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3. 自動フェアリング手法
3.1 最適化問題としてのフェアリング
 フェアリングはある制約条件下において,船体表面の非平滑度を最小にする最適化問題と捉えることができる.したがって,適切な非平滑度の定義と制約条件が整えば,数理最適化手法を用いて自動的にフェアリングを行うことは可能であると考えられる.すでに述べたように最適化手法を応用した数多くの曲面フェアリング手法が提案され,船舶のフェアリングの研究も行われている.しかし,非平滑度の定義方法が最適化の結果に大きな影響を与えることは明らかであり,船型設計者にとってできるだけ合理的な非平滑度の定義が望まれる.あるべき船体の非平滑度の定義方法を模索するために,造船会社でフェアリングに従事されている方々にご協力をいただき,船体が平滑であると判断する基準についてアンケート調査を実施した.しかしながら,アンケート調査から分かった船体の平滑さの判断基準はフェアリング担当者の「見た目」であり,数値的に明確な基準を見出すことはできなかった.ただ,比較的多くフェアリング担当者からひずみエネルギ最小化に基づく曲線のフェアリングを実施すると意図に反する曲線形状になることがあるとの意見を得た.そこで本研究では,曲面や曲線のひずみエネルギのような物理的性質ではなく,幾何学的な性質に基づく種々の非平滑度を定義し,その最小化によってクーンズパッチによる複合多項式曲面の平滑化を図る.それぞれの非平滑度関数を最小化することによって船体表面がどの程度平滑化されるかについて検討し,その特徴について考察する.
3.2 船体表面非平滑度の定義
3.2.1 平均曲率の絶対値に着目した非平滑度
 曲面の曲率の定義には,ガウス曲率と平均曲率の2種類が用いられる.本研究では曲面に対しては平均曲率に着目した非平滑度の定義方法について検討を行う.平均曲率の定義は以下に示すとおりである.
 曲面上の任意の点P0=P(u0,v0)を考えたとき,P0を通る曲線のP0における法曲率の最大値λ1と最小値λ2を主曲率と呼ぶ.これら主曲率の平均値が平均曲率Cmと定義され,曲面の第一基本量E,F,Gと第二基本量L,M,Nを用いて以下のように表される.
 
 
 平均曲率は船体表面の凹凸がどの部位にどの程度存在するかを判断する上で有効な情報である.Fig. 3にFig. 2に示した船体表面の平均曲率分布を示す.色が濃くなるほど曲面が強い凸面となり,白に近いほど強い凹面になっている.これを見ると,この船型は比較的平均曲率が小さくなるべき船側部において局所的に強い凹面と凸面が存在することが分かる.このように比較的平坦な部分での局所的な船体表面の波うちは,平均曲率分布をある範囲に抑えることによって軽減可能であると考えられる.そこで,船体表面の比較的平坦な部分に限定し,平均曲率の絶対値がある値Cm0を超える場合,その超えた値を船体表面に沿って面積分し,その積分の値を非平滑度UF1と定義する.
 
 
 式中のSは,フェアリング対象となる曲面を表している.
 
Fig. 3  Mean curvature distribution on the initial hull surface.
 
3.2.2 パッチ境界での平均曲率のギャップに着目した非平滑度
 クーンズパッチを用いた曲面生成では,パッチ内での平均曲率は連続になるが,パッチ境界においてパッチを横切る方向に平均曲率は連続とはならない.一般にはパッチ境界では平均曲率の値にギャップを生じ,このギャップが大きくなるほど平滑とはいえない曲面となる.Fig. 3を見ると,船尾下部付近の曲率変化が大きな部分ではパッチ境界において平均曲率コンターに不連続が目立ち,平均曲率に大きなギャップを生じていることが分かる.そこで,パッチ境界での平均曲率のギャップを基準に非平滑度を定義することを考える.ただし,闇雲にギャップを小さくしようとすると逆にパッチ内部での極端な平均曲率変化を引き起こすことが懸念されるので,パッチ内部での平均曲率の変化を抑制する効果を取り入れた非平滑度を以下に定義する.
 
 
 (5)式右辺の第1項は指定する領域のパッチ内の面積分を,第2項はパッチ境界に沿った線積分を表す.右辺第1項はパッチ内の平均曲率変化の総量的な意味合いを持つ.Cm_gapはパッチ境界における隣り合うパッチの平均曲率のギャップの値である.第2項には重み係数wgが乗じてある.この係数を大きくすれば,与えられた制約内で平均曲率のギャップをより小さくしようとする方向に曲面が変化するが,かえって各パッチ内での曲率変化が大きくなる.この重み係数の設定値についてはフェアリングを実施する者が状況に応じて判断する必要があり,ある程度の試行錯誤が必要となる.
3.2.3 船体断面曲線群の曲率変化に着目した非平滑度
 ここまでは,船体表面の平均曲率に着目した非平滑度について検討してきたが,次に断面曲線群を対象にした非平滑度の定義を考える.実際に造船所で行われるフェアリング作業ではCADが表示する船体の断面曲線群の曲率変化をポキュパインと呼ばれる表示方法で観察しながら,曲線群を制御する点列を少しずつ移動させて平滑な船体を作り上げる.最終的には断面曲線群を紙面に印刷し,曲線に沿ってバテンを当てて曲率変化の不具合を見つけて解消していく.この手法に倣い2次元断面曲線群の曲率変化に着目した非平滑度について検討する.Fig. 4に簡易CADから出力された船体のフレームラインに沿ったポキュパイン(porcupine)を示す.ポキュパインとは曲線上の点から曲線の法線方向に描かれる線分で,その長さは曲率の値になっている.曲線に沿ってポキュパインを表示することによって,曲率変化や変曲点の位置を視覚的に捉えることができる.ポキュパインの先端を結ぶ曲線がフレームラインと交差する点がフレームラインの変曲点である.フレームラインの変曲点数は設計者が意図して定めるものであって必要以上に変曲点が多い船型は平滑ではないといえる.今回用いた船型では概略から判断してフレームラインの変曲点数は船尾付近で2つ,ミジップ付近では0となると考えられる.しかしFig. 4に示した船体のフレームラインは多いところで5つもの変曲点を持ち,フレームラインが波打っていることが分かる.そこでまず,フレームラインごとに許容する変曲点数を指定し,その数よりも変曲点が多い場合はフレームライン制御点の移動に対する変曲点数変化の感度を調べ,最も少ない移動量で変曲点数を減少させるものから順に制御点を移動させて変曲点数を指定した値まで減少させる.しかし,この操作だけでは変曲点数が減少するだけで,曲率が滑らかに変化するとは限らない.そこでさらに,以下のような非平滑度を定義し,この関数の最小化によってフェアリングを試みる.
 
 
 式中kはフレームラインの曲率を表し,lはフレームラインの長さである.この非平滑度関数はフレームラインの曲率が極値をとる位置での曲率の2階微分値の絶対値を足し合わせたものである.これを最小化することによって,フレームラインの概形を損なうことなく曲率分布のふくらみやへこみを出来るだけ小さくすることが出来ると考えられる.
 
Fig. 4  Curvature distribution along the frame lines shown with porcupine.
 
3.3 最適化手法
 本研究では非平滑度関数を最小化させる手法に非線形計画法の一つである逐次2次計画法9)(SQP法)を用いた.逐次2次計画法は最小化すべき目的関数を設計変数の局所的な2次関数で近似し,目的関数の極小値の探索方向を定める.次に探索方向に沿って直線探索を行い極小値を探し出して設計変数の更新を行う.この処理をある収束条件が満たされるまで反復し最適解を求める.


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