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II 関係先連絡後の陸上関係機関と接触するまでの船内措置事項
i 被害者への対応
 
(1)生存している場合
 船長は、船内における被害者への継続的な看護の実施、看護記録の作成を指示するとともに、適宜被害者からの事情聴取を行うものとする。
 事情聴取では特に、被害事実、被害に至る経緯について聴取する。事情聴取を行い、犯罪事実を記録する際の参考として、海上保安庁が捜査の実務的な注意規定として用いていた、以下に紹介する八何の原則を参考とすることができる。
 同原則を参考とする場合、その八何の原則の各項目を明らかにするよう事情聴取を行うものとする。
 なお、八何の原則は当然被疑者からの事情聴取においても参考とすることができる。
 
八何の原則
八何 捜査事項
何人が 被疑者
何人とともに 共犯関係
何時 犯罪の日時
何処で 犯罪の場所
何故 犯罪の原因
何を、何人を 犯罪の客体
どのような方法で 犯罪の手段方法
どうした 犯罪の結果
 
(2)死亡している場合
 船長は、被害者の死体について、可能であるなら棺桶に保管し、冷凍保存を行うものとする。
 客船の場合、死体保存専用の冷凍庫を備えており、その庫内温度は冷凍による死体の損壊を防ぐため-4℃程度となっているが、そのような設備のない通常の船舶の場合、一般の冷凍庫にスペースを確保して死体を冷凍保存するものとする。
 また、被害者の遺留品の保全についても指示するものとする。
 
ii 被疑者の監禁管理等
 
(1)事件事実の認否確認
 船長は、被疑者に対しても、犯行の動機、犯行の具体的な状況、犯行に至る経緯等について、上記の八何の原則を参考として聴取するものとする。また、被害者からの事情聴取で聴いた内容の確認聴取も行うものとする。
 
(2)監禁の状況
 被疑者の監禁が人道的な基本原則に則って行われていることを示すため、船長は供食の記録、管理記録の保全を監禁当直に指示するものとする。
 
iii 参考人の聴取
 
 船長は、船内において当時者以外に事件に関する情報を持っている乗組員から、参考人として任意で事情聴取を行い、被疑者、被害者からの事情聴取では不明な点についても明らかにするよう努めるものとする。また、事件事実の裏付けとなる証拠が参考人から提出された場合、証拠を保全するものとする。
 
III 関係陸上機関への引渡しのための船内準備及び実施事項
 
i 被害者への対応
 
(1)生存していた場合
 被害者を病院へ搬送するにあたり、船長は被害者を病床からどのような経路で船外に搬出するか決定し、その経路による被害者搬出の安全を確保するため、経路上の障害物の除去等を指示するものとする。また、被害者の持参持ち出し品について、船員手帳、パスポート、品目と送付先、送付方法について本人に確認をとるものとする。
 
(2)死亡した場合
 死体を陸上機関へ引き渡すにあたり、船長は死体を冷凍庫等からどのような経路で船外に搬出するのか船舶管理会社を通じ関係当局と協議のうえ決定し、その経路による搬出の安全を確保するため、経路上の障害物の除去等を指示するものとする。また、遺留品の陸揚げ方法等について、船舶管理会社と対応を協議するものとする。
 
ii 被疑者への対応
 
 船長は、陸上機関と事前に連絡をとり、被疑者引き渡しの日時、方法等について打合せ、引き渡し当日は監禁部屋の前において身柄を引き渡すものとす。また、船長は身柄引き渡し前、被疑者に持参陸揚げ品の品目、送付先、送付方法について確認しておくものとする。
 
iii 関係陸上機関への引渡しの事件概要全般に関する情報提供等
 
 被疑者の陸上機関への身柄引き渡し後、船内における現場検証、事情聴取が予定されるので、船長は船内における今までの事情聴取の結果等から、陸上機関に対し船内で事件概要の立会い説明を行うものとする。また、船長は陸上機関による事件当事者等への事情聴取に立会い、現在までに押収した事件関与証拠物、これまでに撮影した事件関連の写真、船長による事情聴取の記録について引き渡すものとする。
 
IV 記録の保存
 事件の発生を認知した時点以降の本船がとった措置(外部との連絡も含む)を、後日の参考とするため時系列に詳細な記録を取り、そのコピーも取って置く。
 
3.4.2 実務対応の一例シミュレーション
 上述の事件発生後、船内犯罪が発生した場合に、船長がとる実務的対応の一例を、以下にシミュレーションすることとする。
 

 
【6月10日】
 ペルシャ湾を出航し姫路港へ向けてインド洋を航行中のVLCC U号(L国籍船、298,000DWT、乗組員21名(日本人5名、M国人16名))船内娯楽室において、日本人二等機関士甲がM国人機関員乙に刺傷される事件が発生した。事件を目撃した他のM国人機関員が、直ちに船長に連絡。報告を受けた後船長は機関長、一等航海士、一等機関士に連絡、一旦事務室に参集、信頼できるM国人船員3名を集め、一同で船内娯楽室に向かった。室内には、刺傷された甲が腹部から血を流しながら倒れていて、乙はその付近で凶器のナイフを手にしたまま、放心状態で座り込んでいた。船長は乙に武器を捨てるよう説得するとともに、直ちに船舶衛生管理者である一等航海士に、甲の応急手当に取りかかるよう指示した。
 乙は気を取り戻し、船長の説得に応じて凶器を捨てた。船長は乙の拘束を指示するとともに、証拠品として凶器を自ら保管、空きの船室を用いて監禁部屋とし、そこに乙を監禁するよう指示した。また、監禁部屋の設置において乙の自殺防止、逃亡防止に注意するよう指示した。そして、監禁当直体制、被監禁者の人道的取り扱いについて一同と協議し、早速監禁当直を立て、乙の取り扱いに関する供食記録等の記録についても残すこととした。
 次いで船長は、現在の船位、保有燃料油量等を確認するとともに、甲の容態について一等航海士に報告させた。報告によると、甲は腹部の刺傷による大量の失血のため、危険な状態とのことであった。船長は、発生事実、甲が危険な状態にあること、乙の監禁状況等について船舶管理会社、海上保安庁に連絡するとともに、指示を仰いだ。
 船舶管理会社は人命保護を第一と考え、船長と協議の上、最寄りの港であるR国のS港へ寄港し、甲を病院に搬送することとした。早速船長はS港までの航海計画の立案を指示し、船舶管理会社の指示に基づいて、R国の沿岸警備当局に救助を要請した。
 海上保安庁より船舶電話で、R国の沿岸警備当局より被害者の救助に協力するとの回答がえられたとの連絡があり、R国の沿岸警備当局と連絡を密にするよう指示があった。また、S港に海上保安官を派遣し、U号船内で現場検証を行う予定であることが伝えられた。
 その後、本船船長にR国の沿岸警備当局より連絡があり、U号の現在位置、甲の容態、乙の監禁状態等について知らせるとともに、今後の連絡方法について打ち合わせた。
 
【6月11日】
 船長は、機関長、一等航海士、一等機関士同席のもと、監禁中の乙に対し、犯行の動機、手段、共犯者の有無等について事情を聴取し、記録を残した。甲については容態が悪化したため、事情聴取をとりやめた。R国の沿岸警備当局との連絡において甲の容態を連絡すると、ヘリコプターで取り急ぎ甲を収容、病院に搬送するとの申し出があった。船長は、当局と甲の収容地点について打ち合わせた。同日16時頃、ヘリコプターがU号に到着、甲を収容してR国の病院に搬送した。
 
【6月12日】
 U号はS港に入港、先に到着していた海上保安官が乗船して、乙への事情聴取及び現場検証を開始した。船長は、船内で実施した事情聴取の記録、乙の取り扱いに関する供食記録等の記録、及び犯行に使用された凶器等を海上保安官に引き渡した。
 
【6月17日】
 現場検証を終了し、U号は再び姫路港へ向かった。


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