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労働安全のための日射下の温熱環境評価と熱対策に関する研究
(その2 作業限界と対策)
 
正員 福地信義*  正員 竹内 淳**
 
* 九州大学大学院工学研究院
**九州大学大学院工学府(研究当時、現在IHI-MU)
原稿受理 平成17年10月7日
 
A Study of Thermal Stress Based on Metabolic and Radiation Heat for Improvement of Working Environment in Exposed Spaces
(Part 2 Allowable threshold for working and thermal control measures)
 
by Nobuyoshi Fukuchi, Member
Jun Takeuchi, Member
 
Summary
 In a hot season with skylight, the storage of body heat during an operation at an exposed working place causes the deteriorating work efficiency and the physiological defect. Therefore, it is necessary to keep the suitable working environment by taking measures for the exclusion of heat storage of worker's body corresponding to the magnitude of working load.
 In first report, the formula on heat storage of human body considering the effect of sunshine was established. And this report describes that the thermal criterion of working environment is defined by merging thermal environment factors, in order to judge the allowable threshold of work and to settle on the thermal-control measures. Moreover, the contour line of thermal storage is proposed for the estimate of effects on heat-measures of every sort.
 
1 はじめに
 造船所の外業現場では夏季には厳しい暑熱環境下に曝され、作業効率の低下の他に、注意力低下による労働災害の発生、さらには熱中症の発症も起こり得る。従って、作業環境の熱的要因が人体に与える影響を考慮した適切かつ効果のある温熱対策を行って労働安全性を確保することが不可欠である。
 前報1)では、夏季に外業現場の熱的な環境調査を行ってその実態を把握するとともに、エルゴメータを用いた実験により日射のある暑熱環境下での作業時の種々の環境・温熱要因と人体の蓄熱量との関係を明らかにした。本報では、熱的環境要因に対する作業許容限界の判断のために、暑熱環境下の体蓄熱量に基づく指標を定め、種々の暑熱対策とその効果について考察した。さらに、暑熱対策のレベルを決めるための等蓄熱線図を作成し、適用例として暑熱期の横浜、神戸、福岡における対策レベルを算定した。
 
2 日射環境下の作業限界と人体蓄熱量の予測
2.1 人体蓄熱に対する温熱環境要因の影響分析
 実験データ1)により得られた温熱環境要因の人体蓄熱量に対する影響の大きさを調べるために、ステップワイズ法による重回帰分析2)を行って、蓄熱量S[W/m2]を代謝量Met [Met]、気温Ta[℃]、相対湿度RH[n.d.]、平均放射温度MRT[℃]、気流速Va[m/s]、皮膚温度Tsk[℃]、全天日射量Esun[W/m2]などの温熱環境要因により表すと、重回帰式は次のようになる。なお、被服量、太陽高度、太陽方位に関しては、前報1)の相関分析と同様に除外した。
S=43.846Met+6.678Ta+35.106RH+1.722MRT
-6.648Va-14.037Tsk+0.007Esun+178.964  (1)
 Table 1に回帰係数とその標準偏差、および標準化回帰係数等を示す。この重回帰モデルは自由度調整済決定係数が0.987であり、モデルの適合性は妥当であり、有意確率も10-3以下であることから5%有意水準を満たしており有意である2)
 回帰係数間の比較のために平均を0、分散を1.0となるように正規化した標準化回帰係数から、目的変数である蓄熱量への影響の大きさは、気温(0.676)、代謝量(0.618)、平均放射温度(0.599)、皮膚温度(-0.362)、気流速(-0.148)、相対湿度(0.071)、日射量(0.051)の順となっている。このことから、人体の蓄熱量に大きな影響を及ぼす漉熱環境要因としては、まず気温、代謝量、平均放射温度であり、それらが複合した結果としての皮膚温度も人体の蓄熱に大きな影響を及ぼすと考えられる。一方、相関分析と同様に、重回帰分析においても人体の蓄熱量に対して相対湿度および日射量の影響はそれほど大きくないが、“暑い・寒い”の感覚に対しては大きな影響を及ぼす要因である。
 
Table 1  Regression coefficients of thermal environmental factors
Objective variable Regression coefficient Normarized
β Standard deviation regression coefficient
Metabolic heat [Met] 43.846 0.727 0.618
Air temperature [℃] 6.678 0.159 0.676
Relative humidity [n.d.] 35.l06 5.473 0.07l
MRT [℃] 1.722 1.722 0.599
Air velocity [m/s] -6.648 0.716 -0.148
Skin temperature [℃] -14.037 0.486 -0.362
Skylight radiative heat [W/m2] 0.007 0.002 0.051
(Constant) [n.d.] l78.964 13.882
 
 従って、人体蓄熱を抑制する際には、代謝量や気温、平均放射温度、気流速を調整することが最も効果的である。しかし、外業現場では気温や気流速などの気象状態に強く依存する要因を直接的に制御することは困難であるために、代謝量を減少させたり、作業中に休憩を取るなどして蓄熱を抑えたりする他、ファンなどにより強制的に放熱を促すことなどが対策として考えられる。
 
2.2 作業限界
 人間は発汗や震えなどの様々な生理的機構により基幹温度(体の中核部の温度)を一定に保つ恒常性をもつが、人種差、個人差はあるものの蓄・放熱が大きくなれば基幹温度は上下動し、その限界を超えれば死に至る。人体が温熱的に限界に達する過程では、徐々に基幹温度が低下もしくは上昇して限界に至ることから、その限界を基幹温度の変動値で規定することが可能である。
 基幹温度の致死限界値として、高体温における死亡例では基幹温度が41.1℃を超えることは稀で、人体における何らかの非常機構があると推定されている。正常な基幹温度を37.5℃とすると最大3.6℃の基幹温度上昇が致死限界値と考えられる3)
 しかし、暑熱下の作業における限界としては、一過性の条件ではなく、以後に障害をもたらさずに継続して作業できることが重要であり、これを条件とした実験などから、基幹温度1.0℃上昇が限界と考えられている。平均日本人成人男子の身長167cm、体重62.7kg、から体表面積を1.66m2とし4)、人体の熱容量を3.47[J・kg-1・℃-1]とすると、基幹温度を1.0℃上昇させるのに必要な熱量は18.2[W/m2]となる。このことは、ISO7933においても、最大蓄熱量が50.0[W・h/m2](0.18[MJ/m2])で「警告」、60.0[W・h/m2](0.216[Mj/m2])で「危険」としており、それぞれ基幹温度が0.8℃および1.0℃上昇するのに相当する。
 さらに、人体蓄熱量の面から作業限界を考えると、船舶関係の労働調査では、過去の作業として最も過酷であった石炭焚船の機関員の石炭焚作業は、1時間労働に1時間休憩、で、乾球温度40℃が限界であり、35℃であれば継続可能となっている4)。焚火作業は重労働であり、その蓄熱量は40℃で0.76[MJ/m2]、35[℃]で0.61[MJ/m2]と推定され、この付近が限度と考えられる。また、航空宇宙関係(NASA)の実験では、活発に働かしている筋肉に1000Btu(1.056MJ)まで蓄熱することができることが分かっている。この値に欧米人の平均体表面積1.86m2を用いると、限界値は0.57[MJ/m2]となる。
 以上のことを踏まえ、ここでは、NASAの実験による人体蓄熱量の限界値0.57[MJ/m2]を作業限界値と見なした。これを基に、一般に作業能力は生理的に耐えうる限界値の75%付近で悪化し始めることから、人体蓄熱量の許容値を0.4[MJ/m2]とした5)6)
 
2.3 作業者の蓄熱量予測
 前報1)で述べたエルゴ・メータを用いた人体蓄熱実験においては、被験者の皮膚温度を測定し蓄熱量計算に用いたが、外業現場においては作業者に皮膚温度の計測センサーを取り付けることが困難なために、皮膚温度については以下のように推算した。
(1)平均皮膚温度の近似
 平均皮膚温度TskはFangerにより次式から与えられている7)
Tsk=35.7-0.028Qm [℃]  (2)
 ここで、Qmは全熱損失量[W/m2]であり、皮膚表面からの対流熱伝達Cと放射熱伝達R、皮膚表面からの蒸発損失量Eskおよび呼吸による熱損失量Qresからなり、次式のようになる。
 
Qm=(C+R)+Esk+Qres [W/m2]  (3)
 
 Fangerにより、EskとQresは機械的仕事を0と仮定して、次のように表されている7)
 
Esk=3.05×10-3(5733.0-6.99M-Pda
+0.42(M-58.15)  [W/m2]  (4)
 
Qres=1.7×10-5(5867.0-Pda
+0.0014M(34.0-Ta)  [W/m2]  (5)
 
 ここで、Mは代謝量[W/m2]、Pdaは露点温度における飽和水蒸気圧[Pa]、Taは気温[℃]である。
 露天温度における飽和水蒸気圧を1.5[kPa]として(4)式および(5)式からEskとQresを計算し、(3)式に代入すると次式のようになる。
 
Qm=1.96(C+R)-21.56  [W/m2]  (6)
 
 なお、飽和水蒸気圧をある程度変えても、Qmの値はあまり変化しない。
 さらに、(6)式を(2)式に代入すると次の式を得る。
 
Tsk=35.7-0.055(C+R)  [℃]  (7)
 
 ここに、衣服の総合熱伝達率をh[W/m2K]、伝熱効率をFd[n.d.(無次元)]および作用温度をToとすると、
 
C+R=h・Fcl(Tsk-To)  [W/m2]  (8)
 
であり、平均皮膚温度Tskは次式で導かれる6)
 
Tsk=363.0.055h・Fcl(36.3-To)/(1+0.055h・Fcl)[℃]  (9)
 
(2)蓄熱量の試算
 造船所において温熱環境計測を行った際の作業内容の記録より、解析例として艤装中の新造船上甲板上での作業者の蓄熱量を算出した。計算データとしては、計測した気温、相対湿度、平均放射温度、気流速、全天日射量を用いた。また、代謝量に関しては軽度作業および中程度作業の作業内容とその作業内容の割合をTable 2に示すが(前報1)3.3を参照のこと)、その作業量に基づいた平均代謝量を軽度作業は1.80Met、中程度作業は2.08Metとし、被服量については実験時と同じ1.0cloとした。さらに、全天日射量に関しては対象時間帯の平均値を用いた。また、計算対象の時間帯は、通常では気温が最も高くなり勝ちな午後2時以降20〜30分間および計測時には最も気温の高かった午前11時以降の20〜30分間とし、軽度作業と中程度作業に対する作業者蓄熱量の計算結果をFig. 1に示す。
 
Table 2 Time ratio of every work to the whole work
Class Work contents Working time Ratio [%]
Low Metabolic work Preparation, Marking, Cleaning 7m16s 33.9
Welding 13m03s 60.8
Tearing off the slug 9s 0.7
Taking a rest 59s 4.6
Whole working time 21m27s 100
Moderate Metabolic work Preparation, Marking, Cleaning 5m25s 17.9
Welding 17m47s 58.8
Tearing off the slug 7m02s 23.3
Taking a rest 0s 0.0
Whole working time 30m14s 100
 
Fig. 1  Storage of worker's body heat during imaginary operation
 
 この図より、軽度作業と中程度作業の代謝量の違いから蓄熱量の差が生じており、作業開始から20分後における蓄熱量の差はおよそ0.02[MJ/m2]である。
 作業終了時の蓄熱量が最も多かったのは、午前11時の中程度作業でおよそ0.21[M/J/m2]、最も少なかったのが午後2時の軽度作業でおよそ0.11[MJ/m2]であった。それぞれの作業時間内での人体の蓄熱量は許容値0.4[MJ/m2]までは至らず問題は無いが、造船所での作業が一般に午前9時〜正午および午後1時〜5時であり、最長で連続4時間の作業があり得る。仮に軽度作業であっても4時間の連続するとその蓄熱量は1.32[MJ/m2]となり、人体蓄熱量の許容値をはるかに超えてしまうが、実際には造船所では適度の休憩、や各種の熱対策が行われている。


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