4. 面内ガセット継手の疲労き裂発生・成長予測
著者らが提案している疲労寿命評価の流れをFig. 3に示す。以下では,Fig. 3のフローチャートに従い,面内ガセット継手の疲労き裂発生・成長評価手法を説明する。
Fig. 3 |
Flow chart of fatigue crack growth simulation by FLARP |
4.1 単位外力振幅に対する応力解析
Fig. 4に示すFEMモデル(最小メッシュ寸法0.5mm)を作成し,この主板上面に一様な単位外力振幅を負荷し,弾性FEM解析により試験片内に生じる応力分布を求めた。FEM解析を行うにあたり,ガセット止端から主板全体を疲労き裂が伝播することを考慮するために1/2のモデルとし,汎用解析コードMSC. NASTRAN 2004を用いた。解析対象に静荷重が作用しており,これが変動する場合(例えば船舶における貨物積載量が変化する場合等)は,各々の状態での応力分布を求める必要があるが,今回の解析では考慮する必要はない。
Fig. 4 Finite element subdivisions
4.2 溶接残留応力の推定
鋼構造物の疲労き裂の発生は溶接止端部を起点として発生する場合が多く,この領域には溶接により,軟鋼および500MPa級高張力鋼では降伏点レベルに達する引張残留応力が生じ,これが原因で疲労寿命が低下すると考えられる。一方,疲労き裂が圧縮残留応力場を進展する場合には,その伝播速度が低下するので疲労寿命は上昇する。したがって疲労寿命を定量的に推定するには,溶接残留応力分布を精度良く与える必要がある。
本研究では,固有応力7)を用いた弾性FEM解祈により溶接残留応力を推定した。なお,解析に際しては固有応力をひずみの形に変換してFEMに入力した。
面内ガセット継手では,主板とガセットの大きさが異なることや,突合せ溶接に加えてガセット端部で仕上げ溶接が行われることを考慮して,以下のように固有応力分布を与えた。
突合せ溶接により生じる固有応力σIaは,溶接線長さの影響を考慮する必要がある場合,次式8)で与えられる。
ただし,α=1.942,β=1.357,γ=0.16,λ=1.788であり,Tは板厚である。tは溶接ビードに沿った座標系(0≦t≦L),X(t)及びY(t)は表面上の溶接線の座標である。Qは入熱量であり,試験片製作時に採用したTable 1に示す溶接条件より与えられる。
Fig. 5 |
The regions which different inherent stress distributions are applied |
Table 1 Welding conditions (CO2 welding)
Current [A] |
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120 |
Voltage [V] |
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32 |
Travel speed [cm/min] |
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25.9 |
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仕上げ溶接部はT継手の断面と近似して,これにより生じる固有応力σIbを次式で与えた。
σIb(x,y,z)=ασY exp(-π(x'/B)2)f(|y'|:T) (6)
ただし,(x', y')は溶接ビード重心を原点(Fig. 5中のO')としたときのx, y座標の値である。また,このときのλの値は2.195を用いる9)。
ここで,Fig. 5に示すように,面内ガセット継手を(I),(II),(III)の領域に分けて,それぞれの領域に対する固有応力分布を以下のように与える。なお,複数の溶接が行われる場合の固有応力の与え方については,各々の溶接により生じた固有応力の最大値が保存されるとした9)。
領域(I)(II)突合せ溶接と仕上げ溶接の両者が行われたとして,それぞれの溶接により生じる固有応力の最大値が保存されると考える。
領域(III)Fig. 5に破線で示すように,この領域の溶接線(延長線)に関する対称部を仮想することで,(I)(II)の場合と同様にして突合せ溶接に起因する固有応力を計算できるが,破線部が存在しないので入熱に関して鏡像効果を考慮する。この結果と仕上げ溶接分の固有応力のうちの最大値が保存されると考える。
上記手法による溶接残留応力推定結果と,弛緩法による測定結果を比較したものをFig. 6に示す。Fig. 6は,溶接止端部から5mm上方の,主板内の溶接線方向と溶接線垂直方向の残留応力についての結果であり,推定値と計測値は良好な一致を示していることから,上述の手法により試験片内の残留応力分布が推定できることが分かる。
Fig. 6 |
Comparison of experimental and estimated residual stresses by FEM with the inherent stress method |
4.3 き裂伝播経路の設定と伝播経路に沿った応力分布の抽出
疲労き裂伝播経路は,単位外力振幅下における最大主応力方向に垂直に伝播するように設定した10)。推定されたき裂伝播経路をFig. 7に示す。疲労き裂は溶接止端部から発生して,若干主板方向に湾曲した後に主板内を載荷方向に垂直に伝播すると推定された。実験でのき裂伝播経路と定量的に比較していないが,定性的にはほぼ一致していると考えられる。なお,き裂が進展することで境界条件が変化するような,相対的に大きなき裂となった場合には,Δσθクライテリオン11)などにより経路を設定する必要がある。
き裂伝播経路を設定した後,き裂発生点を含む伝播経路に沿う溶接止端部近傍の応力分布を求める必要があるが,FEM解析で溶接止端部の応力分布を詳細に与えるためには非常に細かい要素分割が必要となる。この煩雑さを避けるために,Glinkaによる応力集中場(円弧型切欠底近傍)の応力分布式12)とFEM解析結果を結合して,単位外力振幅に対する止端部近傍の応力分布を与えた。なお,この応力分布式では切欠半径(本解析では溶接止端半径)を与える必要があるが,事前に印象材を用いて計測した結果(平均止端半径約1.5mm)を用いた。
溶接残留応力についても,単位外力振幅の場合と同様に疲労き裂伝播経路に垂直な応力成分を求めた。推定された単位外力振幅に対する応力分布,溶接残留応力分布をFig. 8に示す。Fig. 8において溶接止端部近傍の残留応力分布が一日上昇しているが,これは残留応力と単位外力振幅による応力の主軸方向が異なるためである。
Fig. 7 |
Supposed fatigue crack growth path on the specimen |
Fig. 8 |
Stress distributions along the supposed crack path |
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