日本財団 図書館


5. 幅広試験片の引張強度評価
 本章では、前章で説明した模擬腐食ピットを設けた幅広試験片を用いた引張試験結果及び過去に実施した幅広試験片を用いた引張試験結果を、第3章で提案した評価式により評価した結果について述べる。
 Fig. 11の前章で説明した幅広試験片を用いた引張試験結果に、腐食ピットが発生している部材の引張強度評価式を合わせてプロットした、この図において、白抜きシンボル(○△▽, 実験結果)と実線(評価式)の比較、黒塗りシンボル(●▲▼, 実験結果)と破線(評価式)の比較から分かるように、ピット直径が一定の場合には、実験データが評価式のラインの上側にきており、本評価式により安全側の評価が可能である。
 異なる直径のピットが混在する場合(×+)、その平均直径はいずれの試験片でもその平均直径は約15mmである。その実験データは、評価式で直径D=15mmとした場合のライン(実線)よりもわずかに下側にきており、異なる直径のピットが混在する場合の平均直径を用いた本評価式による評価は若干危険側となることが分かる。この場合、ピット直径の最大値は20mmであるが、評価式で直径D=20mmとした場合のライン(破線)の上側にきており、ピット直径を最大値で評価すると安全側の評価となることが分かる。また、式(2)中のピット直径Dを異なる直径のピットが混在する場合のピットの等価直径Dcと置き換えて変形した下式から計算されるピットの等価直径Dcは、約16.5mmである。
 
 
 これは、最大ピット直径(20mm)の約83%に対応する。Fig. 11中にD=16.5mmとした場合の評価式のラインを示すが、異なる直径のピットが混在する場合(×+)のデータと良く一致している。
 さらに、過去に実施した模擬腐食ピット(直径20, 30あるいは40mm, 直径:深さ=8:1)を設けた幅広試験片(板厚10mm, 幅240mm, G.L: 400mm)を用いた引張試験結果に上記の評価式の適用を試みる。実験結果の詳細については、文献[2],[4]を参照されたい。Fig. 14に試験片の幅240mm×長さ200mmの領域に設けた模擬腐食ピットの分布例を示す。また、Fig. 5に、公称引張強度とピット面積率の関係を示す。この図には、引張強度評価式による公称引張強度の予測結果を合わせてプロットしてある。この図において、黒塗りシンボル(●, 実験結果)と実線(評価式)の比較から分かるように、ピット直径が一定の場合には実験データが評価式の上側にきており、本評価式により安全側の評価が可能である。
 異なる直径のピットが混在する場合(○)、その平均直径はいずれの試験片でもその平均直径は約25.6mmである。その実験データは、評価式で直径D=25.6mmとした場合のライン(破線)よりも下側にきており、平均直径を用いた本評価式による評価は危険側となることが分かる。また、この場合、ピット直径の最大値は40mmであるが、評価式で直径D=40mmとした場合のライン(一点鎖線)の上側にきており、ピット直径を最大値で評価すると安全側の評価となることが分かる。なお、この場合、式(5)から計算されるピットの等価直径は30〜32mmである。これは、最大ピット直径(40mm)の75〜80%に対応する。
 以上のことから、小型引張試験片を用いた引張試験結果をもとに提案した腐食ピットが発生している部材の引張強度評価式によって、幅広試験片の引張強度も安全側の評価が可能であることが分かった。実際の部材では、異なる直径のピットがランダムに分布すると考えられる。そのような場合に、本評価式を適用するには、評価式中のDの値(ピット直径)をどうとればよいか、今後、さらに検討していく必要がある。
 
Fig. 14  Examples of pit distribution in wide tensile test specimens (t0=10mm)
 
Fig. 15  Relationship between nominal tensile strength and DOP in wide tensile test specimens (t0=10mm)
 
6. 結言
 本研究は、石炭と鉄鉱石を運搬するばら積み貨物船の円錐形の腐食ピットが発生している構造部材の局部強度の評価法確立を目的として実施している、本報では、円錐形の模擬腐食ピットを設けた小型試験片を用いた引張試験結果に基づき、式(2)で表される引張強度評価式を提案した。本評価式は、検査の際の利便性を考慮し、引張強度をピット面積率、ピット直径及び部材の腐食前の板厚の関数で表したものである。
 
 
 本評価式により、模擬腐食ピットを設けた小型引張試験片を用いた引張試験結果における公称引張強度を良い精度で予測可能である。また、ピット直径が一定の場合には、倉内肋骨ウェブと同様な幅厚比を有する幅広試験片の引張強度についても、本評価式によって、安全側の評価が司能である。
 なお、本評価式は、模擬腐食ピットを規則的に分布させた小型試験片を用いた引張試験結果に基づいたものである。実部材においては、異なる直径の腐食ピットがランダムに分布する。このことを考えると、実際の腐食ピットの発生状況と残存強度の関係を考慮した合理的な切替え基準検討のための基礎データとするには、実部材のように異なる直径のピットがランダムに分布する場合に、評価式中のD(ピット直径)の値をどうとればよいか、今後、さらに検討していく必要がある。
 
参考文献
1)藤久保昌彦:最終強度に関する研究動向, TECHNO MARINE日本造船学会誌, 第882号(2004), pp.743-746
2) T. Nakai, H. Matsushita, N. Yamamoto and H. Arai: Effect of pitting corrosion on local strength of hold frames of bulk carriers (1st report), Marine Structures, 17(2004), .403-432
3)松下久雄, 中井達郎, 山本規雄, 荒井宏範:船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第1報)―実部材での腐食ピット影響調査―, 日本造船学会論文集, 第192号(2002), pp.357-365
4)中井達郎, 松下久雄, 山本規雄. 荒井宏範:船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第2報)―人工ピット材を用いた強度調査―, 日本造船学会論文集第195号(2004), pp.221-231
5) T. Nakai, H. Matsushita and N. Yamamoto: Pitting corrosion and its influence on local streength of hull structural members, Proceedings of 24th International Conference on Offshore Mechanics and Arctic Engineering, ASME, OMAE2005-67025 (2005)
6) T. Nakai. H. Matsushita and N. Yamamoto: Effect of pitting corrosion on local strength of hold frames of bulk carriers (2nd report) -Lateral-distortional buckling and local face buckling, Marine Structures, 17(2004), pp.612-641
7)中井達郎, 松下久雄, 山本規雄:船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第3報)―模擬腐食ピットを有する構造モデルを用いた4点曲げ試験―, 日本造船学会論文集, 第195号(2004), pp.233-242
8)中井達郎, 松下久雄, 山本規雄:船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第4報)―横倒れ座屈強度に及ぼす腐食ピットの影響―, 日本造船学会論文集, 第196号(2004), pp.151-159
9)中井達郎, 松下久雄, 山本規雄:船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第5報)―局部座屈強度に及ぼす腐食ピットの影響―, 日本造船学会論文集, 第196号(2004), pp.161-168
10)中井達郎, 松下久雄, 山本規雄:船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第6報)―ウェブのせん断強度に及ぼす腐食ピットの影響―, 日本船舶海洋工学会論文集, 第1号(2005), pp.159-167
11)中井達郎, 松下久雄, 山本規雄:船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第7報)―圧縮最終強度、せん断最終強度に及ぼす腐食ピットの影響―, 日本船舶海洋工学会論文集, 第1号(2005), pp.169-179
12) T. Nakai, H. Matsushita and N. Yamamoto: Effect of pitting corrosion on ultimate strength of steel plates subjected to in-plane compression and bending, Journal of Marine Science and Technology, accepted for publication
13) IACS, Unified Requirements S-31, Rev.2. 2004
14) J. K. Paik, J. M. Lee and M. J. Ko: Ultimate compressive strength of plate elements with pit corrosion wastage, Journal of Engineering for the Maritime Environment, 217, M4(2004), pp.185-200
15) J. K. Paik, J. M. Lee and M. J. Ko: Ultimate shear strength of plate elements with pit corrosion wastage, Thin-Walled Structures, 42 (2004)),pp.1161-1176
16)角洋一(研究代表者), 腐食鋼板の表面形状と応力・強度・変形能の関係に関する研究(研究課題番号14350519), 科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書, (2005)


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION