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5. 実験結果との比較
5.1 疲労寿命及び疲労き裂伝播挙動に関する検討
 単位外力振幅と残留応力の双方に対する等価分布応力と,Fig. 2に一例を示した実験時の荷重履歴をFLARPに入力して疲労き裂成長曲線を推定した。ただし,実験においてき裂長さが40mmを超えたときには,変位が大きくなり試験機の制御が不能となったため実験を打ち切っており,FLARPによる寿命予測もき裂長さが40mmに達した時点で終了した。Fig. 12に,実験結果とシミュレーション結果の比較を示す。なお,case1,2とも2体の実験を行っており,Fig. 12には両者の結果を示している。Fig. 12よりFLARPによる推定結果は,case1,2の双方の最終寿命に関して良好な結果を与えていることが分かる。
 疲労き裂伝播挙動に関しては,case1の実験結果の1体(図中の白丸:○印)と推定結果は非常に良く一致している。一方,case1の他方の実験結果(黒丸:●印)及びcase2の2体(白三角:△印,黒三角:▲印)では,き裂長さが10mm以下の段階で,実験結果と推定結果に伝播挙動の違いが現れている。case1の1体(●印)及びcase2の2体(△,▲印)の実験結果は,推定結果と伝播挙動の違いが現れた区間で不連続なき裂成長を呈しており,この区間で何らかの原因により伝播挙動が変化したと考えられる。試験片の破面写真が廃却されているためこの原因を確定することは困難であるが,試験片の目視観察により,溶接による継手部の目違い,余盛形状の不均一,継手部における角変形などの初期不整を確認している。これらの初期不整は,疲労き裂発生領域である溶接止端部の板厚方向に応力勾配を生じさせる原因になることから,初期不整により溶接止端部の一つの角部からコーナークラックが発生し,試験片表裏面のどちらか一方を選択的に伝播した可能性が考えられる。ここでは初期不整として溶接の目違いに着目し,目違いにより面外方向の誘起曲げが生じていた可能性を検証する。
 
Fig. 12  Comparison of experimental crack growth curves and calculated ones by FLARP
 
5.2 目違いを考慮した疲労き裂発生・成長挙動
 上記の可能性を検証するため,溶接継手部に1mmの目違いが生じていたと仮定して,疲労き裂発生・成長解析を実施した。FEMによる応力解析結果より,止端部近傍の応力分布を最大応力で無次元化したものをFig. 13に示す。Fig. 13に示すように,溶接止端部近傍の応力分布はき裂深さ方向(x方向)に加え,試験片板厚方向であるき裂幅方向(z方向)にも大きく変化している。しかしながら,現時点でのアスペクト比変化推定式はき裂幅方向の応力分布の影響を考慮できておらず,加えてコーナークラックが発生するような状況下を前提としていないので,適切なアスペクト比変化を設定することは困難である。
 
Fig. 13  Dimensionless stress distribution near the weld toe under condition of unevenness
 
 そこで,case1,2に対して仮想的なアスペクト比変化を設定して疲労寿命予測を行った。一例として,Fig. 14に示すような,き裂深さ6mmの時点で貫通き裂となるアスペクト比変化を設定した。Fig. 14のアスペクト比変化と目違いを考慮した場合の応力分布から,き裂長さと応力拡大係数の関係(Fig. 15),等価分布応力を求め,FLARPによる疲労き裂成長シミュレーションを行った。その結果をFig. 16に示す。実線,磁湶の細線が目違いを考慮していない推定結果(Fig. 12)を,実線,破線の太線が目違いを考慮した推定結果を表している。Fig. 16中の目違いを考慮した場合の推定結果は,き裂長さが6mmの時点で伝播傾向が変化しているが,これは,Fig. 14のようなアスペクト比変化の下では,Fig. 15中の拡大図(き裂長さが小さい場合)に示すように,き裂長さ6mmで表面き裂から貫通き裂に移行する際に応力拡大係数が不連続に大きく増加し,その結果き裂伝播挙動が変化したためである。
 
Fig. 14 Case of given change of the aspect ratio
 
Fig. 15  Relationship between crack length and SIF under condition of unevenness
 
Fig. 16  N-a curve under the assumption that a quarter-elliptical crack is generated
 
 Fig. 16の推定結果は,case1に関しては最終的な疲労寿命に相違を生じているが,き裂長さ10mm以降の伝播挙動は実験結果の●印により近い傾向を示している。case2に関してはFig. 12に比べ実験結果により近い結果となった。case1の最終的な疲労寿命推定結果と実験結果に相違は見られるものの,表面き裂から貫通き裂に遷移した後(実験結果,推定結果ともに伝播傾向が大きく変化した後)の伝播挙動は両者ともほぼ同じ傾向を示している。したがって,表面き裂段階におけるき裂成長挙動の推定精度が向上すれば,き裂発生から最終寿命に至るまでの連続的なき裂成長を,より定量的に推定できると期待される。
 Fig. 16に示した●印と太実線を比較すると,表面き裂形状の変化がFig. 14に示したものと比べてより扁平な挙動を示せば,き裂最深部における応力拡大係数の増加も大きくなり,この結果として深さ方向への成長も早くなるため,●印と太実線の挙動はより一致するものと考えられる。この事は,case2の△印及び▲印と太破線の比較についても同様である。なお,case1の実験結果と推定結果の最終寿命の差がcase2のそれより大きく見えるが,case1,2ともに最終寿命の差異は約10%であり,case1の作用応力範囲が小さいために疲労寿命が相対的に長く,同一スケールでき裂成長曲線をプロットした結果,相対的に差異が大きく表現されたためである。
 上記のように,目違いなどによる誘起面外曲げが作用しない状態において推定された疲労き裂成長曲線は,試験片4体中の1体ではあるが,実験で得られた疲労き裂成長曲線と,き裂発生から最終き裂長さまでの全区間に関して非常に良く一致している。一方,誘起面外曲げを考慮した場合では,疲労き裂が発生した直後のき裂成長(き裂長さが10mm以下の区間)も表面き裂のアスペクト比変化を適切に設定することで定量的に推定できることが期待される。したがって,目違いなどに代表される初期不整による誘起面外曲げ応力を考慮し,さらにその応力分布下における等価表面き裂のアスペクト比変化のデータベースを構築することで,実際の構造における疲労き裂成長を,初期き裂の存在を仮定することなくFLARPを用いて妥当に解析できることが期待される。
 目違いを考慮した場合の推定結果は,アスペクト比をFig. 14のように与えたものであるが,実倒構造物に存在する疲労き裂の多くは表面き裂状欠陥であること,全寿命に対して表面き裂状態における寿命の割合が大きいことを考慮すると,種々の条件下におけるアスペクト比(表面き裂形状)変化を精度良く与えることが必要である。
 
6. 結論
 通常の耐疲労設計ではS-N曲線を基にしていることなどから,定量的な疲労寿命予測への適用には解決すべき問題が残されている。また,実鋼構造物は溶接止端や構造的応力集中部などであれば,健全部(初期欠陥が存在しない討立)であっても疲労き裂が発生・成長する。
 本研究では,橋梁等で多用されている面内ガセット継手を対象に,著者らが開発した疲労き裂成長シミュレーションコードFLARPによる疲労寿命評価を行い,実験結果と比較することで,初期欠陥の存在無しに疲労き裂の発生・成長挙動を定量的に推定できることを確認した。
 今後,より高精度な寿命評価を行うためには,任意応力場における疲労表面き裂のアスペクト比変化推定式の確立が必要である。また,実機の寿命評価に際しては,目違いなどの初期不整による誘起面外曲げ応力を考慮して疲労寿命評価を行う必要もあると考えられる。
 
謝辞
 本研究は,科学研究費基盤研究(B)(課題番号16360440)並びに造船洋術研究推進機構の研究助成により実施されたものであり,関係各位に御礼申し上げます。
 
参考文献
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3) M. Toyosada, K. Gotoh and T. Niwa: Fatigue life assessment for welded structures without initial defects; an algorithm for predicting fatigue crack growth from a sound site, International Journal of Fatigue, Vol.26, No.9, 2004, pp.993-1002
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10)片泰治, 村田征一郎, 立石勝, 豊貞雅宏, 岡本太郎, 藤原裕彦, 三輪茂, 金沢武:破壊管理制御設計手法の一提案, 日本造船洋会論文集, Vol.149, 1981, pp.174-194
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