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5. 油流出量低減効果
 本章では、緩衝型船首構造の効果を、油流出量期待値という指標を用いて比較検証する。ここでいう油流出量期待値とは、「満載ダブルハルVLCCが、一旦衝突された場合に流出する油の量を確率論を基にして推定した期待値」を指す。
5.1 確率論的油流出量の推定法
 満載VLCCが、ある特定の船種iに一旦衝突された場合に、流出する貨油量Siを次式により推定する。
 
Si=Σprob{衝突条件}×G{各条件における油流出量}  (8)
 
 衝突条件の確率密度(PDF)を以下の各事象のPDFの結合により表す。
fVB: 衝突船の衝突時前進速度のPDF
fVA: 被衝突船の衝突時前進速度のPDF
fθ: 衝突角度のPDF
fx/L: 被衝突船の被衝突位置(縦方向)のPDF
fload: 衝突船の載荷状態(満載orバラスト)のPDF
 
 衝突されたVLCCが内殻破断した場合に流出する油の量は、破断位置や破口の大きさによらず一律に21,200m3(船体中央部の外側1タンクの貨油全量)と仮定した。
 事故事例を参照して、衝突船の速度(fVB)及び衝突角度(fθ)については一様な確率密度を仮定した。ただし、速度の上限については、VLCCの場合は16kt、コンテナ船の場合は21ktとした。
 被衝突船の前進速度(fVA)については、VLCCの外洋航行中及び速度制限海域航行中を想定し、避航操作による減速も考慮して、15, 12, 9ktの3種類の速度で代表させた。各事象の発生確率はそれぞれ1/3と仮定した。
 被衝突船の被衝突位置(fx/L)については、船長に沿って、一様分布を仮定した。ただし、この事象に関しては、他の事象とは独立に油流出量低減係数として評価した。すなわち、被衝突位置が船体中央部からずれることによる損傷軽減を考慮して、これを油流出量Gの低減係数(=0.72)としてあらゆる場合に対して一律に適用した。
 衝突船の載荷状態(fload)については、満載状態及びバラスト状態をそれぞれ1/2と想定した。
5.2 各事象における油流出有無の判定法
 船体中央部に衝突された場合の油流出(=内殻破断)の有無を、Table. 3のような衝突速度VBと衝突角度θのマップで示す。このマップにおける衝突速度及び衝突角度の区分は上述の確率密度関数に対応している。マップ上の記号の意味は次に示す通りである。
3: VA=15,12,9ktで油流出
2A: VA=15,12ktで油流出
2B: VA=12,9ktで油流出
1A: VA=15ktでのみ油流出
1B: VA=9ktでのみ油流出
 
 第4章で求めた限界角度の情報を参照すれば、衝突船の速度がV15(VB=15kt)、被衝突船の速度が9ktの場合についてのみ流出(内殻破断)の有無が特定できることになるが、限界関数を援用することにより、他の場合についても判定が可能となる。
5.3 衝突船別の油流出量期待値
 対象とした総ての衝突船について、Table 3のような油流出マップを作成した。このマップを基にして、油流出量期待値Siを算定した結果をTable 4に示す。
 対象とした総ての衝突船の中で、コンテナ船が最も広範囲の衝突角度で油流出を発生させ、油流出量期待値も最大である。次に尖鋭形状バルブを有するVLCC(B6)が危険である。緩衝型扁平形状バルブを有するB4Tの場合には、扁平なバルブ形状の有利さと緩衝型設計の相乗効果により油流出の危険は顕著に低減していることが分かる。B4Tが衝突して油流出に至るような事故は、衝突速度17kt超にならないと発生しないと推定された。
 
Table 3(a)  Map for oil outflow condition in CASE A15-B6L [Ballast].
Oil Spill Map
A15-B6L(B)
θ (Striking Angle)
65 70 75 80 85 90 95 100 105 110 115 120 125 130 135
VB v10 1A 1A 1A
v11 3 3 3 2A 2A 1A
v12 1B 3 3 3 3 3 1A
v13 1B 3 3 3 3 3 3 2A 1A
v14 1B 3 3 3 3 3 3 3 3 1A
v15 18 3 3 3 3 3 3 3 3 3 2A
v16 1B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 1A
Flow=1197
 
Table 3(b)  Map for oil outflow condition in CASE A15-B6T [Ballast].
Oil Spill Map
A15-B6T(B)
θ (Striking Angle)
65 70 75 80 85 90 95 100 105 110 115 120 125 130 135
VB v11 1A 1A
v12 1A 2A 2A
v13 2A 3 3 2A 1A
v14 1B 3 3 3 3 2A
v15 1B 3 3 3 3 3 2A 1A
v16 1B 3 3 3 3 3 3 3 1A
G2=623
 
Table 3(c)  Map for oil outflow condition in CASE Al5-B4L [Ballast].
Oil Spill Map
A15-B4L(B)
θ (Striking Angle)
65 70 75 80 85 90 95 100 105 110 115 120 125 130 135
VB v11 1B 1B 2A 1A 1A
v12 1B 3 3 3 3 2A 1A
v13 1B 3 3 3 3 3 3 1A
v14 1B 3 3 3 3 3 3 3 2A 1A
v15 1B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 1A
v16 1B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 2A
Flow=1072
 
Table 3(d)  Map for oil outflow condition in CASE A15-B5T.
Oil Spill Map
A15-B5T(B)
θ (Striking Angle)
40 45 50 55 60 65 70 75 80 85 90 95 100 105 110 115 120 125 130 135 140
VB v08 1A 1A
v09 1A 1A 1A 1A 1A
v10 1A 3 3 3 2A 1A 1A
v11 1A 3 3 3 3 3 2A 1A
v12 3 3 3 3 3 3 3 3 2A
v13 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 1A
v14 1B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 2A
v15 1B 1B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 2A
v16 1B 1B 1B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 1A
v17 1B 1B 2B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 1A
v18 1B 2B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 2A
v19 1B 2B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3
v20 1B 2B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 1A
v21 2B 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 1A
Flow=3077
 
Table 4 
Mean oil outflow for the individual striking ship types.
ID of Striking Ship Loading Condition Critical Angle
θcr (deg)
Oil Outflow (m3) Mean Oil Outflow
Si (m3)
B6L Ballast 80-129 1197 1089
Laden 68-124 981
B6T Ballast 98-129 623 528
Laden 99-125 432
B4L Ballast 78-127 1072 815
Laden 79-113 557
B4T Ballast no 0 0
Laden no 0
B5L Ballast 40-131 3308 3308
B5T Ballast 40-129 3077 3077
 
5.4 危険船総てに対する油流出量期待値
 D/H VLCCにとって潜在的脅威となる衝突船としてVLCC及び大型コンテナ船を想定した。VLCCと遭遇する確率の高いこれ以外の大型船としては、Aframax.級タンカーが考えられるが、FEMシミュレーション解析を試行した結果によれば、この船が衝突してVLCCの内殻を破断する確率は極めて小さいことが判明したので、対象からはずした。
 世界中に就航しているこれら危険船の総数(2000年現在)を参照して、衝突事故遭遇確率をそれぞれの隻数に比例するものと仮定した(Table 5参照)。全VLCCを、尖鋭形状バルブを有するB6同等船と扁平形状バルブを有するB4同等船のどちらかに分類した。大型コンテナ船として4,000TEU以上を採り上げてこれを便宜上B5同等船と見なした。
 これら危険船総てを対象として「一旦衝突した場合の油流出量期待値(Sall)」を推算した結果について、標準型船首を採用した場合(Standard Bow)と緩衝型船首を採用した場合(Buffer Bow)とを比較してTable 5に示す。緩衝型船首を採用すれば、油流出量期待値が約23%低減すると予想される。ただし、衝突船をVLCCに限った場合には、油流出量期待値が約78%低減することが期待できる。
 
Table 5  Mean oil outflow for all the dangerous ship types.
Striking Ship Mean Oil Outflow
Si, Sall (m3)
Ship Type Number Ratio Standard Bow Buffer Bow
VLCC (Sharp) 162 19% 1089 528
VLCC (Blunt) 264 31% 815 0
Container 4235 0% 3308 3077
Total 849 100% 2109 1634
 
6. 結言
 本論文に示した緩衝型船首設計要件によれば、環境外力等に対して従来と同等の安全を保持しながら、特別な装置や補強を要する事無く、従来の設計の延長線上で設計が可能である。
 緩衝型船首の設計要件の内で、バルブ外板板厚の最小化、横肋骨方式の採用については十分な効果が確認された。これらの設計要件の採用は対費用効果の観点からも大いに有効性が高いといえる。
 尖鋭な外形を有する船首バルブを採用すると、油流出リスクが増大することが定量的に明らかになった。推進性能上の設計要件からの制約があるものの、できるだけ尖鋭形状バルブの採用を避けるべきである。
 本論文では、代表被衝突船としてVLCCを採り上げたが、これより小さな被衝突船を想定した場合には、自船よりも大きな船に衝突される危険性がある。このような場合に緩衝型船首構造がどの程度有効であるのかは未検討であり今後の課題である。
 
謝辞
 本研究は国土交通省技術研究開発委託費(海事局)により実施された。また、外部有識者による検討委員会が設置されて、委員各位から本研究遂行に関して貴重な助言を受けた。関係各位に謝意を表する。
 
参考文献
1) Cheung L.: "A Soft Bow for Ships", European Shipbuilding, No.3, 1969, pp.52-53.
2)造船業基盤整備事業協会:環境保全技術研究開発成果報告会、1997,1998報告書.
3)日本造船研究協会:タンカーの油流出量低減対策に関する調査研究、RR76成果報告書、平成13年3月.
4) Kitamura O.: Buffer Bow Design for the Improved Safety of Ships. SSC/SNAME/ASNE Symposium, 2000.
5)遠藤久芳, 山田安平:緩衝型船首構造の耐衝突性能(第1報 簡略モデルの崩壊強度), 日本造船学会論文集, 第189号, 2001, pp.209-217.
6) Endo H. et.al.: Model test on the collapse strength of the buffer bow structures, Marine Structures, Vo15, 2002, pp.365-381.
7) Endo H., Yamada Y. and Kawano H.: Verification on the effectiveness of buffer bow structures through FEM simulation, Proc. of 3rd International Conf. on Collision and Grounding (ICCGS2004), 2004, pp.151-159.
8) Yamada Y. and Endo H.: Collapse strength of the bulbous bow structure in oblique collision, Proc. of 3rd International Conf. on Collision and Grounding (ICCGS2004), 2004, pp.151-159.
9) SSC-1400 Draft Report: Modeling structural damage in ship collision. SSC (Ship Structure Committee), 2002, pp.135-141.


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