日本財団 図書館


'05剣詩舞の研究◆10
群舞の部
石川健次郎
 
剣舞(群舞)「一の谷懐古」
詩舞(群舞)「桜花の詞」
剣舞(群舞)
「一の谷(いち たに)懐古(かいこ)」の研究
梁川星巌(やながわせいがん) 作
〈詩文解釈〉
 作者、梁川星巌(一七八九〜一八五八)が神戸・須磨海岸に近い一の谷で、当時から六百五十年程前の源平合戦で敗北した平家方を懐古して詠んだものである。
 一の谷の合戦についてはよく知られているように、寿永三年(一一八四)二月に、源義経と精鋭七十騎が、鉄拐山の東西壁からさか落としで平家軍の一の谷陣屋を急襲して大打撃を与えた。平家はこの戦いで多くの武将を失い、大将平宗盛以下は船で讃岐の屋島に逃れたが、この合戦を境として平家は敗北の一途をたどり、遂に壇の浦で安徳天皇を奉じた平家一門は海底に没して二十年の栄華の幕を閉じたのである。
 詩文の内容は『一の谷の古戦場に来てみれば、海から吹く風に平家二十年の栄華の夢もはかなく消えうせ、背後からは高く低く立ち並ぶ山々が陰湿な気で迫ってくる。一方海からは、東(京都)に帰れず海底の藻屑と消えた平家の人達の恨み声が、昼となく夜となく聞えてくるようだ。思えばその昔、安徳天皇が御座船から入水した悲しい事件を、空飛ぶ鴻(おおとり)にたずねたいと思うが、さぞかしこの辺りには多くの武士が鮮血を流したことであろう、今でも塁(とりで)の跡の木の枝には、ほととぎすが血を吐いて鳴いたと見まごう赤い花が咲いている』というもの。
 
〈構成振付のポイント〉
 詩文構成が一人称の回想形式になっているので、詩文の字句にこだわって振り付けると、独舞的で且つ詩舞的な雰囲気が強くなり、剣舞としての迫力が表現しにくくなる。また特に作者の人物像を登場させた構成になると、他の役柄と混乱しやすいので注意が必要である。そのための対策として、後に述べるが作者は最後に登場させて全体の流れを検討してみよう。
 
一の谷合戦図(源平合戦屏風より)
 
 まず第一・二句は栄華を誇った平家の公達(きんだち)による舞楽的な舞か、または武将による剣の舞などを宴(うたげ)の余興の気分で見せる。第三・四句は一転して合戦の激しさに変るが、そのきっかけとしては、例えば突然の疾風で扇を飛ばして抜刀するなどの派手な演技を心がける。また三句目の合戦の動きでは、詩文の「參差」にあわせて刀の反(そり)を山の高低に見立てた振付も効果的である。続く第五・六句では平家終焉(しゅうえん)の壇の浦の戦いを象徴的に扱い、詩文での関連で船いくさ(ふないくさ)などが振付のヒントになる。但し安徳帝入水を具体的に表現するのは、前後の振りの流れに注意したい。また六句目の「飛鴻に問わん」は、ここではあまりこだわりたくない。さて第七・八句は戦に破れた将兵達が最後の決戦に挑み、一人ずつ倒れて終るが、ここで始めて作者像として、納刀後の三人が背中合わせで合掌のポーズを見せ、後奏で退場する。
 
〈衣装・持ち道具〉
 三人とも黒、又は白紋付きに統一して、役柄の変化に対応するとよい。扇は赤い雲型模様、黒骨を使えば、平家の赤旗を象徴し、また後段の紅花を表現することが出来る。
 
詩舞(群舞)
「桜花(おうか)の詞(し)」の研究
作者不詳
〈詩文解釈〉
 この詩の作者は不明であるが、冒頭は桜を溺愛した藤原成範の逸話から始まり、第三句から六句までは桜に因んだ和歌四首が引用され、最後は南朝にゆかりの深い桜の名所吉野で結んでいる。詩文に沿って内容を述べると、『桜の花の寿命がせめて後十日程もあればと、桜をこよなく愛し、桜町中納言を自称した藤原成範はその短命を嘆いたというが、また源平合戦に敗れた平忠度は源氏に追われながら桜花の下を宿に借りて、「ゆきくれて木の下かげを宿とせば、花や今宵の主ならまし」と詠んだ。源義家は「吹く風を勿来の関と思えども、道もせに散る山桜花」と詠んで、折角の花を散らす風を怨んだ。そして千載集の和歌から、「さざなみや滋賀の都はあれにしを、昔ながらの山桜花」と花吹雪の美しさを詠んだ読み人知らずの作を紹介し、次に伊勢大輔の「いにしえの奈良の都の八重桜、今日九重に匂いぬるかな」と古都に爛漫と咲く桜を述べた。更に最後の七・八句は桜の名所である吉野に思いを馳せ、吉野におられた南朝の天子(後醍醐天皇)を追憶しながら吉野山を眺めれば、そこに至る道ははるか遠方のように思われる』と述べている。
 
吉野山の桜
 
〈構成振付のポイント〉
 詩文は、桜にかかわる逸話や名高い和歌を取り入れたことと、最後に吉野山の南朝悲話で結んだという以外は特に脈絡のある構成ではない。しかしこれだけ知名な和歌を舞踊構成のために再編成するのも異和感を招く心配があるので、むしろ振り付けのポイントとしては、詩文に現われた断片的な材料を、上手に結びつけることが必要である。例えば第一句目は導入部として、5人メンバーの4人が優雅に花の散る情景を見せ、二句目になって藤原成範を脇役の扱いで登場させてもよい。第三句は桜の花の下で歌を詠む忠度像、第四句は武将義家が花の群舞と交流するなど一人対四人の役割りで振りを考える。なおソロ(一人の役)は毎回同じ人が演じるか交替にするかは自由。第五句は5人で花吹雪、六句は平安風俗で舞楽の型などが導入できる。第七・八句は、南北朝の歴史をアレンジして後醍醐天皇、楠木正成と吉野山の桜の群舞を一体化して見せるなど、全体をバラエティーに富んだ振り付けで構成するとよい。
 
〈衣装・持ち道具〉
 衣装は男女とも淡い色無地、または濃淡のぼかしの着付けと、袴は同色系か、派手だが金襴系のものでもよい。扇は桜の花びらを表現する場合が多いと思われるので、女性ならピンク系、高年層の女性や男性はベージュ系がよい、なおそれぞれの役に当る者はその役にふさわしい扇に持ち替えるとよい。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION