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根軌跡法による船舶操縦運動制御システム設計の試み
正員 岩本 才次*
 
* 九州大学大学工学研究院
原稿受理 平成17年10月14日
 
Ship-Maneuvering Control System Design Based on the Root-Locus Technique
 
by Seiji Iwamoto, Member
 
Summary
 The PID control theory is very often used in practice in the field of shipbuilding; it is not an exaggeration to say that the use of other control theories is rare. Even though the theory possesses a defect in that it is not able to rationally design a multivariable control system, it nevertheless offers many advantages.
 In contrast the optimal control theory has rarely been utilized for designing the ship-maneuvering control system. The main reason for this is that the relation between gains and responses in optimal control is not clear despite the many advantages provided by state-variable feedback; thus, it is very difficult to finely tune the gains. From the viewpoint of practical use, it is important that the relation between gains and responses is crystal clear.
 In this paper, the feedback-gain setting for control of a single input-output system that operates the heading angle by the rudder is discussed on the basis of the root-locus technique. The system is attached to three state-variable feedback loops similar to the optimal regulator, and the relation between gains, response speeds and ship speeds can be derived. Consequently, it is now possible for the gains designed for a linear time-invariant system to be applied to a time-varying system.
 
1. 緒言
 造船所の制御系設計の実務現場では、PID制御が用いられることが圧倒的に多く、他の制御則が用いられることはほとんどないと言っても過言ではない。多変数制御が困難であるという欠点はあるにしても、PD制御が多用される要因は、基本的に制御対象のモデル化が必要ないこと、たかだかP、I、Dの3つのパラメータの調整で済むこと、従って、現場でのゲインチューニングが容易なことなどである。しかし、最近の制御性能向上の要求に応えるため、稀ではあるが、最適制御理論による制御系設計が行われることがある。
 最適制御理論は状態フィードバックを施すことによる多くの利点があるにもかかわらず、ゲインと応答特性の関係が明確でなく、設計者が満足する応答特性を得るためには、評価関数の重みの組合わせを試行錯誤によって決定する必要がある。従って、現場でのゲインチューニングができず、それが現場で採用する際の大きな障害の一つとなっている。実用の観点から、ゲインと応答特性との定性的な関係が明確であることは重要な要素である。
 著者は、前報1)において、舵によって回頭角を制御する多重フィードバックを施した1入力1出力系を考え、根軌跡を用いた極配置によって、次章に示す[制御仕様1]を満足するゲインの設計法を示した。
 本論文では、前報と同様の方法で、次章に示す[制御仕様2]を満足するための制御系設計法について検討し、ゲインと応答速度及び船速との関係式を導いた。その結果、時不変システムの仮定の元に設計されたゲインが、変換式を用いることによって、動特性が変化する時変システムのゲインとして応用できることを示した。
 
2. 制御仕様と極配置
 安定な1入力1出力系において、与えられた零点に対して次に示す極配置にすれば、システムのステップ応答にオーバーシュートが生じないことが分かっている2)。ただし、システムは最小位相推移系であるとする。
[I] 実零点ziに対しては、それに対応して固有値λiを、それより大きい実の負の値に配置する。
zii<0
[II] 複素数の零点zj=α+jβ、zj*=α-jβに対しては、
1)それに対応して二つの固有値λj1、λj2を次式を満足する値に配置する。
2α<λj1j2<0
あるいは、
2)それに対応して三つの極λk1、λk2、λk3を、次式を満足する値に配置する。
α-|β|<λk2<α+|β|
λk1k2k2k3>0
[III] 残りの極は任意の実の負の値に配置する。
 前報1)では制御仕様を次のように定め、上述のオーバーシュートの起きない閉ループ系の設計法を利用して、制御仕様を満足する設計法を提示した。
[制御仕様1]
1. ステップ応答にオーバーシュートが生じないこと。
2. なるべく応答速度が速いこと。
 Fig. 1に示すように、システムの特性方程式から得られる根軌跡に分離点が現れる場合は、特性方程式をk=f(s)の形で表せば、根軌跡の分離点Aの位置は、
 
dK/ds=0  (1)
 
の根として求められ、その根の値をk=f(s)に代入すれば分離点でのゲインKが求まる。
 
Fig. 1 Skeleton-diagram of root loci
 
 Fig. 1の代表根は、ゲインKの増加と共に原点を発しシステムの零点と原点の間を分離点まで移動するが、その時[制御仕様1]の1.は満足され、応答速度は代表根によって規定される。最も応答速度を速くするためには、負の実軸上の代表根が原点から最も離れる分離点におけるゲインを採用すればよく、[制御仕様1]の2.も満足することができる。
 本論文では、制御仕様を次のように定め、これを満足するためのゲイン設定法について考察する。
[制御仕様2]
1. ステップ応答にオーバーシュートが生じないこと。
2. 指定した応答速度(時定数)となること。
3. 定常位置偏差が生じないこと。
 
3. 操縦運動方程式とフィードバック制御システム
3.1 操縦運動方程式
 船舶の非線形操縦運動方程式は、Fig. 2の座標系に従って次式のように定式化される時変システムである。
 
Fig. 2 Coordinate systems
 
 
 ただし、m: 船の質量、mx、my: x、y軸方向の付加質量、Izz、izz: z軸回りの慣性及び付加慣性モーメント、U: 船速、β: 横流れ角、r: 回頭角速度、X、Y、N: 船体に働く外力及び船体重心回りのモーメント、“・”は時間に関する変数の1回微分を表す。
 プロペラ回転と操舵によって生じる流体力は、MMGモデルの考え方に従い次式のように表示され、操縦微係数は文献3)の簡易式によっている。
 
 
 ここで、添え字は、H: 船体、P: プロペラ、R: 舵、を表す。
 MMGモデルによって流体力を定式化すれば、船速U0における線形操縦運動方程式は、(2)式から次式のような時不変システムとして与えられる。
 
 
 ただし、ψは回頭角、δは舵角を示し、r'=rL/U0である。Lは船長である。
 
3.2 フィードバック制御システム
 舵で回頭角を制御するシステムを考える。
 最適制御理論では全状態変数をフィードバックするが、本論文でも同様に、Fig. 3に示すように、回頭角、回頭角速度、横流れ角の3変数をフィードバックし、[制御仕様2]を満足するゲイン設定法について考察する。横流れ角の正確な観測は容易ではないが、最近の計測機器の発達により計測可能であることを前提としている。
 
Fig. 3  Block diagram of a ship-maneuvering control system
 
 舵角から回頭角、舵角から回頭角速度、舵角から横流れ角までの伝達関数はそれぞれ次式のように求められる。
 
 
 ただし、H=a11b21-a22b11、I=a11+a21
J=a11a21-a12a22、P=a12b21-a21b11
 Fig. 3に示される3変数をフィードバックするシステムの伝達関数は次式で与えられる。
 
 
 特性方程式からKβをゲインとする根軌跡を描くと、システムの零点(s=-H/b21)に特性根が一致する時、KβはKφ、Kγ及び船速に独立な制御対象固有の値として一意に決定され、次式のように求められる1)
Kβ=-a22/b21
 (7)式を用いると、(6)式は次式のように書き改められる。
 
 
 ただし、M=H/b21
 -Mは相殺される極と零点の実軸上の位置を表しており、M<0の時、システムは非最小位相推移系となりかつ内部不安定になるため、M>0でなければならない。また、特性方程式は実部が負の特性根を持たなければならない。以上の条件が満足される時、このシステムは、安定な極と零点が相殺される安定な2次系であり、最小位相推移系である。


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