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3. 実験
3.1 実験材料
 水焼入れ後の残留応力及び変位を検討するために,本研究では相変態膨張量が最も大きなマルテンサイト変態を生じる3.5%Ni-Cr-Mo-V鋼を用いた.供試鋼の化学成分をTable 1に示す.またマルテンサイト変態の相変態ひずみと冷却速度の影響を調べた結果をFig. 12に示す.
 実験した直径70mm,軸長210mmの円柱試験片の水焼入れでは,円柱中心で400℃から100℃の平均冷却速度が125℃/minであったことより,試験片全体に100%マルテンサイト変態が生じている.またマルテンサイト変態によって生じる相変態ひずみは,冷却速度の影響をほとんど受けないことより,マルテンサイトの相変態応力解析では円柱全体で同じ相変態ひずみの値を用いて解析を行った.
 
Table 1 Chemical composition of steel used (mass%)
C Si Mn Ni Cr Mo V
0.33 0.08 0.28 3.27 1.57 0.32 0.080
 
Fig. 12  Relation between cooling velocity and phase transformation strain
 
3.2 実験方法
 実験では冷却時の温度測定,及び冷却後の残留応力と変位を測定した.温度測定用の試験片をFig. 13に示す.前報1)と同様に,直径70mm,軸長210mmの円柱を用い,軸長は直径の3倍にして,軸長端面からの冷却が軸長中央に影響を与えないように端面を熱遮蔽のコーティングをして温度変化を測定した.温度測定はシース熱電対を使用し,軸長中央断面にて,円柱の中心,中心から17.5mm(1/4D),中心から26.25mm(1/8D)の3か所の温度を測定した.供試鋼は炉中で840℃に2時間保持し,炉出し後水焼入れを行った.本鋼種のAC3温度は約750℃であることより,840℃加熱で試験片は十分γ化されている.
 
Fig. 13  Shape of a specimen for measuring thermal cycle
 
 熱処理前後の試験片径方向の変位及び残留応力測定の実験でも,温度測定と同じ試験片で,同じ熱処理を行なった.ただし,シース熱電対の穴は設けず,しかも端面に熱遮蔽のコーティングは行わなかった.熱処理前後の軸長径方向の変位はレーザ変位計を用いて測定し,焼入れ後の残留応力の測定はSachs法14)を用いた.またSachs法のみでは円柱表面の応力が測定し難いため,表面残留応力はひずみゲージ貼付切り出し法にて測定した.
 
3.3 降伏応力の実験結果
 Fig. 11の降伏応力の実験値は,温度上昇過程でのα相からγ相へと変わる時の降伏応力の温度依存性を示している.冷却過程ではγ相からマルテンサイトのαm'相になることを考慮すると,Ms点開始まではγ相であるため冷却過程の降伏応力の挙動は,Fig. 11に示した加熱過程とは大きく異なるはずである.
 そこで,実験により供試鋼の冷却過程中の降伏応力を測定した.試験片を一旦1000℃のγ相まで加熱し,その後所定の温度に冷却して引張試験を行い,冷却過程中のγ相及びαm'相の降伏応力を求めた.実験より求めた供試鋼のγ相及びαm'相の降伏応力の値をFig. 14に●印で示す.
 
Fig. 14  Experimental result of yield stress during cooling
 
 また,降伏応力の実験値を使用した解析以外に,2水準の降伏応力を用いた解析条件を仮定した.解析条件1(condition 1)は,冷却過程中のγ相の降伏応力としてオーステナイト系ステンレス鋼SUS304の降伏応力を用い(Fig. 14の○印),相変態後(Ms点以下)は,実験値の降伏応力が上昇しない240℃までSUS304の降伏応力を使用し,降伏応力が上昇する240℃以下では実験値(●印)を用いた.解析条件2(condition2)は,γ相での降伏応力としてオーステナイト系ステンレス鋼SUS304の降伏応力(Fig. 14の○印)を用い,相変態開始後(Ms点以下)では,マルテンサイト変態分率に伴い降伏応力が高くなると仮定し,水焼入れ後の常温強度(1280MPa)と式(2.4)のマルテンサイトの変態分率より求めた降伏応力(Fig. 14の△印)を用いた.


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