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3. 造船会社における実験
 構築した知識伝承システムの有効性を検証するため、大手造船企業4社において、本システムを用いたワークフロー作成および文書登録の実験を行った。本章では、実験を通じて得られた知見やシステムヘのフィードバックについて説明する。また、本システムを利用した場合の知識獲得のパターンを類型化する。
3.1 A社の事例
 A社では、熟練設計者にあらかじめ紙面上で作成してもらったダブルハルVLCCの設計フローチャートを本システムに実装した。実装は設計者の説明を受けた本研究室のメンバーが2時間程度で行った。本事例においては、Workflow Editorを用いたワークフロー作成のみを行い、文書の関連付けは行っていない。ここで作成されたワークフローをFig. 4に示す。
 この実験を通じて以下のフィードバックを得た。
■ワークフローのネスト
 全体の流れから具体的な知識を実装する細かいレベルの作業までを表現するには、ワークフロー内の一つの作業を細分化して新たなワークフローとし、入れ子構造で作業を記述するネスト機能が必要である。
■タスクの重要度の表現
 ワークフローを構成する各タスク間の依存関係はリンクで表現されているが、各タスクの規模や重要度を表現できることが重要である。
■文書の登録方法について
 ドラッグ&ドロップによる文書のタスクヘの関連付けは非常にわかりやすく、自分の文書を整理するためにも積極的にフローチャートを書く意欲がわく。
 本事例を通して、熟練技術者がワークフローを作成することによって、タスクの依存関係だけでなく、その重要度なども明らかになることがわかった。また、ドラッグ&ドロップによる容易かつ直感的な文書登録方法の提供によって、積極的なワークフローの作成が促進され、知識獲得の機会が高まったと言える。
 
Fig. 4 Workflow for Structural Design
 
3.2 B社の事例
 B社では、機関室の配置検討、機器の構成・要目検討を行う設計者に、各機器の要目決定に関する業務を紙面上に整理してもらい、それをシステム上に実装する作業を行った。本事例では、実際の業務で用いているExcelで作成された計算書を要目決定ワークフローの各タスクに関連付けた。システムヘの実装作業は、研究室メンバーの支援を受けながら、全てB社の設計者が行い、業務内容の整理に2時間程度、ワークフローの記述と関連文書の登録に3時間程度を要した。ここで作成されたワークフローをFig. 5に示す。
 この実験を通じて以下のフィードバックを得た。
■ワークフロー内のタスクのグループ分け
 機器の要目決定はタンクの容量決定やヒートバランスの計算などといったグループに分類できるため、関連したタスクごとのグルーピングを行いたい。
■他部門における作業の表現
 今回作成したワークフローの中には作業開始条件として他部門の作業が含まれている。そのため、他部門の作業内容については、その他のタスクと同様に表現するのでなく別の表現方法が欲しい。
■記述したワークフローの普遍性
 今回の設計工程は、設計者が異なる場合でもほぼ同じ手順となるが、船種が異なる場合は装備品の違いなどによりその内容が大きく変わる。したがって、船種ごとの標準的なワークフローを作成しておけば効率的であると考えられる。
■特殊なケースについて
 実際の業務においてはワークフローでは表現できないような例外的なケースが存在するが、その都度対処することにして単純なワークフローにしておく方が現実的である。
 本事例を通して、これまで暗黙的な知識となっていた計算書同士の依存関係が、ワークフローへの関連付けによって明確になることがわかった。これにより、若手にとって従来は困難であった計算書間の関連性の体系的な理解が容易になったと言える。
 
Fig. 5 Workflow for Machinery Outfitting
 
3.3 C社の事例
 C社では、船殻部材の組み立て順番を決定する工作図の作成に関するワークフローをシステムヘ実装した。ここでの組み立て順番の決定には、ACIMの成果物であるCAPP systemをC社向けにカスタマイズしたものを利用している。本事例では、CAPP systemの資料を基にして作成した説明書や図を関連文書として登録した。システムヘの実装は研究室メンバーが行い、CAPP systemに関するヒアリング・資料読解に約7時間、ワークフローの作成に約1時間、知識文書の作成と登録に約4時間を要した。また、C社の設計者が作成したワークフローに関して研究室のメンバー5人で議論を行った。作成されたワークフローをFig. 6に示す。
 この実験と議論を通じて次のフィードバックを得た。
■ワークフローのネスト
 小組に関する部分のように作業内容の増加に伴ってタスクの数を増やすと作業の全体像が見えにくくなってしまう。そこで、A社の事例で得られたフィードバックと同様、ワークフローのネスト構造の作成が望まれる。
■基本的な説明文
 本事例で作成したワークフローは、A社やB社の事例と比較してより細かいレベルの内容となっており、各タスクに関する説明文は2〜3行の長さである。これは、1文書として作成するには短いが、タスク名にするには長すぎる。今回は、タスク名を「基本ルール1」のような形式にし、具体的なルールの内容は文書を作成してその中に記述した。しかしこうした方法では、ルールの内容を確認したいときに、タスクを選択し、関連文書一覧から基本ルール文書を選択しなければならず、得られる情報量の割に操作が面倒である。そのため、こうした長さの内容は関連文書一覧の中に直接表示されることが望ましい。
■例外の取り扱い
 実際には、このワークフローでは表現しきれない例外が大量に発生する。しかし、「建造場所」や「船種」、「ブロックの種類」といった条件でフィルタリングすることで多くの例外を分類することが可能である。
 この実験を通して、建造場所や船種、ブロックの種類といった、ワークフロー中には現れていない例外分類の条件を設計者から獲得することができた。また、作成されたワークフローを介した議論によって、その作成作業に参加していないメンバーでも議論に参加できる程度の知識を伝達可能であることを確認した。
 
Fig. 6 Workflow for Production Planning
(拡大画面:55KB)
 
3.4 D社の事例
 D社では、二重底の強度の簡易計算方法である山越の方法に関する資料を用意してもらい、そのワークフローをシステム上に実装した。本事例では、山越の方法を説明した資料や過去に強度計算を行った実船データを基にして作成したExcelシートなどを関連文書として登録した。システムヘの実装作業は研究室メンバー2名で行い、資料の読解からワークフロー完成までに約1日を要した。また、完成したワークフローを設計者に確認してもらった。ここで作成されたワークフローをFig. 7に示す。
 完成したワークフローを設計者に評価してもらうことで、二重底単位面積荷重に関する部分に誤りがあることが指摘された。関連文書として登録されているExcelシートを確認することで、初期入力として計算する必要の無い値を求めていることがわかった。長年やってきた手順にも不要なものが含まれていることがわかる。
 この事例を通して、ワークフローに表現することで全体の整合性を概観することが可能となり、細かい議論や内容確認に関してはタスクヘの関連文書を閲覧することによって、効率的な知識の育成・更新が行えることがわかった。
 
Fig. 7 Workflow for Yamakoshi's Method
(拡大画面:62KB)
 
3.5 知識の獲得パターン
 上記の4事例を通して明らかになった本システムを利用した知識獲得のパターンを以下の5つに分類した。
■個人の内省による知識獲得
■マネージャーの内省による知識獲得
■文書のタスクヘの分類
■文書のワークフローへの変換
■ワークフローによるコミュニケーション促進
 個人の内省による知識獲得とは、個人が自分の経験を思い起こすことによってワークフローを書き出すことにより知識獲得を行うパターンである。個人レベルで行いやすいパターンであり、1週間単位やプロジェクト単位などの経験をワークフローにするという例が考えられる。
 マネージャーの内省による知識獲得とは、個人が自分以外の人間の経験を含めて部・課・チームなどの組織の経験をワークフローとして書き出すことにより知識獲得を行うパターンである。このパターンは組織の活動全体を把握しているマネージャーのような立場の人により行われる必要がある。
 文書のタスクヘの分類とは、既に存在する文書をその内容によってワークフローのタスクヘと分類していくことにより知識獲得を行うパターンである。このパターンではワークフローが既に存在していることが前提にあるため、同じ部署のメンバー同士が計算機を介して知識を共有しあうような場合に適している。
 文書のワークフローへの変換とは、既に存在する文書の内容をワークフローとして書き出すことによって知識獲得を行うパターンである。このパターンでは知識は既に文書の中に形式知化されているため、内容に明るくない人がワークフローを記述する場合に向いている。
 ワークフローによるコミュニケーション促進とは、ワークフローという補助的な情報を提示すること12)によって議論を活発化し知識獲得を促すパターンである。このパターンでは、熟練者を最低1人含んでいれば活発な議論が行える。
 
4. 考察
 造船会社における4件の検証実験を通して、本システムの基本コンセプトであるワークフローによる業務プロセスの記述と各タスクヘの文書の関連付けというアプローチが、造船会社の業務における知識獲得に有効であることを確認した。しかし、「ベテランの薀蓄」という高度な知識の若手への伝承に本システムが有効であるかを検証するまでには至らなかったため、今後の課題として、Q&Aやコメント付加、全文検索といった機能の知識伝承への有効性の検証をしていく必要がある。
 また、今回の検証実験におけるシステムの有効性評価は定性的なものにとどまっている。知識伝承の度合いを定量的に評価することは困難であるが、例えば同じ知識を表現した文書を本システムと既存のデータベースとで管理し、その参照回数を比べることによって知識伝承の配布に関して他システムとの比較を行うといったような、何らかの定量的評価が必要であると考えられる。
 今回はその有効性を検証することができなかったが、サーバ側で記録しているログの利用も今後の課題と考える。例えば、試行プロセスを通して、具体的にどういったパターンでベテランの薀蓄が獲得されるかといったことが明らかになれば、知識伝承の方法論の提案につながる可能性がある。また、作業ログを分析することで、業務プロセスやタスクごとの作業時間、頻繁に参照される文書などを明らかにすることが可能であり、知識伝承を今後どのように改善するか、あるいは業務そのものをどのように改善していくか検討するための重要なデータとなることが期待される。
 
5. 結論
 セマンティックWeb技術によるワークフローと知識文書との関連付けを基本コンセプトとした知識伝承システムを設計し、ドラッグ&ドロップによる文書登録機能、Q&A機能、コメントの付加機能、全文検索機能、作業履歴の記録機能などが知識伝承に有効であると考え、実装を行った。
 また、検証実験を通じて以下の項目の有効性を確認した。
■業務プロセスのワークフローによる視覚化
■ワークフローと文書との関連付けによる体系的な知識の管理
■保守の容易性(容易なワークフロー作成、ドラッグ&ドロップによる直感的な操作による文書の登録など)
 また、本システムによる知識獲得の5つのパターンを明らかにした。
 
謝辞
 本研究は独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金による基盤研究(B)(2)16360433の補助を受けて実施したものである。また、造船工業会からの補助を受けて造船工業会造船KMシステム検討チームと共同で実施したものである。関係各位に厚く御礼申し上げる。
 
参考文献
1)日本政策投資銀行, 我が国主要製造業の国際競争力変化と国内立地動向, 2001
2)国土交通省, 平成16年度国土交通白書, 2005
3)総務省, 労働力調査, 2003
4)経済産業省・厚生労働省・文部科学省, 平成13年度ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告, 2001
5) Guus Schreiber, Hans Akkermans, Anjo Anjewierden, Robert de Hoog, Nigel Shadbolt, Walter Van de Velde, Bob Wielinga, KNOWLEDGE ENGINEERING AND MANAGEMENT The CommonKADS Methodology, The MIT Press, 2001
6)大和裕幸, 安藤英幸, 唐澤武郎, 内藤紀彦, セマンティックウェブとワークフローを用いた造船設計CADシステム, 日本造船学会論文集, Vol.195, pp111-122, 2004
7)造船KMシステム検討チーム, 平成15年度活動報告書「ナレッジマネージメント(KM)システムの検討と基盤技術の開発」, 造船工業会, 2004
8) World Wide Web Consortium, Semantic Web, http://www.w3.org/2001/sw,2004.
9) Graham Klyne, Jeremy J. Carroll, Resource Description Framework (RDF): Concepts and Abstract Syntax, http://www.w3.org/TR/2004/REC-rdf-concepts-20040210/, 2004
10) Jena - A Semantic Web Framework for Java, http://jena.sourceforge.net/
11) Gerard Salton, Christopher Buckley, Term Weighting Approaches in Automatic Text Retrieval, Information Processing and Management, Vol. 24, No.5, P513-523, 1988
12) Harper Douglas, Working Knowledge: Skill and Community in a Small Shop, University of California Press, 1987


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