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東海・東南海・南海で発生する津波と被害の予測および津波が船舶に与える影響
神戸大学 海事科学部 教授 久保 雅義(くぼ まさよし)
はじめに
 2003年10月に神戸大学と統合して1年を迎えた。この1年の間に統合と法人化が同時に起こった。海事科学部では船を中心としながら陸上の輸送システムまで研究教育の範囲を広げることをめざしている。
 今回問題になっている東海・東南海・南海地震で発生する津波は、明治以降のわが国の近代化以後、経験したことのない規模とされている。このため、まったく事例がないために対策の立て方は、数値計算と専門家や実務者の意見交換によるシナリオ想定が第1段階の仕事になる。
 筆者は、文部科学省による「大都市大震災軽減化支援特別プロジェクト」に参加することができた。ここでは、津波の数値計算が行なわれており、また専門家集団の集まりであることから、かなり深い意見交換が可能となった。これらを参考にしながら、以下津波による船舶影響シナリオについて考えてみる。
津波と港湾計画
 津波の繰り返し周期が100年を越える場合には、周期が長すぎるためにわが国の港湾計画では、検討をせずに港湾計画を策定してきた。しかしながら、最近では東海地震、東南海地震、そして南海地震がここ30年くらいの間に高い確率で発生することが警告されている。
 今回想定されている地震と津波は、昭和19年と20年に起こった東南海と南海地震の規模ではなく、江戸時代の安政地震津波の規模を想定している。
 このように歴史的視野を広げると、いままで無視してきた大規模地震津波を無視することはできず、早急な対応が求められることになる。地震と津波の広がりからすると、その対応は多岐にわたる。本論では津波が港湾に及ぼす影響を議論するが、そのなかでも特に、係留船に及ぼす影響について検討を加える。
係留船に与える影響
 国立歴史民族博物館から出版されているドキュメント災害史1)により、係留船に影響を与える可能性のある津波の特徴をあげると以下のようになる。
(1)津波周期は数分〜1時間程度の長周期波の特徴を持っている。
 これにより、津波が港や湾内で増幅される性質を持つことが分かる。特に数分の周期は係留船の固有周期とも近く、係留船の長周期運動との共振問題において重要な視点になる。
(2)大流速を伴った現象である。
 港内での潮流は一般的に小さく、流速は1ノット以内である。さらに係留船は流れと平行になるように岸壁法線が決められている。
 今津波が港内に入った場合には、半日潮の周期と異なるために流向が異なる。これは大きな影響を与えることになる。
(3)波高2mより漁船被害が出始め、8m以上で全損に至る。
 安政南海地震津波では、大阪で津波の高さ6mで、千石以上の船が安治川で60隻、木津川で200隻が津波で打ち揚げられた。当時の係留方法は不明であるが、大きな力が働くことはこれからも分かる。
(1)長周期波としての特徴
 一般的に津波は海底の隆起で起こるものであるために、緩やかな水位の上昇と下降であると捉えられている。しかし先にも記述したように、津波は数分〜1時間程度の長周期波の特徴を持っている。
 
[図1]津波による長周期波の発生
 
 【図1】は、京都大学の河田恵昭教授による津波時間波形の数値計算の事例である。これより津波が段波ではなく、いろいろな長周期成分を持つ長周期波の合成されたものであることが分かる。
(2)反射率はほぼ1である
 反射率は波長に依存する。風波やうねりのような周期の短い波は、消波ブロックにより消波できるために、岸壁や岸で反射するたびに減衰する。しかし波長が長くなると、波形勾配が小さくなるために、反射時においてもエネルギーが消耗されない。津波は長周期波の性質を持っていることより、反射率が1に近くなるためになかなか消えず、湾内で反射を繰り返すことになる。
 津波が大阪湾に侵入すると、約8時間続くといわれている。このことは、湾内の港の場合には単発的、短時間の現象という捉え方をすると、間違った結果を導くことを示唆している。さらに、潮位の高い時、低い時の両方で危険性を考慮しておく必要がある。
(3)周期による流向の違い
 津波は半日潮よりも周期が短い。このために湾や港の大きさにより共振特性を持つことになる。
(1)流向の違いによる係留船流体力への影響
 周期によって、港内の流れの方向は著しく異なる。この流向の違いは係留船流体力に大きな影響を与えることになる。【図2】は1万トンのタンカーが係留している場合、流れの向きにより船が受ける流体力の違いを示したものである。横方向から受けると大きな力になることが分かる。これらの力は、フェンダーの破壊や係留索の破断の外力になる。
 
[図2]津波の流向による流体力変化
 
(2)流向の違いが船舶接岸運動エネルギーに及ぼす影響
 接岸時の船舶の接岸エネルギーE0は、で与えられる。ここにmは船の見かけ質量、V0は船の接岸速度である。津波の中で船が流速Vtで流されている場合の運動エネルギーEtで与えられる。このため運動エネルギーと接岸エネルギーの比は次式にて与えられる。
 
 
 接岸速度は10cm/s程度であり、津波の流速を100cm/sと想定するとエネルギーは約100倍にも達することが分かる。フェンダーのエネルギー吸収は、接岸エネルギーを対象としていることにより、津波来襲時に船が津波で流される場合には、接岸施設は耐えられない可能性が高い。
(4)陸に打ち揚げられた船舶
 【図3】は、チリ地震津波の時に大船渡町に打ち揚げられた船舶の写真である。どのような経緯で船舶が陸に打ち揚げたかは不明であるが、船舶が打ち揚げられた写真はこれ以外にも多く残されている。
近代化の試練
 北海道南西沖地震による火災発生(奥尻島青苗)の原因は、一説によると打ち揚げられた船舶などの燃料であるといわれている。
 今回対象になっている前回の地震は、江戸時代であるために使用するエネルギーは薪などであり、このため生活は不便ではあっても火災の面から見れば、非常にタフな社会システムであったといえる。
 
【図3】大船渡町を襲ったチリ地震津波
(大船渡市2)所蔵写真から)
 
 一方、現在のわれわれの生活は、油やLNG、LPGといったエネルギーで成り立っている。沿岸部には多くのエネルギー基地があり、このエネルギー基地と都市が密接に結ばれる形で都市生活が成立している。ちなみに東海地震、東南海地震そして南海地震で津波襲来が予想される地域には、約300の港湾と約3,000基のエネルギータンクが存在している。
 わが国は、近代化の過程でエネルギー基地と都市との密接な関係を築いてきた。しかし、先の釧路地震でも石油タンクが出火し、これを消火するために全国の消火器が集められたといわれている。この時の出火原因は、地震により発生した5〜7秒の地震動周期がタンクのスロッシング周期と近かったためにタンク内の油が共振現象を起こし、中の蓋を壊したと報じられている。火のつき易いエネルギーがある限り、火災対策は緊急の課題になる。
津波・ハザードチェーン
 このように見てくると、近代化は多くの恩恵をもたらしたが、津波と火災の視点で捉え直した時、そこには多くの危険性も内包していることに気づく。
 記述してきたように、係留船には今まで考えていなかったかなり大きな外力が作用することが考えられる。これを個別に考えるのではなく、災害発生の連鎖として捉え直してみることにする。
 まず外力として津波の流れにより船に大きな流体力が作用する。これとは別に津波が持つ長周期波特性評価も今後の課題として重要になってくる。
 このような外力により、危険物流出に至るハザードチェーンが動き始める。
 
[図4]危険物流出に至るハザードチェーン
 
 【図4】では船舶としているが、港内の漂流物としては、これ以外に材木、コンテナ、プレジャーボートなどが考えられる。材木も岸壁に置かれているが、津波により流木に化す可能性が高い。特に、プレジャーボートは生活圏と離れているため、特別の対策を取らない限り、津波時の避難は不可能であるため漂流物になる可能性が高い。
 このような漂流物が、かなりの流速で構造物に衝突するとき、各種の構造物が破壊されることが想定できる。港湾ごとに危険な構造物は異なるので、何が危険になるかについては港湾ごとの評価が必要になる。
 構造物の中で最も危険なのは、エネルギータンクや危険物貯蔵タンクである。このような物質が流出すれば、津波に乗って拡散していくことになる。都市側に拡散する場合には火災に繋がり、海側に拡散すれば漁業被害に繋がる。水島で油流出事故が起こった時に大きな問題になったが、今回は対策を誤れば、水島事故とは比較にならない大規模災害の危険性を秘めている。
 事象間の生起確率は港により、さらにはバースにより異なる。これらをできるだけ正確に評価することが今後の仕事になる。問題点を評価できれば、自ずとその対策を立てることができる。
おわりに
 わが国が築いた近代化に、津波が試練を与えようとしている。問題の範囲は広く、かつ深い知識を求められている。被害シナリオは多岐にわたる。ここで示したこと以外にも、多くのシナリオがありうる。研究者のみの視点では見えないものがある。
 これらを発掘するためには、実務者の経験からくる意見が何よりも重要であると考えている。津波に対して多弁になっていただき、多くの意見交換が色々な形で出されることを切望している。
<参考文献>
1)=国立歴史民族博物館:
ドキュメント災害史1703-2003, pp.100-120, 2003.


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