日本財団 図書館


神々のパフォーマンス
梅原賢一郎
 <祭り>や儀礼はそこに住む人たちの信仰とともにある。
 青森県の岩木山の「お山参詣」では、齢八十にもならんとするお年寄りが、夜明けまで、麓の岩木山神社の境内で、「登山囃子」に合わせて、踊りつづける。雲間からときおり偉容をあらわす、岩木山というご神体への信仰なくして、そのようなことはありえない。
 沖縄では、おばあたちが<ウタキ>にこもって、なにほどかの力をえたあと、里へとあらわれる。そこで、おばあたちは踊りをはじめる。ときには、裸足で、ときには、頭に草を巻いて・・・。土地の人たちはおばあたちをこのうえなくありがたいものとして迎えいれる。おばあたちの踊りがもし神的なものに見えるとすれば、<ウタキ>という聖域への信仰なくしてありえない。
 上手いとか下手というような次元を超越したところで、<踊る>とか<舞う>ということは、本来、神聖なものであったはずである。この国においては、そのような、生きた信仰に裏づけられた、<祭り>や<儀礼>がまだまだ各地にのこされている。それはたいへん貴重なことといわなければならない。
 行政やほかの第三者がそれらになにをなすことができるのか。まず、<あたたかい視線。をそそぐことであろう。あるいは、<添え木>という役割をになうことであろう。それは、消極的な対応のように見えるかもしれないが、本気でやろうと思えば、むつかしいことである。力のいることである。というのも、そうすることは、当然、この国の在地的な信仰の機微や<八百万の神の精神>の琴線にふれることになるからである。言葉をかえていえば、「この国の宗教とはなにか」というような根本問題にかかわることになるからである。上から、いっぺんとおりに<援助>したり、<保護>したりすることは、どのような場合においても、たやすい。
 
 信仰の<場>から切り離された<ステージ芸能>は、極端にいえば、<新種の生きもの>である。しかし、私は、<ステージ芸能>に、かならずしも、否定的ではない。<新種の生きもの>にいろいろな可能性を見いだすことができるからである。
 第一は、<ステージ芸能>を通じて、各地の<祭り>や<儀礼>の存在を知るきっかけになるということである。私自身、<神楽>をはじめてみたのは、「国立劇場」においてであった。こんな<舞い>があるのかとひどく感動し、以後各地の<神楽>を見てまわることになった。第二に、<新種の生きもの>である、<ステージ芸能>は、そのプロデュースの仕方によって、新たな表現的価値をにないうるということである。
 たとえばこういうことである。<八百万の神の精神>とは、たんにいろいろな神(多神)を祀るということにあるのではない。<八百万の神の精神>とは、いろいろな仕方で神を祀るということにあるのではないかと思う。この国の各地には、「遠山の霜月祭り」などの<湯の祭り>、「諏訪の御柱」などの<柱の祭り>、「鞍馬の火祭り」などの<火の祭り>、「大元神楽」などの<憑依の祭り>、「御田植祭り」などの<どろんこの祭り>など、いろいろな<祭り>がある。それは、とりもなおさず、いろいろな仕方で、神を祀るということである。いろいろな回路を通じて、神と交通<コミュニケーション>するということである。<八百万の神の精神>とは、神と交通<コミュニケーション>する、こうした包容的な態度をも意味しているのではないかと思う。したがって、いろいろな祭り(<湯の祭り>や<憑依の祭り>や<どろんこの祭り>・・・)を、一堂に会して、ステージのうえで、パフォーマンスするとすれば、一目にして、この国の<八百万の神の精神>を直感することになるであろう。
 また、<柱の祭り>や<火の祭り>や<どろんこの祭り>や<憑依の祭り>は、この国にだけあるのではない。それらは、アジア各地に、あるいは世界各地に、ある。そこで、各国の各地から、それらをも招待し、たとえば、<柱の祭り>を、<どろんこの祭り>を、ステージのうえで、競演するとすれば、祭りをするということのなんらかの共通性と普遍性の認識にいたることができるであろう。そして、そのことは、<八百万の神の精神>の精神にとって、大変意味のあることと思われる。
 このように、<ステージ芸能>は、そのプロデュースの仕方によって、新たな表現的価値をにないうる。
 
伝統文化を土台に、まず政策を
小島 美子
 「地域再生」とは、一時的なイベントで人を集めるというようなことではなく、その地域に住む人々が、そこに住んでいることに誇りを持ち生き生きと暮らせるようにすることである、と私は考えている。
 もちろん一時的イベントも準備のために大勢の人々が協力して、改めてその地域にアイデンティティを確認し合ったり、イベントが成功すれば、その効果が後に影響することもあるので、一概には否定できない。
 しかし、「文化を基調とした地域再生」が一時的なイベントに直結するような発想はやめた方がいい。まさに、文化イコールヨーロッパ近代文化と考えるような発想で後進国の発想といわざるを得ない。
 まず、第1にやるべきことは、その地域では伝統的にどういう文化が養われてきたかを調べることである。伝統的文化には、その地域の風土とその歴史が生み養ってきた必然性、その意味の合理性が必ずある。したがって、それを土台に今後の文化の展開を考える方が無理がない。
 その場合、文化をイコール民俗芸能のように狭く考えるのではなく、生活全体を覆い、住んでいる人々の心のひだまで深くしみ通っているもの全体を考えるべきであろう。その点、稲作農村と山村、海村や離島では文化の性質が異なるし、細長く山の多い日本列島では、文化の地域差もかなりあることを考えておきたい。
 また、伝統文化は保存するものではない。文化はいつもその時代に合わせて変化展開してきた。だから、今も現代にふさわしい形に展開していく必要がある。保存しなければならないのは、有形の文化財であるが、それも例えば茶道の有名な茶碗でも使わなければ輝きがなくなるといわれる。有形の文化財の保存の仕方にも考慮が必要だ。
 そして、各地域で、何が本当に大切なのか、何をどのように展開させるべきか、そしてそれにどのように人員を配置し、予算を使うべきかなど、基礎的な方向性や政策を考えるべきであろう。文化の問題は時間がかかるので、長期間の見通しが必要だ。しかし成果が上がってきたとき、政治家たちも「文化は要らない」などと言わなくなるだろう。そして、人々は真の意味で心ゆたかに生き生きと暮らせるようになるだろう。
 
「地域自治としての伝統芸能」
三好 勝則
 
 市町村合併が全国各地で進んでいる。市町村合併は、その背景として日本の社会経済構造が大きく変化していることである。明治維新から約140年、第二次世界大戦が終わって60年が経ち、21世紀の地方自治の姿を描こうとするものである。市町村が合併して行政区画は大きくなるが、同時に進められている地方分権は、住民自らが参画する機会を増やし、より住民に身近な行政サービスを提供しようとすることが、求められる道である。地域の良さを見直し、地域の個性を生かした自立を考える好機である。
 行政と文化との関わりにおいても同様である。住民がコミュニティを作り、活動し、地域に自信と愛着を持つ。行政はこのような住民の活動を支援する。伝統芸能は、その地域の特色を持ち、住民が受け継いできた共有の財産である。借り物の西洋文化や、個人主義に徹した現代芸術ではなく、地域住民が連帯感を持って上演することができる。また、伝統芸能では、演じる者だけでなく、囃子や衣装・道具を担当する者、会場の準備をする者など役割分担によって多くの人が参加する。年寄りが子供に教えることもできる。観る者もまた顔なじみである。住民の自主的活動に任せ、行政は裏方の支援に回る。しかし、その支援は必要不可欠である。
 もう一つ行政にとって重要な役割は、伝統芸能を学校教育の中できちんと位置づけて教えることである。伝統芸能に子供のうちから関わることは、子供の成長にとっても重要である。歴史を学び、言葉の持つ力を再認識できる。国語、社会、音楽、美術、体育、技術家庭など多くの科目で教えることができる。各科目で基礎を教えた上で、総合的な学習やクラブ活動などで、外部の指導者なども入れて磨きをかけることは、子供にとって新しい発見となる。
 子供のときに覚えた伝統芸能は、大人になっても愛着もって参加しやすいとは、地域伝統芸能祭りに参加した団体の人たちの言葉にもある。学校を中心として、卒業生も参加できるようにしておくことも、子供に先人が築いた地域コミュニティの意味を理解させる生きた社会教育でもある。
 かつて市町村は、学校を中心として、行政区域や活動方法が組み立てられていた。
 いま、市町村合併の動きを機に、新たな住民自治組織を求める動きもある。昨年の地方自治法改正で設けられる地域自治区などである。合併話で地域への関心が高まったこの機会に、住民活動を活性化させる方策を行政も考えたい。
 これからの公共空間は、行政主導ではなく住民の意思と行動なくしては成り立たない。その具体化として、祭りや伝統芸能を継承し、新しい時代に合った発展を求める、そういう議論の場として、この自治組織が役立つことを期待する。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION