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GPS津波計開発への取り組み
日立造船(株)技術研究所 生産技術研究室 室長
寺田 幸博(てらだ ゆきひろ)
はじめに
 Hitz日立造船株式会社は、資本金約250億円で大阪と東京に本社を置き、連結従業員8,000人余りで環境機器を中心に、橋梁などの鉄鋼構造物、各種機械やプラントの設計製作据付を行う総合重工業会社です。連結での年間売り上げは約3,400億円です。
 創業121年を迎えた2002年10月に社名にもある造船部門を切り離し、当時の日本鋼管(株)の造船部門と統合してユニバーサル造船(株)を設立し、協調して事業を行っています。分離後は、伝統ある日立造船の名にHitzの愛称をつけて、脱造船の事業展開に向けて邁進中です。
 技術研究所は大阪市大正区に所在し、約150人の職員で新しい事業展開に向けた研究開発に取り組んでいます。基礎と要素技術に重点を置いた研究と、より製品に密着した応用研究とを有機的に組み合わせて、幅広い技術分野に対応しています。
 ここで紹介するGPS津波計も、このような多彩な研究者群に支えられて実用に至っています。
GPS津波計って?
 GPS津波計は、海面の変位に追随して動く沖合洋上ブイの変位をGPS(Global Positioning System)で計測することによって、津波をいち早く観測するシステムです【図1】。このGPS津波計は、海面の変位を数cmの精度で検出します。その観測情報を、インターネットでリアルタイムに常時発信することによって、「誰でも、どこからでも」観ることができるようにすることを開発の基本コンセプトとしています。
 近年、東海地震、東南海地震、南海地震などの発生確率が示され、これらの海溝型地震に伴う津波に対する防災システムの充実が喫緊の課題となっています。
 有効な津波防災システムが構築でき、津波の監視・検知からデータの伝達・避難勧告、さらには防潮堤開口部の門扉の開閉制御に活用できるシステムが実用化されれば、それは地域に住む住民に計り知れない安心感を与え、地域の発展基盤として大きな貢献が期待できます。また、日本列島だけでなく世界の沿岸に多数設置してネットワークで結び、これらのデータを活用することによって、世界的な災害軽減にも貢献することが可能になります。
 
【図1】GPS津波観測システム
 
 このためには、大水深沖合海域における津波の観測と検知が必要となります。気象庁では、1999年春から津波予報の大幅な改善を実施し、防災上の大きい情報発信がなされています。現状では、地震動の揺れを検知することによって津波を推定していますが、やはり、発生した津波を沿岸に来襲する前に大水深沖合海域で計測し、その性状を捉えることが最も良い方法だと考えています。
 従来技術では、大水深沖合海域における信頼性の高い長期間にわたる津波観測は、技術的条件と設置・運用におけるコスト面で、社会的な要請に十分応えることができていません。
 この状況下で、宇宙技術を使い、これまでの方式とはまったく原理を異にした計測方法を提案してきました。すなわち、GPSの測位精度の向上に着目し、あるいは独自の高精度測位法を開発して、海上に浮かべたブイの最上部に取り付けたGPSアンテナ位置を精密に測位し、その上下動の時系列データを海面高の変位として津波を計測する装置をGPS津波計と名付け、その開発を進めてきました。
GPS津波計開発の経緯
 平成10年度に、東京大学地震研究所の加藤照之教授を研究代表者として、文部省の研究費補助金を得ることができ、相模湾の油壺で基礎機能実験を実施しました。
 GPS測位法の1つであるリアルタイムキネマティック(RTK)法によって海面の変位を数cmの精度で検出し、GPS津波計の実用化に向けた技術開発が可能であることを、この基礎機能実験で明らかにすることができました。
 この成果を受けて、平成12年度には文部省の地域連携型研究費補助金テーマに採択され、岩手県大船渡市の支援のもとにGPS津波計の実用化実験を開始しました。このGPS津波計による津波・海象情報モニタリングは、平成13年1月23日から平成16年1月10日まで継続しました。
 この間に、平成13年6月25日に来襲した津波高約10cmのペルー沖地震津波や、平成15年9月26日に来襲した津波高約15cmの十勝沖地震津波を観測し、その実用性を証明することができました。
 この津波観測システムは、大船渡市の津波避難訓練のセンサー役を果たすなど、大船渡市の津波防災への実際的取り組みにも貢献してきました。この間、シップ・アンド・オーシャン財団の補助金を得て、PVD法(Point Variance Detection method)やKVD法(simple Kinematics of Variance Detection method)と名付けた独自の新しいGPS測位法の開発にも取り組み、その基本機能を明らかにしてきました。
 平成14年度には、GPS津波計測システムの開発は、文部科学省の独創的革新技術開発補助金テーマに採択されました。この開発には、当初からの東京大学地震研究所の加藤照之教授に加えて、波浪研究の専門家である(独)港湾空港技術研究所の永井紀彦室長や津波研究の専門家である(財)阪神淡路大震災記念協会・人と防災未来センターの越村俊一専任研究員に参画いただき、産官学4機関連携の協力体制を構築して推進しています。
 大水深域に設置できるブイと係留系をあらたに設計製作し、平成16年4月にはGPS新測位法などの種々の測位法を組み込んだ実用システムを室戸岬沖13kmに設置【図2】して、現在も観測を続けています。
 
【図2】室戸岬沖に設置したGPS津波計
 
 観測結果は、30秒ごとに更新されるリアルタイムデータとしてインターネット上で配信し、室戸市役所総務課防災担当部門や室戸消防署で連続監視を続けています。これはhttp://www.tsunamiGPS.com/で広く一般に公開しています。
 このGPS津波観測システムは、平成16年9月5日に発生した津波高約10cmの紀伊半島沖地震津波を室戸岬到達10分前に捉えました。この計測値が津波伝播シミュレーション結果と極めて良い一致を得ることができたことから、沖合大水深での津波観測が震源域での地震パラメータの決定に大きく寄与できることを示し、地震・津波研究の学問的価値が高いとの評価も得ています。
防災システムとしての視点
 津波の発生を止めることはできませんが、その襲来の予測と情報の適切な伝達によって、被害を最小限にすることができます。GPS津波計は、この機能に大きく貢献できます。
 海面変位は、海上を吹く風に起因する波浪、海溝型地震に伴う津波や主として太陽と月の引力に関係する潮汐が基本的な事象です。これらの中で、津波は、その周期が数分から数10分であり、その波高は深海では低く浅海域では高くなる傾向にあります。
 気象庁の津波注意報は0.5mで出され、1m、2mでは津波警報となり、これ以上は大津波警報が出されます。津波のエネルギーは大きく、浅海域において後続の波が重畳するなどのことから、打ち上げ高さが数10mになる場合があります。沿岸防災の観点から見ると津波はきわめて重要な現象であるが、稀にしか発生しない現象であるため、波浪や潮汐のような定常的な津波観測センサーおよび観測ネットワークは、まだ構築されていないのが現状です。
 一方、外洋における波浪は、周期が数秒から数10秒で最大波高は数10mになります。これまでの波浪観測は、沿岸域ではナウファスシステムに代表される海底に設置した超音波波高計を用い、外洋では船舶乗組員による目視計測に頼っています。潮汐については、周期が約12時間であり、その変位は海域によって大きく異なることになりますが、潮汐の記録は、海上保安庁・気象庁・国土地理院・港湾関係部局などが全国300カ所に展開する井戸式の検潮所でなされています。
 
【図3】GPS津波計による紀伊半島沖地震津波の観測
(拡大画面:193KB)
2004年9月6日0:00から1時間の表示。下図の0:25頃からの立ち上がりが津波高10cmの第1波。上図は、同時間帯の波浪を示し、台風18号の影響下で最大波高5m強。
 
 これまでの基礎機能実験から実用化実証実験に至る一連の研究開発において、GPS津波計による観測性能は、風波による数秒周期の波浪から、数分あるいは数10分の津波、時間単位で計測が必要な高潮、潮汐などの計測において、これらを全てカバーできる極めて広い周波数範囲でフラットな周波数特性を有していることを明らかにしてきました。
 従って、GPS津波計は津波防災のみならず、日常的には波浪情報を必要とする船舶航行、漁業、港湾海岸施工などに対する適切な海象情報の提供が可能です。
 また、これまでは観測手段がなかった沖合での潮汐計測データに地球科学分野や水産関係者の期待が高まっています。沖合に展開するGPS津波計は、気温、気圧、風向風速、水温、流向流速など多くの気象・海象情報を計測し、波浪・津波・高潮・潮汐の基本データとともに、海上の観測ステーションとしての役割を果たすことができます。
 本来の目的の津波防災の視点では、海溝型地震の震源域に設置できることから、沖合での正確な津波情報をいち早く住民に通報できることに加えて、避難勧告や勧告解除などの公的情報発令に対して的確な判断材料を提供できることになります。すなわち、津波災害発生前後における、公助活動の重要な情報源となります【図3】。
 また、海岸に構築された津波防波堤の機能を守るために不可欠な作業である堤防開口部のゲートの自動開閉システムとの連動システムなど、津波来襲の危険にさらされながら作業してきた方々の危険回避にも大きく貢献できます。
 本技術開発の節目において多くのマスコミが注目し、多数の報道を繰り返してきた経緯から、GPS津波計の役割とその期待が社会的に認知されていると判断できます。
 これらの社会的要請に十分応えるには、先に述べた開発の基本コンセプトである「誰でも、どこからでも」観ることができる環境を確保して、室戸岬沖実験で実証しているように正確な基本データを公開することによって、公助の手が差し延べられるまでの自助と互助活動における適切な判断材料を提供することが必要であると考えています。
 これらのソフト防災活動の基本である自助、互助、公助活動に大きく貢献し、安全で安心なくらしの実現に寄与できることを願っています。
将来に向けて
 津波監視は、国全体の重要課題であり、情報社会資本としての国主導による本システムのネットワークが構築されることを期待しています。
 これらのGPS津波計に関する一連の技術開発は、第6回技術開発賞・最優秀賞に選定され、平成16年10月8日に国土交通大臣表彰を受け、さらなる実機展開への期待が膨らんでいます。
 また、研究チームとしてすでに手がけているリアルタイム津波情報とリアルタイム数値シミュレーションとの融合など、さらに付加価値の高い情報発信システムにも発展させたいと考えています。
 


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