語会話を試みたが、やはり難しい。最終的にはひたすら好きなものを聞いていくのみだった。まぁこれも会話か?(訳 〜は好き?)
平野:Barua先生の講演で、先生がみずから道を切り開いていった生き方に感銘した。自分もみずから道を切り開いていこうと思った。
鈴木:近代的な高層ビルに高級外車、眼下に見えるスラム街。皆の笑顔は変わらないけれど、幸せっていったいなんだろう?自分に何ができるのか、何から始めたらいいのかな?


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