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はしがき
 2000年の交通バリアフリー法の施行から6年が経過する。この法律は駅及びその周辺を整備する目的のもと基本構想を定めることになっており、多くの自治体が基本構想づくりを行ってきた。これらの基本構想は高齢者・障害者のモビリティ(移動性)を円滑化する意味では非常に意義あるものである。これを実現するために現在ではいくつかのガイドラインや基準類も充実しており、事業実施の段階では都市の主要駅ではエレベータを始めとする様々な施設が設置され、これまで移動に制約を持っていた人々にとって鉄道を利用して地域内の移動から地域外への移動へと、行動の範囲が広がり、外出する機会が増えることになるであろう。
 駅の基本構想を作る際に要望の強い項目として、視覚障害者のホームドアの設置要望および、車いす利用者のホームと車両の乗降時の問題などが常に挙げられるが、いくつかの課題も残っている。ホームドアに関してはいくつか試験的な試みがなされ、最近では可能な箇所から取り付けられている傾向にある。乗降時の問題についても、逆段差を認める方針で可能な限り段差を小さくする方向性にあり、ホームと車両の隙間についても縮小傾向にある。しかしながら、車いす利用者が通過可能な寸法の目安が掴みきれていないのが実情であり、混雑状況などにも配慮せねばならないわが国の鉄道事情も考慮すると段差と隙間をゼロに近づけることには限界もある。また、ホームと車両の段差と隙間は互いに相互関係にあると思われ、車いす利用者を対象とした段差と隙間を一体として扱った検証実験は国内では例がない。よって、交通バリアフリー協議会では日本財団の助成を受けて、これらの実態に関する研究を実施するため、兵庫県立福祉まちづくり工学研究所(以下、工学研究所と記す)と合同でホームと車両の段差と隙間を相互に考慮した検証実験を行った。本報告が今後の移動円滑化の一助になれば幸いである。
 
平成18年3月
社団法人 交通バリアフリー協議会
 
研究組織
(社)交通バリアフリー協議会
常任委員会 機器開発委員会(車両小委員会)
○安達 幸四郎 (株式会社 日立製作所)
○大崎 満   (三菱電機株式会社)
○沖松 邦正  (日本車輌製造株式会社)
○高山 晴彦  (株式会社 京三製作所)
○平井 俊江  (東急車輛製造株式会社)
 
研究協力機関
○米田 郁夫  (兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所)
○北川 博巳  (兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所)
 
事務局
○小栗 良夫  (社団法人 交通バリアフリー協議会)
 
参考文献
○(社)日本鉄道車両機械技術協会:ホーム高さと車両乗降口床面の段差縮小に関する調査報告, 平成13年3月、12月
○交通エコロジー・モビリティ財団:公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン, 平成13年8月
○国土交通省中国地方整備局:ユーバーサルデザイン実践の手引き
○ADAのホームページ:http://www.usdoj.gov/crt/ada/adahom1.htm
○米田郁夫、糟谷佐紀他5名:手動車いすによる縦断勾配走行時の負担と操作難易度評価、日本機械学会論文集(C編)、71巻701号、pp237-244、2005
○テクノエイド協会ホームページ:
 
1. 実験の目的
1.1 ホームと車両の段差・隙間の現状と課題
 わが国では公共施設内や道路に関して、車いす使用者を始めとする移動制約者が支障なく移動できるための各種基準が様々な形で検討されている。法律も交通バリアフリー法・ハートビル法が制定され、今後はバリアフリーに関する新法のもと、社会基盤整備がなされることになるであろう。また、ほとんどの自治体では福祉のまちづくり条例が制定されており、自治体によっては明確な整備基準を作成している。しかし、これらの法律の基準や条例では本研究のテーマとなる鉄道駅のホームと列車の段差と隙間に関してはこれまで明確な基準がなかった。
 その理由の一部として考えられるのが、わが国の鉄道は下記に挙げるような条件や制約のもとで沿線開発が進み、それに伴って駅舎が設置されてきた経緯があるためと思われる。
 
条件1: 鉄道を中心とした沿線開発
○従来日本の鉄道沿線開発は土地の条件制約がある中でされてきた経緯がある。そのため、曲線部が多く、カーブ形状のホームを有する駅舎もある。そのような駅ではとりわけホームと車両の隙間が大きくなり、段差も大きい現状にある。
○さらに、高度成長期以降都市が拡大し、鉄道沿線を中心とした開発が盛んになるにつれ、郊外居住が進んできた。それに伴って通勤客の混雑が顕著になった。安全に関する基準もこれに対応したものとなって、車両の大きな沈み込みを考慮しながら逆段差ができないことから段差が大きくなった経緯がある。
 
条件2: 移動制約者の利用を想定していなかった
○高齢者・障害者のモビリティを確保する動きは1980年代からあったものの、建築物を対象としていたため車両に関するバリアフリーの基準の歴史は浅い。また、駅舎そのものも当時は移動制約者の利用を想定していなかったため、現在急ピッチでバリアフリー化が進んでいる現状にある。
 
 これらの背景のもと、様々な制約を抱えながらも、2000年の交通バリアフリー法の施行以降、駅舎のバリアフリー化は急ピッチで進んでいる。近年では公共交通機関・道路など各種のガイドラインが完成し、ターミナルのバリアフリー化もこれに合わせて進展している。しかしながら、いくつかの課題も残されている。たとえば、駅の基本構想を作る際に要望の強い項目として、視覚障害者のホームドアの設置要望や車いす利用者のホームと車両の乗降時の問題などが挙げられる。ホームドアは試験的な試みがなされ、最近は可能な箇所からホーム柵が取り付けられている傾向にある。
 他方、車両の乗降についても近年課題と認識されており、現段階でも段差のみ、あるいは隙間のみについては検討事例がある。しかしながら、段差と隙間の組み合わせとして検討した事例は見当たらない。また車両の乗降に関して、さまざまな移動制約に焦点をあてて、段差と隙間の基準を検討した事例も見当たらない。この問題の対策として、混雑状況などにも配慮せねばならないわが国の鉄道事情を考慮し、かつ段差と隙間を限りなくゼロに近づける努力をしながら、車いす利用者が通過可能な寸法の目安を掴むことを考慮する必要がある。とくに、ホームと車両の段差と隙間は互いに相互関係にあると思われ、車いす利用者を対象とした段差と隙間を一体として扱った検証実験は国内では例がない。
 本研究の目的は、できる限り大勢の移動制約者が自立して問題なく車両の乗降が可能となるホームと旅客用乗降口の段差と隙間はどのような値となるかを現状の技術的な制約条件にとらわれず検証することである。
 
1.2 諸外国の基準
(1)アメリカのADA
 各国の基準(法律)では、アメリカのADA(障害を持つアメリカ国民法)が最初に挙げられる。とくに、車両についてはセクション222の「PUBLIC ENTITIES OPERATING FIXED ROUTE SYSTEMS(固定ルートシステムを操作する公共のエンティティー)」の中で定義されており、新車の購入やリースをする際には、
 
 It shall be considered discrimination for purposes of section 202 of this Act and section 504 of the Rehabilitation Act of 1973 (29 U.S.C. 794) for a public entity which operates a fixed route system to purchase or lease a new bus, a new rapid rail vehicle, a new light rail vehicle, or any other new vehicle to be used on such system, if the solicitation for such purchase or lease is made after the 30th day following the effective date of this subsection and if such bus, rail vehicle, or other vehicle is not readily accessible to and usable by individuals with disabilities, including individuals who use wheelchairs.
 
と定義されている。つまり、バス・鉄道車両・あるいは他の乗物が車いす使用者を含めた障害者にとってアクセスが容易でなく使用できなければ、新しいバス、高速鉄道車両、ライトレール車両、あるいはこのようなシステムで使用されるあらゆる新車両を購入する際やリースをする際にはアクセスに配慮せねばならないことを示している。
 
(2)ECMTの基準
 具体的な数値基準を示したものとして、ECMT(欧州交通大臣会議)が制定した、移動制約者のための輸送改善(1999年欧州運輸閣僚会議報告書)が挙げられる。この基準では、移動制約者が歩行可能な車両とホームの段差は、20cm前後であれば乗降可能との研究結果が報告されている。ただし、車いす利用者の場合は、第三者による手助けが不可欠であるとしている。
 つぎに、英・サウスヨークシャーのスーパートラムの設計に先駆けて実施された調査によると、車いすで超えられる間隔は、水平方向で45mm、垂直方向では最大20mmと報告されている。さらに英国及びアイルランドの鉄道駅のホームは他国のものより高めにできているため、車椅子で乗り降りする場合には、持ち運び式スロープが使われているとのことである。ただし、使用の際には駅係員の援助が必要となるため、事前に車椅子を利用する旨を通知しておかなければならない。これは、日本でも同様である。一般的に、欧州諸国ではホームと車両間の段差が大きく、アクセス用のスロープが使用できない場合が多く、フランス、オーストリア、ドイツなどでは、可動式昇降機を使用している鉄道もあるとの報告がある。
 欧州17カ国及び国際機関4機関の専門家が参画した欧州プロジェクトの結論をまとめたCOST335の報告書(鉄道におけるアクセス性)があり、1999年に以下の車両設計に関する要件をまとめている。この報告書は、アクセスに関する最終的な指針を示すものではないが、移動制約者のための要件として、ホームと旅客用乗降口の段差と隙間の最大許容値は、最大段差200mm、隙間300mmとし、隙間は最大許容値よりもできる限り小さくし、身体的努力や集中力を強いないようにすることが望ましいとしている(図1-1)。さらに、車いす利用者が対応できる段差と隙間については、最大段差50mm、隙間50mmを推奨している(図1-2)。
 
図1-1 隙間及び段差の用件(COST335)
 
図1-2 車椅子利用者が対応できる隙間と段差(COST335)


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