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バラスト水条約の概要
 次に、採択されたバラスト条約の主な内容をみていくことにしたいと思います。
(1)目的(前文等)
 船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理を通じて、有害水生生物及び病原体移動により発生する環境、人間の健康、財産及び資源への危険性の防止、最小化及び最終的に除去すること、さらに当該規制による好ましくない副作用(side-effects)を回避すること及び関連知識及び技術の開発について奨励することを目的としています。
 なお、ここでいう「有害水生生物及び病原体」とは、「河口を含む海域又は清水路に侵入した場合、環境、人間の健康、財産及び資源に対する障害となり、生物の多様性を阻害、あるいは当該区域の有効な利用を妨げる可能性のある水生生物又は病原体」をいいます(第1条第8項)。
(2)発効要件(第18条)
 締約国が30カ国以上、かつ、その商船船腹量の総トン数合計が世界の商船船腹量の35%以上となった日から12カ月後に発効します。
(3)適用対象船舶の義務(第3条、B-1規則、B-2規則、B-3規則)
(1)この条約の適用対象となるのは、複数の締約国管轄下水域を運航する船舶(いわゆる外航船舶)です。
(2)適用対象船舶には、バラスト水の排出方法や沈殿物の処理についての具体的方法を記載した文書等の所持義務が課せられるほか、受入施設にバラスト水を排出する場合を除き、「バラスト水管理」とよばれるバラスト水の排出水中の生物数を一定数以下にする取り組みが義務付けられます(詳細は【図4】のとおり)。
 
図4 「バラスト水管理」に関する条約の規定内容
 船舶(受入施設にバラスト水を排出する船舶を除く。)は、「バラスト水管理」(バラスト水の排出水中の生物数を一定数以下にする取組)を行わなければなりません。
 バラスト水管理の具体的方法としては、
(1)バラスト水排出基準【図4-1参照】に適合するバラスト水排出
(2)バラスト水交換基準【図4-2参照】に適合するバラスト水交換(図4-3に掲げる期間中に限られます。)
のいずれかによらなければなりません。
 
[図4-1]バラスト水排出基準
対象生物 排出濃度
最小サイズ50μm以上の生物
(主として動物プランクトン)
10個/m3未満
最小サイズ10μm以上50μm未満の生物
(主として植物プランクトン)
10個/ml未満
病毒性コレラ(O1及びO139) 1cfu/100ml未満
又は動物プランクトン1g当たり1cfu未満
大腸菌 250cfu/100ml未満
腸球菌 100cfu/100ml未満
*cfu; colony forming unit(群体形成単位)
*「最小サイズ」とは、高さ、幅又は奥行のうちの最小値のこと。
 
[図4-2]バラスト水交換基準
 (1)可能な場合には、陸地から200海里以遠かつ水深200m以上の水域、(2)すべての場合、陸地から50海里以遠かつ水深200m以上の水域において、バラスト水量の95%以上の容量の交換を実施すること。
 
[図4-3]バラスト水交換が認められる期間
 バラスト水交換は、船舶の建造時期及びバラスト水タンク総容積に応じ、次表に示す期間に限り、認められます。
建造時期 バラスト水タンク総容積 バラスト水交換が認められる期間
2008年以前 1500m3未満 2016年まで
1500〜5000m3 2014年まで
5000m3より大 2016年まで
2009年以降
2011年以前
5000m3未満 認められない。
5000m3以上 2016年まで
2012年以降 すべて 認められない。
 
(4)検査及び証書の発給(E-1規則〜E-5規則)
 400総トン以上の船舶には検査が義務付けられ、合格した船舶には、「国際バラスト水管理証書」が発給されることとなります。
(5)締約国の義務(第4条、第5条、第6条)
 締約国には、バラスト水管理のための国家の政策、戦略及び計画の策定及び実施、沈殿物受入施設の整備、科学的・技術的調査等を行うことが義務付けられます。
(6)バラスト水排出基準の見直し(D-5規則)
 MEPC は、バラスト水排出基準の最も早い適用開始日(注:2009年)の前3年より前に開催されるMEPC の会合において、バラスト水排出基準について、適切な科学技術が当該基準の達成に利用可能かどうかの決定、発展途上国の発展上の必要性に関する社会・経済的影響の評価を含む見直しに着手しなければなりません。
 また、そのような見直しの際には、船舶及び乗組員の安全性、対策内容の環境上の容認性(より大きな環境影響を生じないこと)、実行可能性(船舶の設計・運航との調和)及びコスト効率性(経済性)並びにバラスト水内有害水生生物及び病原体の除去又は生存不可能性の見地からの生物学的有効性を考慮しなければなりません。
 
わが国におけるバラスト水問題への対応
(1)バラスト水条約の採択の意味
(1)これから本格化する国際的な議論
 本年2月のバラスト水条約の採択は、1988年頃から16年余の長期にわたり、世界の各国が試行錯誤しながら積み重ねてきた議論の成果であり、この問題への取組みの歴史における画期的な出来事であったといえます。
 しかしながら、この条約の発効は、「締約国数30カ国以上、かつ、世界の商船船腹量の35%以上を満たした時から12カ月後」とされており、これを満たすのには応分の年月を要すると考えられるほか、この条約が真に実施可能で実効性あるものとなりうるか否かは、「条約実施のためのガイドライン」に委ねられた細則的事項の具体化をまたねば判断できない面があること等に留意する必要があります。
 前述のとおり、バラスト水条約には、2006年までに条約の見直しを開始するとの異例ともいえる規定(D-5規則)が盛り込まれておりますが、これは、条約自らが、今回採択された内容を、「最終的なゴール」というよりは、「今後の議論に向けての土台」と考えていることを意味すると考えられます。そして、バラスト水条約の採択は、この問題に関する国際的議論を、それまでのような単なる試行錯誤的なものから、より具体的で精緻なシミュレーションや研究検討を可能とする共通の土台を伴ったものへと進める効果を有するものと考えられます。
 以上のようなことから、バラスト水問題への各国の対応は、今後のガイドラインをめぐる議論の具体化も踏まえつつ、規制を導入した場合の影響の把握・評価等をそれぞれに行い、締結の可否を判断しながら、2006年までを目途に予定されている見直し論議に臨んでいくという展開になっていくと予想され、総じて、本格的な議論はこれからであるといえるのではないかと考えられます。
(2)常時の取り組みが必要なわが国の対応
 しかしながら、他方においては、バラスト水問題が世界的に大きな関心事であることや、バラスト水排出基準が2009年以降の建造船からの適用を定めていること等を考えますと、条約の発効前の段階であっても、条約の定めた内容がいわゆる「デファクトスタンダード」(事実上の基準)としての影響力を発揮していくことが予想され、そうした展開は、条約に定められた内容の定着を促す要素となっていくと考えられます。
 また、今後、IMOではバラスト水条約実施に必要となるガイドラインの作成、2006年から開始される条約の見直しが予定されていますので、バラスト水問題に関する議論は、今後も、片時も留まることなく続いていくこととなります。
 以上のようなことから、わが国としては、バラスト水問題について、本格的な論議はこれからであるとして問題を先送りするようなことがあってはならず、常時、研究検討を深めるとともに、国際的動向を注視し、国際的な審議の場において適切な対応を行っていく必要があると考えられます。
(2)世界の海運国としての責務
 そうした対応を行っていく際の基本認識として、わが国は、世界有数の海洋国かつ海運国として、国際的な議論の場に積極的に参加していくことが必要であると考えられます。その際の基本姿勢は、人類社会によるバラスト水問題への取り組みが実行可能でかつ実効性のあるものとなるよう、前向きな貢献をすることに置かれるべきであると考えられます。
 バラスト水のような、世界的な相互関係性があり、かつ、対応に高度な科学的知見を要する問題については、わが国としては、適切な調査研究を行い、その結果を踏まえて具体的な提案を積極的に行っていく必要があると考えられます。
(3)今後のバラスト水問題に関する重点検討課題
 以上のような問題意識から、わが国としては、今後、次のような点を重点検討課題として認識し、調査研究の充実深化等に取り組んでいく必要があると考えられます。
(1)バラスト水規制に関する基礎認識の体系的な整理
 バラスト水問題については、これまで長期間にわたり、わが国の行政、産業界、学会等の各方面の関係者によって、個別にさまざまな研究検討が行われてきておりますが、そうした成果の総合化や体系化は必ずしも十分ではないのが実情です。このため、こうした知見の蓄積成果の全体像は、それが膨大なものであるだけに、むしろ、かなり分かりにくい状態となっていると言わざるを得ません。
 そこで、今回の条約採択を機に、今後予定されている国際的議論の本格化に備えて、バラスト水問題に関する基本的認識の体系的な整理を行うことが望まれます。
 具体的には、第一に、わが国の被害状況やわが国船舶に起因する被害状況等を中心に、バラスト水による被害等の実態についての認識を把握・整理する必要があると考えられます。こうした問題については、その把握項目や把握手法等の設定自体が高度な研究課題でありますが、そうした点について必ずしも確立した指針が存するとはいえず、そうした状況があいまって、被害状況等の実態の把握については必ずしも十分に行われているとはいえないのが実情です。
 しかしながら、関係行政機関の連携や各方面の研究者等の協力を確保しながら、こうした課題にチャレンジをしていくことが、今後の国際的議論の本格化に向けて重要な課題になってきていると考えられます。
 第二に、バラスト水条約の規制導入により、わが国及び諸外国の海洋環境に及んでいる被害状況がどのように改善するのか、規制の実施に伴い社会経済が負うべき負担がどのように変化するのか等、条約に盛り込まれた規制のもたらす影響や効果についての整理を進めていくことが必要であると考えられます。
 第三に、規制のあり方や対策技術の開発について、今後、深みのある議論を進めていくためには、この問題に関するわが国の関係各方面の主な研究成果について、どういった分野やどういった課題について、どのような研究成果が蓄積されてきているのかという点を俯瞰し、全体的な状況を整理していく必要があると考えられます。
(2)対策技術の開発
 わが国では、バラスト水問題に関する調査研究活動については、規制の実効性確保等を重視する観点から、これまではバラスト水処理装置の技術開発に最大の力点が置かれてきました。処理装置の技術は、最終的にこの問題への対応の命運を左右する問題であると言っても過言ではなく、引き続き処理装置の技術開発を進めていくことは極めて重要な課題です。
 これまでの技術開発によって培われた技術的知見を一層充実させ、より費用対効果の高い方策の検討を不断に進めていくとともに、前述の諸点に関する検討の成果とも有機的に連携させながら、処理装置に関するガイドライン作成等の作業に反映していくことが極めて重要であると考えられます。


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