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有毒プランクトンの種類と性質
菊地 人間にとって有害な毒性を持つ微生物とその性質について教えてください。
福代 一番の例は、オーストラリアのタスマニアで話題になったギムノデニュウム・カテナツムという麻痺性貝毒の原因となる有毒プランクトンでしょう。
 
 
 大きさが0.05mmくらいなので細菌より大きいですが、微生物といっていいでしょう。人間に麻痺を起こす毒性の強さは、青酸カリやサリンの1,000倍といわれている生物がバラスト水によって運ばれてきたというのです。
 二枚貝の仲間は、その生物の毒を体内に蓄積するのです。背骨がなく、体の構造が人間とまったく違いますから、貝はその毒に侵されることがないようです。そのため、外観上毒を蓄積しているかどうかの区別がつかず、人間がその貝を食べて中毒を起こしたり死亡したりするのです。
 日本では昔から、麦の穂の出る頃の貝は食べるな、という言い伝えが東北地方にあります。アメリカのシアトルやバンクーバでも、その土地に住んでいたインディアンに、海中に光が見える時は貝を食べるな、との言い伝えがあるのです。これは、夜光虫が出てくるときは有毒プランクトンも一緒に出てくるということなのでしょう。海が光るときは、貝を食べてはいけないということを経験的に知ったのでしょうね。
 タスマニアの有毒種に話を戻しますと、当時はいろんな状況から、外来種と考えるのが妥当だろうということでしたが、最近の遺伝子を使った研究では、そればかりでなく、オーストリア国内を移動したり、ヨーロッパから移動してきた可能性も否定できないということになっています。
菊地 ほかに、フィエステリアといった種類の有毒プランクトンもありますね。
 
 
福代 そうですね。フィエステリアは4種類の毒を作るといわれています。エアゾールとなって空気中を浮遊する毒、傷口から入る毒、皮膚の表面から入る毒、水中にあって飲むことで身体に入る毒です。ですから、海水浴で何かの弾みに海水を飲み込んだり、体に傷があると海に入っただけで中毒症状を示すといわれていました。
 この種が初めに報告されたのは、アメリカの中部東海岸です。調査を進めるたびに分布が広がっていて、今では北はメイン州の近くから南はフロリダに近いところまで広がっています。
 これ以上広がることのない対策をアメリカに求める必要は感じますが、それができるとは思えませんし、物流の関係で困るのはむしろ日本なのかもしれませんね。
 
赤潮の原因種は突き止めたか?
菊地 赤潮の発生も、運ばれてきた単細胞生物による場合が多いと聞きますが、本当のところはどうなのでしょうか。
福代 世界で赤潮の原因種といわれている種類は100を超えるのですが、日本で間違いなく外来種といわれているのは、その成長の適温などが日本の海の年間温度の幅や平均的温度の条件に合わないような種類ですが、その数は少ないのです。
 日本で過去最大の漁業被害を与えたシャトネラスペースアンティカやシャトネラスペースマリーナという種類は、最初の報告はフランス、次いでインドなのです。
 
 
 ですからその当時、日本のプランクトン調査の頻度は、ほかの国と比べても少なくはないので、昔から棲んでいたのであれば気付いていたはずです。日本が海面での養殖漁業を始めるようになった1960年代の後半から海が富栄養化するようになって、シャトネラが好む環境になってしまったのです。
 難しいのは、その生物がもともと日本のその場所に棲んでいたのか、それとも偶然日本に入ってきて環境が適して棲むようになったのか判別しにくいのですが、私は東南アジアの方から入ってきて適応したのでは、と考えています。
 また、1980年代の終わりから1990年代の初めにかけ、養殖が行われている高知県のある湾で、魚には影響を与えずに二枚貝やカキ、特にアコヤガイを殺すという変わった性質を持つヘテロカプサという名のプランクトンが出てきました。
 
 
 その種が成長するのに最適な温度は25℃以上なのです。日本沿岸でそういう場所はあまりないですから、南からきたのではないかと推測されています。
菊地 外来種の繁殖で日本の固有種が危機的状況にあるという生物の例はありませんか。
福代 陸域であれば、ザリガニやタンポポの例などいくつか挙げることができますが、海の沿岸域での例は、挙げることのできる生物の名はなかなか見つかりません。
菊地 蜆(しじみ)貝などは、どうなのですか。
福代 日本古有の真蜆(ましじみ)が減っているのは、外来種が爆発的に増えていることによるものではないと思います。真蜆が棲んでいたきれいな自然環境がなくなったことによると考えたほうがよいでしょう。ですから、いなくなっている理由が外来種によるものと断定できるものは、極めて少ないと言えるでしょう。
 
日本のワカメも影響を与えている
菊地 日本の生物が外国に運ばれ、その周辺海域に影響を与えているものの代表例と、どんな被害を与えているのかについて教えてください。
福代 被害が発生した国が、これは日本からきたと主張している生物は10数種類あります。その代表格は、ワカメやヒトデです。ヒトデは、北太平洋に広く分布し大きなものは30cmほどのも見かけます。
 ワカメもヒトデも、運ばれた場所に天敵がいなかったこともあって繁殖したのですが、繁殖すること自体が問題なのです。
菊地 ワカメは問題ないと思われがちですが、ほかの海藻の生態系に影響を与えていると見るべきなのですね。
福代 その通りです。繁殖したワカメは一年草で夏になれば枯れてしまうので、隠れ場所がなくなって小魚の棲み具合も変わってしまうのです。
 しかし、ニュージーランドやオーストラリアでは環境を重視する人は問題にする一方で、漁業関係者はワカメを輸入して養殖したらと考えています。
 
 
 また、かつて南米に鮭はいませんでしたが、チリ国政府の要請もあって、日本からどんどん鮭の卵を輸入して、河川で育て放流し回帰させるように、両国が懸命に努力して定着させたのです。そして、今では日本での消費を含めてチリ国の重要な外貨獲得源になっています。
 このように、積極的に水産業としての養殖を行おうとしている国もあるので、ワカメのような食品は、悪者にされるのと同時に、それを増やそうと考えている人たちもいるのです。
 
鮭の個体数増もほかの生物の生態系を変える
菊地 南米の鮭だって生態系を変えてしまっているわけですね。
福代 もともと、そこにいなかったわけですから。鮭は肉食の貪欲な生物ですから、与える影響は決して少なくないでしょう。
 
 
 一時期、日本でも関心を呼んだのは鮭の若年回帰です。普通は4年で親になって帰ってくるのですが、2〜3年で帰ってきてしまうのです。動物が早く成熟するのは種族に生存の危機がある場合に多いのです。卵を早く生まなければという、ストレスがあると考えられます。
 考えられるのは、放流した鮭の回遊域に成長するだけの餌がないのではないかということです。放流した鮭によって鮭全体の数が増え、餌がどんどん食べられていくことを考えれば、そこの生態系に与える影響が大きいのは当然ですね。また、早く回帰することによって鮭の寿命も縮まります。
菊地 それらの生物が、なぜ今、国際的に問題となっているのでしょう。
福代 やはり、環境意識の高まりということでしょう。環境と開発に関するリオ宣言やその実行計画であるアジェンダ21とか、環境・開発サミット(WSSD)に日本の首相が出席し、海洋保全などを大々的に取り上げ、関心を呼んでいるからでしょう。
 同時に、科学の進歩や人口増加ということもあって、人間の行動が環境に与える影響は大きくなっています。ですから、最近では人間活動に伴った避けられない影響の頻度が高くなってきたことで、その影響を避けようという環境問題意識が強くなってきたのでしょう。


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