日本財団 図書館


船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第8報)
―腐食ピットが発生している部材の引張強度評価式の提案―
 
正員 中井達郎*  正員 松下久雄*
正員 山本規雄*
 
* (財)日本海事協会 技術研究所
原稿受理 平成17年8月17日
 
Effect of Corrosion on Static Strength of Hull Structural Members (8th Report)
 
by Tatsuro Nakai, Member
Hisao Matsushita, Menber
Norio Yamamoto, Member
 
Summary
 The purpose of this research project is to establish a method of evaluating the effect of pitting corrosion with a circular cone shape on local strength of hold frames of bulk carriers. In the present study, an empirical formula is proposed based on the tensile test results conducted in the previous study. In the formula, tensile strength reduction due to pitting corrosion is expressed as a function of DOP (degree of pitting intensity), pit diameter and original thickness of pitted plates. It has been shown that tensile strength of relatively small plates with pitting can be well predicted by the formula. In order to check the applicability of the formula to wide plates, a series of tensile test with wide specimens having artificial pits has been performed. It has been found that when diameter of all the pits is the same, prediction results of the tensile strength of wide specimens with artificial pits are conservative, and when pits with different diameter coexist, prediction of the tensile strength using average pit diameter give a little optimistic (non-conservative) results.
 
1. 緒言
 船体構造部材に見られる腐食は、全面腐食(general corrosion)と局部腐食(localized corrosion)に大別することができ、腐食ピットは局部腐食のひとつの形態に分類される。全面腐食の場合、表面の凹凸が板厚に比べて小さいので、基本的に板厚一定の板として強度評価が可能であると考えられるのに対して、凹凸の激しい腐食ピットの場合、その分布や大きさが部材の強度にどのように影響するかは明確ではない[1]、本研究は、石炭と鉄鉱石を運搬するばら積み貨物船の腐食ピットが発生している構造部材の局部強度の評価法確立を目的として実施している[2]-[12]。上記のばら積み貨物船の倉内肋骨に発生している典型的な腐食ピットは円錐形であり、その直径と深さの比は8:1〜10:1の範囲にある[2]-[5]。IACS統一規則S-31[13]で、腐食ピットが発生している場合を含めた倉内肋骨の切替え基準が規定されているものの、腐食ピットの程度と残存強度の関係について十分に明らかにされているとは言えない状況にある、本研究では、上記のような円錐形の腐食ピットが部材強度に及ぼす影響について系統的に検討を進めている。これまでに、1)腐食の実態調査[2]-[5]、2)腐食ピットが発生している板要素の強度調査[2]-[5]、3)構造強度に及ぼす腐食ピットの影響調査[5]-[10]、を実施してきた。さらに、FEMを用いた弾塑性大たわみ解析により得られた板要素の圧縮最終強度、せん断最終強度、面内曲げと圧縮の組合せ荷重下における最終強度を、既報における模擬腐食ピットを設けた試験片を用いた引張試験結果と比較することにより、上記のいずれの強度が円錐形の腐食ピットの影響を最も強く受けるかについて検討した[11]-[12]。そして、それぞれの荷重条件下の強度に対する等価板厚を比較した結果、円錐形の腐食ピットの影響を受けて最も強度が低下するのは、引張強度であることが明らかとなった。ここで、等価板厚とは、腐食ピットが発生している部材と同等の強度をもつ、一様衰耗(板厚一定で衰耗が進むと仮定した場合)の部材の板厚である。この結果から、引張強度に対する等価板厚を適切に評価する方法を確立すれば、他の荷重条件下における板要素の最終強度についても安全側の評価が可能であると考え、本報では、過去に実施した円錐形の模擬腐食ピットを設けた小型試験片を用いた引張試験結果[2],[4],[5]をもとに、円錐形の腐食ピットが発生している板要素の引張強度の評価式を提案した。さらに、実際のばら積み貨物船の倉内肋骨ウェブと同様な幅厚比を有する幅広試験片を用いた引張試験などから、提案した評価式の妥当性について検討した。
 
2. 小型引張試験の概要[2],[4],[5]
 本章では、腐食ピットの発生している部材の引張強度評価式を検討する際に使用した過去に実施した小型試験片を用いた引張試験の結果[2],[4],[5]についてその概要を述べる。
2.1 供試材
 供試材はYP32鋼であり、板厚10、14、16及び22mmの板材を用いた。降伏点は347〜457MPa、引張強さは504〜555MPaであり、破断伸びは23〜31%である。
2.2 試験片
 小型引張試験片は、幅80mm、標点間距離200mmであり、上記の板材から切り出した。試験片の板厚は10、13、16及び22mmの4種類である。一部の試験片は上記の板材を減厚加工することにより用意した。また、試験片には、ドリル加工により模擬腐食ピットを設けた。実際の大型ばら積み貨物船の倉内肋骨に発生していた腐食ピットの観察結果[2]-[5]をもとに、ピット直径は20、30あるいは40mmの3種類とし、ピット形状は直径と深さの比が8:1の円錐形とした。幅80mm×標点間距離200mmのピット加工領域におけるピット分布をFig. 1に示す、より厳しい条件を考え、試験片の両面の同じ位置にピットを配置した。既報[2],[3],[5]において、腐食ピットが発生している実部材を用いた引張試験で破断面における引張強さを調査した結果、腐食による鋼材そのものの引張強さの低下は見られず、部材の材質変化が強度に与える影響は少ないと考えられることから、模擬腐食ピットは実部材における腐食ピットの幾何学的形状を一致させたものを採用した。
 
Fig. 1  Pit distribution in small tensile test specimens (t0=10, 13, 16, 22mm, D=20, 30, 40mm)
 
2.3 引張強度に及ぼすピットの影響
 Fig. 2にピット直径が30mmの場合について、各板厚における公称引張強度σuu0とピット面積率DOPの関係を示す。本論文では、公称引張強度をσu=Pmax/A0で定義する。ここで、Pmax、A0は、それぞれ最大荷重、模擬腐食ピットを設ける前の荷重軸に垂直な断面の面積である。また、σu0は材料の引張強さであり、ピット面積率DOP(Degree Of Pitting intensity)は、試験片の幅×標点間距離の面積に占めるピットの面積の割合[%]である。この図には、後述する引張強度評価式による予測結果を合わせてプロットしている。この図から分かるように、公称引張強度はピット面積率の増加とともに徐々に低下しており、その低下量は板厚が小さいほど大きくなっている。また、Fig. 3(a)及び(b)にそれぞれ板厚10及び13mmの場合について、各ピット直径における公称引張強度とピット面積率の関係を示す。これらの図には、後述する引張強度評価式による予測結果を合わせてプロットしている。これらの図から、元厚が等しく、ピット面積率もほぼ等しい場合、ピット直径が大きい方が公称引張強度の低下が大きいことが分かる。
 
Fig. 2  Relationship between nominal tensile strength and DOP (t0=1.0, 13, 16, 22mm, D=30mm)
 
Fig. 3  Relationship between nominal tensile strength and DOP (t0=10, 13mm)
(a) t0=10mm
 
(b) t0=13mm
 
2.4 破断伸びに及ぼすピットの影響
 Fig. 4に標点間の破断伸びとピット面積率DOPの関係を示す。この図から分かるように、ピットがある場合、標点間の破断伸びは激しく低下しており、その低下量は板厚が小さい方が大きい。
 
Fig. 4  Relationship between total elongation and DOP (D=30mm)
 
3. 引張強度評価式の提案
 本章では、前章で説明した模擬腐食ピットを設けた小型試験片を用いた引張試験結果を基に、腐食ピットの発生している部材の引張強度評価式を提案する。
3.1 従来の研究
 腐食ピットが発生している部材の強度評価式について検討した研究例としては、Paikらのものがある[14],[15]。彼らは、円筒形の模擬腐食ピットを設けた正方形板の圧縮試験を実施する[14]とともに、FEM解析により圧縮[14]及びせん断最終強度[15]に及ぼす円筒形の腐食ピットの影響について検討し、それぞれの荷重条件について最終強度の評価式を提案している。この中で、注目すべき点は円筒形の腐食ピットが発生している板のせん断最終強度を下式のように、ピット面積率DOPの関数で表している点である。
 
 
 ここで、τu及びτu0は、それぞ引腐食ピットが発生している板のせん断最終強度および腐食ピットが発生していない板のせん断最終強度である。
 実際の検査を考えた場合、腐食ヒットが発生している部材は凹凸が激しいため最小断面積や平均衰耗量といったパラメータの同定は困難であり、式(1)のようなピット面積率といった部材表面の観察結果から決定できるパラメータによる評価方法の方が適用しやすいと考えられる。そこで、次節で、円錐形の腐食ピットが発生している板の引張強度評価式を検討する際に、部材表面の観察結果から決定できるピット面積率やさらにピット直径といったパラメータを用いることとした。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION