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4 実験値と数値解析値の比較と考察
4.1 熱サイクル
 温度変化の解析は4節点1要素とし,実験に使用した円柱寸法の軸対称1/4モデルを用いた.解析モデルの要素分割をFig. 15に示す.
 前報1)において焼入れ過程の温度分布を精度良く推定するための要素分割方法を提案した.解析では,前報で得られた要素分割方法を用い,半径方向の隣り合う要素長比が2倍以下になるようにした.円柱を水焼入れした時の熱伝達係数は前報で明らかになった0.004J/mm2・s・℃とし,要素分割の最小要素長は0.5mmとなった.また密度ρは0.0078g/mm3の一定とした.
 
Fig. 15 Analysis model and element division
 
 供試鋼の熱伝導計算に必要な物性値である比熱と熱伝導率はFig. 9とFig. 10を用いた.文献値の物性値である比熱(Fig. 9の○印)及び熱伝導率(Fig. 10の□印)を用いて焼入れ時の温度変化を数値解析した結果をFig. 16に示す.
 記号○,△,□が実験値であり,曲線が解析値である.低温側にて特に実験値と解析値に大きな相違があることが分かる.この原因は使用した材料の相変化を考慮した物性値を用いずに計算したこと,及びマルテンサイト変態を考慮しなかったためと考えられる.
 
Fig. 16  Comparison between experimental data and results of calculation for thermal cycle
 
 そこで,2.5節で記述したように,γ相とαm'相並びにマルテンサイトの変態発熱を考慮したFig. 9の比熱(●,▲印)とFig. 10の熱伝導率(■印)の物性値を用いて温度変化を数値解析した結果をFig. 17に示す.変態発熱を考慮した解析結果と実験値はおおむね一致していることが分かる.したがって,相変態中の発熱は温度変化に大きな影響を及ぼし,マルテンサイト変態に関しては発熱量約84J/gを考慮して解析を行わなければならない.また各相を考慮してγ相の領域はSUS304の値を代用することにより,温度変化は精度良く解析できている.温度変化は熱荷重であるから,熱応力の発生原因であり,非常に重要である.
 
Fig. 17  Comparison between experimental data and results of calculation for thermal cycle revised
 
4.2 残留応力と変位
 Fig. 15の解析モデルとFig. 7で使用した線膨張係数及びFig. 11の降伏応力,ヤング率を用いて水焼入れ後の残留応力分布を解析した.Sachs法により求めた円柱の径方向,軸方向,円周方向の残留応力分布の実験値と解析値を比較した結果をFig. 18に示す.また軸長に沿って径方向の変位の実験値と解析値を比較した結果をFig. 19に示す.
 実験値では円柱の表層側は熱応力型の残留応力分布を示し,内部は変態応力型となっているが15),解析結果は表層−圧縮,中心−引張の熱応力型の残留応力分布を示している.また変位の解析結果も実験値とは大きな相違があることが分かる.
 
Fig. 18 Residual stress distribution
 
Fig. 19 Radial displacement distribution
 
4.3 降伏応力と数値解析結果
 Fig. 18とFig. 19にて実験値と数値解析値が合わなかった原因について考察を行う.残留応力分布に大きく影響を及ぼす因子は,主に温度変化,線膨張係数と降伏応力である.線膨張係数と温度変化に関してはFig. とFig. 17に示したように実験値を精度良く数値解析できている.したがって,降伏応力が解析結果に大きく影響を及ぼしていると考え,解析に用いた降伏応力について検討を行った.
 解析に用いたFig. 11の降伏応力の値は,マルテンサイト相の相変態による降伏応力の変化を考慮していないため実験値と解析値に大きな相違を生じたと考えられる.そこで,Fig. 14の降伏応力値を使用し解析を行った.3水準の降伏応力を用いて解析した時の軸方向応力(σz)と実験値の比較をFig. 20に示す.また径方向の変位の実験値と解析値を比較した結果をFig. 21に示す.
 
Fig. 20 Residual stress distribution
 
Fig. 21 Radial displacement distribution
 
 実験により求めた降伏応力値を用いて解析を行うと,残留応力,変位共に実験値と解析値はおおむね一致している.また冷却過程においてγ相ではオーステナイト系ステンレスの降伏応力を用い,降伏応力が高くなる温度を実験値と同じMs点より低い温度の240℃にした解析条件1(condition1)の残留応力と変位もおおむね実験値に一致している.しかし,γ相はオーステナイト系ステンレスの降伏応力を用い,Ms点以下の温度域ではマルテンサイト変態分率とオーステナイトの分率よりmodified Koistinen-Marburger則の式(2.4)を用いて降伏応力を求めた解析条件2(condition2)の解析結果は,残留応力分布並びに変位共に実験値と大きな相違がある.この理由を以下のように考える.
 実験値の降伏応力の特徴は,Ms点以下でも低い降伏応力の値を推移していることである.冷却過程において,Ms点までのγ相では,降伏応力はオーステナイト系ステンレスと同様に低い値を推移する.Ms点以下では,マルテンサイト変態が生じるが,Mf点に至るまでは完全には変態せず,未変態のγ相と混在した状態である.Koistinen-Marburger則より250℃前後では未変態のγ相とαm'相が各々50%程度で推移していると考えられることから,Ms点から250℃前後まではαm'湘よりもγ相の占める割合が大きい.このため降伏応力は降伏応力の低いγ相に依存するものと考え,変態開始直後でも降伏応力は高くならず,γ相の降伏応力の値を推移したものと考えられる.したがって,マルテンサイト変態開始直後からマルテンサイト変態分率に伴い降伏応力が高めに移行すると仮定し,式(2.4)の変態分率より求めた降伏応力を使用した解析条件2(condition2)では実験値と解析値が合わなかったものと考える.
 Fig. 14に示す実験値の降伏応力を用い,円柱の径方向,軸方向,円周方向の残留応力分布の実験値と解析値を比較した結果をFig. 22に示す.焼入れ後の残留応力分布は3軸方向全てにおいて,おおむね実験値と一致している.
 以上より,温度変化の精度良い解析及び相変態ひずみを考慮した線膨張係数並びに加熱・冷却過程での各相の降伏応力とαm'相とγ相が混在した領域での確かな降伏応力の値を用いることにより,相変態を生じる焼入れ過程の応力変化は精度良く解析できた.冷却過程での降伏応力の値を精度良く求めることは熱弾塑性解析を行う上で非常に重要となる.
 今後の課題として,簡便に数値解析を行えるようにするために,変態膨張率と降伏応力の相関関係を明確にすることが残っている.
 
Fig. 22 Residual stress distribution
 
5. 結論
 本報告では,焼入過程で相変態が生じる場合の残留応力並びに変位を予測する数値解析手法について検討した.得られた結論を以下に示す.
(1)熱サイクルの解析では,相を考慮した相変態発熱を用いる必要がある.またγ相ではSUS304の物性値を用いることにより,残留応力に影響を与える熱荷重を精度良く解析できることを示した.
(2)相変態ひずみを考慮した線膨張係数は,相変態により生じる応力変化及び膨張・収縮を精度良く解析できることを示した.
(3)降伏応力は残留応力及び変位に大きな影響を与え,加熱・冷却過程で相を考慮した値を用いなければならない.また冷却過程のαm'相と未変態のγ相の混在域では,γ相の占める割合が高い温度範囲において,降伏応力はγ相の降伏応力に近い値となった.
(4)相変態ひずみを考慮した線膨張係数及び冷却中の確かな降伏応力の値を用いることにより,相変態により生じる応力,及び変位が精度良く解析できることを示した.
 
参考文献
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