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「津波・高潮ハザードマップマニュアル」とその普及への取り組み
国土交通省河川局海岸室 課長補佐 角湯 克典(かどゆ かつのり)
はじめに
 わが国は地震多発国であり、それによる津波被害の発生が懸念されています。東海地震はいつ発生してもおかしくない状況にあり、東南海・南海地震は今世紀前半に発生する可能性が指摘されています。昨年、内閣府が行った検討結果によると、東海地震と東南海・南海地震が同時に発生する可能性もあり、同時発生の場合、揺れによる被害、津波による被害ともに過去最悪の事態となり、死者数約2万5,000人、うち津波による死者数は9,000人を上回る可能性があるとされています。
 また、高潮災害は近年増加傾向にあり、伊勢湾台風以降、施設整備は進んでいるものの、依然として被害が発生しており、平成11年には九州の八代海において12人の死者と845軒の全壊・半壊による被害がありました。本年8月には、四国の高松において多数の浸水被害があったのは記憶に新しいところです。
 こうした災害から住民の生命を守るためには、ハード面とソフト面の防災対策の連携が必要となります。適切な施設整備などのハード対策により、防災水準を向上させつつ、防災情報の共有などのソフト対策により住民の自衛力向上を図り、被害の軽減を促進させることが重要になります。
 特に、適切な避難に必要な津波・高潮の危険度、避難場所・避難経路および避難の判断に資する情報を住民に提供するためのソフト対策として、ハザードマップは大きな役割を果たします。このことから、国土交通省では、平成16年3月9日に、津波・高潮ハザードマップ(以下、「ハザードマップ」という)の作成・活用にあたり、自治体にとって必要なノウハウをとりまとめ、内閣府、農林水産省と協力して作成した「津波・高潮ハザードマップマニュアル(以下、「マニュアル」という)」を発刊し(マニュアルの構成は【図1】参照)、ハザードマップの普及の促進を図っています。
 本稿では、ハザードマップの概要、その作成手順や利活用方策、現状におけるハザードマップの作成・公表状況、マニュアルの説明会など、ハザードマップ普及に向けての取り組みなどについて紹介します。
ハザードマップの概要
 ハザードマップとは、津波・高潮災害により浸水が予測される区域と浸水の程度を示した地図に、必要に応じ避難場所・避難経路などの防災情報を加えたものです(【図2】参照)。ハザードマップは分かりやすく使いやすい形態とし、災害の際にハザードマップを適切に避難に活用するための蛍光化、耐水化などの工夫が必要です。また、シンプルで分かりやすく図化して公表すると固定化されたイメージを住民に与えることも懸念されるため、イメージの固定化につながらないための表現の工夫が必要です。
 
【図1】「津波・高潮ハザードマップマニュアル」の構成
 
 ハザードマップは、津波・高潮による被害軽減に向けた、避難計画の策定、防災教育、防災意識の啓発、防災を意識したまちづくりや住民とのリスクコミュニケーションなどのツールであり、また、災害発生時の避難行動に役立てることが最大の目的であるため、地域の状況を把握しており、住民の避難に関して責任を有する市町村が作成することとしています。
 なお、津波と高潮はともに海岸からの浸水による災害ですが、その原因や災害パターン避難方法などが異なることから、原則として個別に作成するものとしています。
 
【図2】ハザードマップの一例
 
ハザードマップの作成手順
 ハザードマップは、(1)浸水予測区域の設定、(2)津波・高潮防災情報の表示の手順で作成します(【図3】参照)。浸水予測区域の設定においては、津波・高潮外力の条件の設定や施設の条件の設定などを行うとともに、浸水予測などのシミュレーションを実施します。浸水予測においては、最悪の浸水状況を想定した外力設定を行うことを基本としています。
 また、津波・高潮防災情報の表示においては、記載事項の設定や表現方法の設定といった表示すべき防災情報の内容設定と、必要事項の記載、必要情報の図化といった、具体的な表示情報の作成を行います。その際、ワークショップなどにより地域独自の情報を盛り込むといった工夫が重要となります。
ハザードマップの周知、住民の理解、利活用などを
 作成されたハザードマップについては、印刷物の配布、防災掲示板の設置、ホームページへの掲載などを適切に組み合わせて周知することが望ましく、身体障害者や高齢者、外国人など災害時要援護者となりうる方々や、観光客、ドライバーなどの住民以外への周知方法についても考慮する必要があります。住民の理解の促進方法としては、ハザードマップの作成段階における地域情報の反映などのための地域住民の参画やハザードマップの意義、記載内容、避難方法について住民理解を促進するため、ハザードマップに関するワークショップの開催が有効です。
 また、各種施設の整備進捗、社会状況の変化、予測技術の進歩などを考慮し、必要に応じて、ハザードマップの内容の検証や見直しを行うことが必要です。
 なお、ハザードマップの整備、周知、活用を促進させるためには、その重要性などを自治体における防災関連の諸計画に位置づけることなどが重要です。
 
【図3】津波・高潮ハザードマップ作成・活用の流れ
 
ハザードマップの作成と公表状況
 国土交通省は農林水産省と協力して、海岸保全区域を有する市町村について、ハザードマップの作成、公表状況を調査しました。調査結果によると、平成16年5月時点において、全国の海岸保全区域を有する991市町村のうち、95市町村(約10%)が津波ハザードマップを(【図4】参照)、6市町(約0.6%)が高潮ハザードマップを作成・公表しています。
 ハザードマップの全国的な整備が進んでいない要因としては、ハザードマップの作成主体である市町村の防災担当者にとって、(1)ハザードマップがどのようなものであるか具体的なイメージがわからない。(2)ハザードマップは誰のために作成し、どのように活用するものであるかが明確でない。(3)ハザードマップ作成方法が難しい(技術力不足)、多額の費用を要する。などが挙げられます。
ハザードマップ普及に向けての取り組み
1)ハザードマップマニュアル説明会
 国土交通省、内閣府および農林水産省は、平成16年3月に「津波・高潮ハザードマップマニュアル」を発刊し、全国の沿岸自治体などに配布しました。予定部数だけでは足りず、数多くの要望を受けて増刷せざるを得ない状況となり、非常に反響の大きいものとなりました。
 また、平成16年4月から5月にかけてマニュアルの説明会を全国で開催し、全10カ所の会場において延べ1,100人を超える参加者が聴講しました。参加者は主に市町村の職員、都道府県の職員などとなっており、熱心な質問や意見が数多く出されるなど、大変有意義な説明会となりました。すべての説明会をマスコミにオープン(一切の取材制約なし)にしたこともあり、多くの新聞社や放送局などの記者から取材があり、実際に記事に掲載されたり、夕方の地方ニュース番組で放送されました。
 これらのことから、地震防災に対する関心の高さを伺わせるものと再認識しており、今後の津波・高潮防災対策の進展とともに、ハザードマップの普及が期待されます。
 
【図4】市町村別の津波ハザードマップ作成・公表状況
(拡大画面:110KB)
 
2)ハザードマップ普及に向けての今後の取り組み
 ハザードマップマニュアル説明会における意見交換では、作成主体となる自治体から、マニュアル記載の技術的内容・活用方法などの要点に加え、実際に作成過程などが把握できる作成事例や作成地域の都市規模や地形状況に応じた作成方法についての具体的な情報の提供に関して、強い要望がありました。
 このため、国土交通省は農林水産省と協力して、各作成主体が、すでにハザードマップを作成した自治体が作成時に工夫した点などを、参考にできるような事例集を作成することとしました。事例集はマニュアルの別冊という位置づけとし、マニュアルのポイントである整備主体と役割分担、浸水予測区域の設定(外力、施設条件、地盤高、メッシュ、予測手法)、表現・形態(記載事項、不確実性の考慮、大きさ)、ワークショップの実施(地域特性・住民意見の反映)、周知・理解促進・利活用方法(配布方法、活用例)について整理することとしています。
おわりに
 津波・高潮防災上の主な課題としては、防災意識の低下による住民の自衛力の低下、災害を受けやすい海岸特性、避難対象地域の設定の困難さなどが挙げられますが、ハザードマップは、住民の自衛力向上のための避難対策などのソフト面の役割だけでなく、防護水準向上のための施設整備検討支援などのハード面の役割を担うことから、その整備が急がれます。本稿が、市町村におけるハザードマップの整備の推進の一助となれば幸いです。


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