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2. 検討結果のまとめと考察
 患者情報伝達訓練は、参加透析患者19名に対し、スタッフが患者の透析状況等に関する情報を聴取し、内容をシートに記載した。患者に対しては、前もって透析状況に関する情報聴取があることは知らせていなかったが、災害時を想定した訓練であることは周知徹底されており、何らかの形で患者情報カード(全腎協の災害手帳など)を所持していた患者は19名中14名ときわめて高率であった。これは、全員が患者会活動に参加しているいわゆる「意識の高い」患者であることも影響していると思われる。なお、2004年に発生した新潟中越地震では、患者情報カードを所持していた患者は皆無であり、今回の状況とは大きく異なる。よって、今回の訓練の結果については、参加者の意識および状況が一般の患者とは異なり、結果にバイアスがかかっている可能性に留意する必要がある。
 患者の多くが患者カードを所持しており、また患者19名に対し、15名のスタッフで聴取にあたったため、患者情報の聴取はきわめてスムーズであった。この後、電子メールによる送信にあたり、患者情報をエクセルファイルに入力することを試みたが、項目数が多く詳細であったため、1件あたりの入力にも相当の時間を要し、大阪港に着く前に送信するために入力作業を打ち切ったため、送信できた患者情報は19件中6件に留まった。
 この結果はいくつかの問題点を示唆するものである。まず、送信する患者情報に優先順位をつけておらず、緊急性の高くない情報送信が多すぎたのではないか、ということが考えられる。今回の訓練では、患者本人がどの程度の情報を把握しているか、という問題意識があったため、優先順位をつけずに、必要性があると思われた患者情報をほとんど聴取した。しかしながら、支援透析施設において臨時透析を行うために必要な情報としては、今回送信した項目には不要と考えられるものがたくさん含まれている。
 患者が到着するまでの準備に必要な情報は、患者氏名とドライウェイトだけで十分であり、それ以外の情報については、患者到着後でも遅くない、という考え方も可能である。船上から支援施設に送信する患者情報については、時間に制限があることに鑑み、優先順位の決定を含め患者からの聴取の手順の検討が必要である。
 
 送信の手段も検討すべきことの一つである。今回電子メールを使った患者情報伝達を行った。この理由は、電話やFAXでは災害時には発信制限や輻輳があり、電子メールよりも信頼性が低くなるのではないか、という想定をしたためである。しかし、患者情報の項目を制限をしてもなお、一旦聞き取りをして紙に記載した情報を、人手を使って電子化することとは、時間および労力の点で効率が悪い部分があることは認めざるをえない。更に今回は一旦地上でメールを中継するという作業が加わっており、この点でも現状での深江丸からの電子メールによる患者情報伝達は信頼性や迅速性に問題がある。患者情報をどのような手段で送信するかについては、今後更なる検討が必要である。
 前述のように、今回の患者は一般の患者よりも災害に対する意識が高いと思われるが、患者自身が把握している患者情報の認識は項目によって大きな差を認めた。最も患者が自分で把握していた項目は血液型と透析時間であり、この二つの項目については、全ての患者が正しく認識していた。次いでアレルギーの有無、ドライウェイト、血流量が8割以上の患者が正しく認識している項目であった。このうちドライウェイトは安全に臨時透析をする上では必須項目であり支援透析施設に情報がなければ、透析に支障をきたす。そういう意味でドライウェイトを正しく認識していない患者が存在することは大きな問題である。施設から示された正しいドライウェイトと、自己申告のドライウェイトが違っていた患者は3名であったが、その差異は最大0.5kgにすぎなかった。これはドライウェイトの変更を患者自身が十分把握していなかったことによる可能性が高い。ドライウェイト変更時の患者に対する認識の徹底は災害対策上重要なポイントであると言える。
 
 アレルギーについては大多数の患者で存在せず、薬剤アレルギーのある患者も2名は患者自身が把握していたが、2名は施設提供の情報と患者自身の認識に差異を認めた。臨時透析でアレルギーの有無が問題になることはまれであるが、問題が生じた場合重篤な合併症をきたす場合もあるため、アレルギーが存在する場合には支援施設に対する確実な情報伝達が必要である。
 血流量については、臨時透析が長期にわたる場合でなければ、災害時に問題が生じることは多くないと思われる。病態上の理由で極端に血流量を下げているということでなければ、患者情報としての優先順位は高くする必要はないだろう。
 透析膜については、正しい銘柄をほとんどの患者が把握しておらず、膜面積の把握についても、半数以下に留まった。臨時透析の場合、膜素材によるアレルギーがなければ、膜素材まで通常透析と合わせる必然性は低く、またドライウェイトでおおよその体格を推定して膜面積を決定することで大きな問題は生じることはないと思われる。注射薬と内服薬については、きっちりと把握している患者はほとんどいなかった。注射薬については、緊急性のあるものは少なく、災害時の臨時透析で問題になることはほとんどないが、内服薬については、循環器疾患や糖尿病に対する投薬がある場合、正確な服用をしなければ重篤な病状の変化をきたす場合もある。内服薬はしばしば変更がある場合が多く、多くの場合これらの変更は患者情報カードには反映されない。薬局によっては、内服薬の内容や服用方法を文書で説明しているところもあるが、このような文書を普段から携帯するよう指導するのも一つの対策になるかもしれない。
 
 患者に対するアンケート調査の結果でも、今回参加した患者群は災害時の備えに対する意識が高く、また今回の訓練航海の目的もある程度事前に意識して参加していたことが判明した。設問5では、被災したという仮定での行動を問うたが、普段の施設に連絡をとる患者が比較的多かった。まずそれぞれの施設が患者と連絡をとる体制作りが重要であると思われる。また、設問7では、被災地から離れた施設で透析をする場合の滞在場所を尋ねた。過半数の患者が被災地から離れて良いと回答したが、これは新潟中越地震の時の被災透析患者の対応とは大きく異なる。新潟では、ほとんどの患者が避難所であっても被災地に戻ることを希望した。この点については、患者の意識の高さが違うほか、過疎地である新潟中越地方の家族のつながりの強さ、また阪神大震災の方が被害が大きかったため、被災地の状況が異なっていたという経験が反映された結果といえるかもしれない。また被災地から離れて滞在する場合の限度について尋ねた設問8の答えとしては、1週間が最も多かった。この結果からは透析施設が被災し透析不能になった場合も、1週間以内に復旧することを目標とすることが望ましいということが言える。患者への最後の質問で、今回の検証航海を踏まえて船舶による患者輸送の必要性を問うたところ、全員が必要と回答された。こういう実際の体験が、患者に対して必要性を認識させる大きな材料になっていると思われる。
 
大阪港に到着、下船準備が進められる
 
再び深江港に向けて出航(大阪港)
 
神戸に帰る患者さんの乗った深江丸を大阪の患者さん達が見送る
 
白鷺病院で行われた患者さんとスタッフによる検討会


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