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3.2 引張強度評価式
 Fig. 2及びFig. 3に示した通り、円錐形の模擬腐食ピットを設けた小型試験片の引張強度は、ピット面積率DOP、ピット直径、及び、元厚に依存する明確な傾向が見られることから、Paikらの提案した評価式(式(1))を参考にしつつ、円錐形の腐食ピットが発生している鋼板の引張強度評価式として、新たに下式を考案した。
 
 
 ここで、A及びDはそれぞれ定数及びピット直径(mm)である。上式で、公称引張強度のD、DOP及びt0に対する依存性を表す項(右辺第二項)は、小型引張試験片の実験データを精査した結果から、ベストフィットするパラメータとして決定した。従って、本評価式は小型試験片を用いた引張試験の結果に基づく経験式である。また、板厚一定の場合、引張強度は板厚に比例すると考えられることから、引張強度に対する等価板厚tc/t0とσuu0の間には、下式が成立する。
 
 
 従って、式(2)は下式のように書き直すことができる。
 
 
 実際の検査などにおいて、腐食ピットの直径Dとピット面積率DOPが分かれば、等価板厚tcを求めることができる。等価板厚と元厚との差t0-tcを考えれば、一様衰耗の場合の許容衰耗量との直接的な比較が可能である。Aの値については、前章で述べた小型引張試験片を用いた引張試験結果をもとに9.5×10-3とした。
 
3.3 引張強度評価式の適用
 Fig. 2及びFig. 3の小型引張試験の結果に、式(2)による公称引張強度の予測結果を合わせてプロットした。Fig. 2から分かるように、本評価式により、ピット直径が一定で30mmの場合、各板厚の公称強度の低下傾向を非常に良く表現できていることが分かる。また、Fig. 3から分かるように、板厚一定で、ピット直径を20、30及び40mmに変化させた場合についても、公称強度の低下傾向を非常に良く表現できている。
 さらに、上記以外で過去に実施した模擬腐食ピット(直径20mm,直径:深さ=8:1)を設けた小型試験片(板厚5あるいは6mm, 幅55mm, G.L.: 135mm)を用いた引張試験結果に上記の評価式の適用を試みる。実験結果の詳細については、文献[10]を参照されたい。Fig. 5に幅55mm×G.L.135mmの領域に設けた模擬腐食ピットの分布を示す。また、Fig. 6に、公称引張強度とピット面積率の関係を示す。この図には、各板厚における引張強度評価式による公称引張強度の予測結果を合わせてプロットしてある。この図において、実験結果と評価式の比較から分かるように、小型試験片の引張強度を良い精度で予測可能である。
 以上のことから、本引張強度評価式は、小型試験片レベルの引張強度に及ぼす円錐形の腐食ピットの影響を精度良く評価可能であることが分かる。
 
Fig. 5  Pit distribution in small tensile test specimens (t0=5, 6mm. D=20mm)
 
Fig. 6  Relationship between nominal tensile strength and DOP (t0=5, 6mm, D=20mm)
4. 幅広試験片を用いた引張試験
 本章では、前章で小型試験片を用いた引張試験の結果をもとに提案した腐食ピットが発生している部材の引張強度評価式の適用性を検討するために実施した幅広試験片を用いた引張試験の方法及び結果について述べる。
4.1 供試材
 供試材はYP32鋼であり、板厚6mmの板材を用いた。その機械的性質をTable 1に示す。この表から分かるように、降伏点は389MPa、引張強さは557MPaであり、破断伸びは37%である。
 
Table 1  Mechanical properties of tested steel for wide tensile test specimens
t
(mm)
Y.P.
(MPa)
T.S.
(MPa)
El.
(%)
6 389 557 37
 
4.2 幅広引張試験片
 幅広引張試験片は、幅225mm、標点間距離300mmであり、上記の板厚6mmの鋼板から切り出した。なお、板厚は6mmから5mmに減厚加工した。本試験片は、板厚10mM、深さ450mmの倉内肋骨ウェブを想定し、その2分の1スケールとしたものである。模擬腐食ピットを設けた試験片の寸法効果については、角ら[16]によって検討されており、相似な縮尺試験片で得られた結果では、2分の1、4分の1スケールにおいても寸法効果の影響はほとんど見られないことが確認されている。試験片の両面には、ドリル加工により模擬腐食ピットを設けた。実際の大型ばら積み貨物船の倉内肋骨に発生していた腐食ピットの観察結果[2]-[5]をもとに、ピット直径は10、15あるいは20mmの3種類とし、ピット形状は直径と深さの比が8:1の円錐形とした、本試験片は2分の1スケールであることを考えると、板厚10mmの部材に直径20、30あるいは40mmの腐食ピットが発生している部材を模擬したものであると言える。
4.3 ピット分布
 幅広試験片におけるピット加工領域は標点間中央部の幅225mm×長さ225mmの領域である。このピット加工領域における各試験片におけるピット分布をFig. 7〜9に示す。ピット分布の種類は大きく分けると以下の5種類である。
Type A: Fig. 7(a),(b)に示すように、ピットを格子状に試験片の両面の同じ位置に配置し、全てのピットの直径を同じにしたもの。
Type B: Fig. 7(c),(d)に示すように、ピットを格子状に配置するとともに、正方形をなす4つの格子点の中間部にもピットを配置したもの、試験片の両面の同じ位置に配置し、全てのピットの直径を同じにしている。
TypeC: Fig. 8(a),(b)に示すように、ピットを格子状に配置したもの。試験片の両面でピットの位置は異なる。全てのピットの直径を同じにしている。
Type D: Fig. 9(a),(b)に示すように、ピットを格子状に試験片の両面の同じ位置に同じ直径のピットを配置し、3種類の直径のピットを混在させたもの。
Type E: Fig. 9(c),(d)に示すように、ピットを格子状に配置するとともに、正方形をなす4つの格子点の中間点にもピットを配置したもの、試験片の両面の同じ位置に同じ直径のピットを配置し、3種類の直径のピットを混在させている。
 
Fig. 7  Pit distribution in wide tensile test specimens (Type A, Type B)
 
Fig. 8  Pit distribution in wide tensile test specimens (Type C)
 
Fig. 9  Pit distribution in wide tensile test specimens (Type D, Type E)
 
 Table 2の試験片一覧に各試験片のピット分布タイプ、ピット面積率、平均衰耗量及び荷重軸に垂直な最小断面における平均衰耗量をまとめて示す。ここで、ピット面積率及び平均衰耗量はピット加工領域(幅225mm×長さ225mm)における値である。
 
Table 2 Wide tensile test specimens
No. pit distribution
type
t0
mm
W
mm
pit diameter
mm
DOP % thickness*
Ave. mm
thickness**
min. mm
fracture
Type***
side A side B Ave.
A15 A 5 225 15 59 59 59 4.26 3.38 M
A20 A 5 225 20 62 62 62 3.97 2.78 M
B15 B 5 225 15 63 63 63 4.21 3.75 M
B20 B 5 225 20 70 70 70 3.83 3.22 C
C15 C 5 225 15 59 50 55 4.32 4.19 M
C20 C 5 225 20 62 50 56 4.06 3.89 M
D-1 D 5 225 10, 15, 20 38 38 38 4.46 3.57 M
D-2 D 5 225 10, 15, 20 46 46 46 4.35 3.44 C
E-1 E 5 225 10, 15, 20 32 32 32 4.54 3.97 C
E-2 E 5 225 10, 15, 20 43 43 43 4.38 3.85 C
*average thickness of the whole pitted region
**average thickness at the minimum cross section
***M: Fracture occurred at the minimum cross section.,
C: Cracks at the large pits coalesced to fracture


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