5.2 大型モデルの評価
次に、実船社をモデルに、自動配船アルゴリズムを適用した結果を見ることで、手法の有効性を検討する。対象としては、黒物ケミカル輸送を取り上げる。なお、黒物ケミカル輸送は、以下に述べるように内航不定期船の中では、非常に複雑な輸送形態である。
5.2.1 モデルの概要12)13)
黒物ケミカル輸送とは、コールタール及びそれを主原料とする各種関連製品の輸送をいう。コールタールは主にコークス製造工程の副生成物として発生する。発生場所は大部分が鉄鋼会社であり石炭化学会社へ輸送されてクレオソート等の各種関連製品が得られる。黒物ケミカル輸送では、荷揚げを行った港で更に荷積みを行って別の港へ向かうことも多く、ネットワーク型の複雑な輸送形態となっている。このため、白油・黒油輸送等の、工場―貯蔵所間の往復が支配的となる輸送より、同一使用船腹数に比して解を求めることが困難である。
今回、解析対象とした企業は国内黒物ケミカル輸送の最大手であり、9社の荷主からコールタール(TAR)、ロードタール(LTAR)、クレオソート(CO)、ブラックオイル(BO)、洗浄油(WO)、粗製ベンゼン(CN)、エチレンボトム(EBO)の計7品目の輸送を受注している。なお、当該船社はオーダー式とタンクバランス式の配船を混合して実施しているが、ここでは全てタンクバランス式で配船を行っていると見なして計算を行う。
輸送に用いているタンカーは協力会社を含めて9隻であるが、うち2隻は小型船であり、かつ輸送先も固定されているため検討から除外し、残りの7隻を対象とする。7隻のタンカーはいずれも499〜749GT、1100〜1600DWT、速力11〜13knotの仕様である。
Fig. 8に輸送対象となる工場の分布モデルを示す。工場の総数は23箇所あり全国に立地している。これらにそれぞれ1〜6品種、合計48個の生産タンクまたは消費タンクがあり、独立に増減を行う。
5.2.2 配船計画の計算
配船計画を作成する期間、すなわち必要な輸送持続時間は、1月分(31日)に前後1日を加え33日間(792時間)としたまた、3.3.2における評価関数中の定数Ct及びCiの値は小型モデルと同じ値を用いた。
(1)遺伝子データベースのみを用いた場合
500個からなる染色体プールを用いて500世代の進化を行った。その結果、複数回の試行を行っても輸送持続時間が必要期間を満たす解は得られなかった。解空間の多峰性が非常に大きいにも関わらず、ヒューリスティクスデータベースを用いないこと等により探索能力が不足したため、いわゆる早熟な収束が起こって局所解から抜け出せなかったと考えられる。
(2)ヒューリスティクスデータベースを併用した場合
データベースには、過去の実際の配船事例から採取したもの及び解析者判断により作成したものの計25個をヒューリスティクスとして登録した
上記と同様に500個からなる染色体プールを用いて進化計算を行った結果、試行の半数程度において輸送持続可能な解を得ることが出来た。ヒューリスティクスデータベース導入の効果は非常に大きい。
計算結果例の一部をFig. 9〜12に示す。本例は、262世代目で必要期間(792時間)の輸送持続可能な解を得られたものを、引き続き300世代まで世代交代させてタンク残量を改善したのち、計算を打ち切ったものである。
Fig. 9は評価関数値の世代毎の成長履歴であり、いくつかの大きな評価値の改善を経ながら、漸進的に改善していることが分かる。
なお、上記改善形状により、遺伝的アルゴリズムにおける経験則からは、本稿で用いたアプローチは本課題に対して非常に適しているといえる10)(逆に、遺伝的アルゴリズムに適さない場合では、評価関数が大きく階段状にのみ変化することが多い)。
Fig. 9 Score Improvement History (Large Model)
Fig. 10 |
TankerAllocation Summary (Large Model)
(portion) |
Fig. 11 Tank Level Movement (Large Model) (portion)
Fig. 12 |
Tank Level Transition between Transport
(Large Model) |
Fig. 10からは、同様な荷役パターンが複数回出現していることから、ヒューリスティクスデータベースから構成された輸送が活用されていることが分かる。
Fig. 11は各タンクの在庫量の変化を示したものであり、Fig. 12は33日分の輸送の前後における、最大タンク容量に対するタンクレベルの割合の変化を示したものである(消費側タンクでは在庫量が1に近いほど安全であり、生産側タンクでは在庫量が0に近いほど安全であることに留意されたい)。輸送後にレベルが許容限界に近づいているものもあるが、概ね緊急とまでは言えない範囲に入っており、妥当な輸送が行われていると言える。
なお、本計算に使用した計算機はCPUが3.4GHz(Intel社Pentium 4)、メモリが512MBのパーソナルコンピュータ1台であり、要した時間は約19時間である。今後、シミュレーションプログラムの構成等を見直すことで高速化が可能と考えている。複数台の計算機による並列計算を行い、また、統計的解析手法を取り入れるなど進化機構の高度化を進めることと併せて、計算所要時間の短縮を行っていきたい。
6. 結言
本稿では、遺伝的アルゴリズム及び物流シミュレータを用いて不定期船の配船計画を自動で作成する取り組みについて報告した。対象として、今後の発展の可能性が高いと考えられる、タンクの在庫量を船社が管理する形式の輸送(タンクバランスタイプ)を取り上げた。配船アルゴリズムを開発・実装し、実船社の輸送システムを対象に配船案の作成を試みた結果、以下が分かった。
(1)実船社を対象に不定期船の配船を自動で作成するには、対象船社の規模にもよるが、遺伝的アルゴリズムを用いかつ配船案の評価に物流シミュレータを利用するという本稿のアプローチは有効と期待できる。
(2)上記アプローチにおいて探索性能を向上させるには、ヒューリスティクスデータベースを導入することが非常に効果的であり、課題の困難度によってはその利用が不可欠な場合もある。
今回の取り組みにより、配船計画の対象となる期間においてオーバーフローもしくはドライアウトを起こさず、かつ輸送内容も概ね妥当な配船計画を得ることが出来た。今後は、更に輸送性能の高い配船計画を短時間に得られるよう、手法の改良やシミュレータプログラムの見直しによる高速化、及び分散計算への対応を行うと共に、今回扱わなかったオーダー式の輸送にも取り組んでいきたい。
謝辞
本研究を進めるにあたり、西部タンカー株式会社殿には多大なる御協力を頂いた。記してここに謝意を記す。
参考文献
1) Campbell, A and M. Savelsbergh, "A Decomposition Approach for the Inventory Routing Problem" Transportation Science, Volume 38, Number 4, 2004, pp488-502.
2) David Ronen, "Marine inventory routing: shipments planning," Journal of the Operation Research Society, Volume 53, 2002, pp108-114.
3) Marielle Christiansen, "Decomposition of a Combined Inventory and Time Constrained Ship Routing Problem, Transportation Science, Volume 33, No.1, 1999, Pages 3-16.
4)勝原他, 国内マクロ物流の海上輸送シミュレーション, 第74回船舶技術研究所研究発表会講演集, 2000, pp133-136
5)松倉他, 内航セメント輸送シミュレーション手法の研究, 日本造船学会講演会論文集第1号, 2003, pp31-32
6)松倉他, 黒物ケミカル製品輸送を対象とした逐次型配船手法の研究, 日本造船学会講演会論文集第2号, 2003, pp179-180
7)松倉他, 内航不定期輸送シミュレーション手法の研究―荷主・オペレータ間のe−ビジネスの評価―, 日本造船学会講演会論文集第3号, 2004, pp77-78
8)松倉他, 企業間協力が海上不定期輸送に与える効果のシミュレーション評価, 日本造船学会論文集第195号, 2004, pp43-51
9)久保他, 応用数理計画ハンドブック, 朝倉書店, 2004, pp604-607
10)伊庭, 遺伝的アルゴリズムの基礎―GAの謎を解く―, オーム社, 1996
11)システム制御情報学会編, 遺伝アルゴリズムと最適化, 朝倉書店, 1998
12)財団法人日本海事航法協会, 日本の港湾, 2001
13)社団法人日本芳香族工業会編, 芳香族及びタール工業ハンドブック第3版, 2000
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